54_ヒカルたちと合流_その1
心子さんから一通り話は聞けたと思う。新たな情報を得られたことだし、さっそく行動に移ろうと思ったのだけど……。心子さんは心配そうな顔をしながら、僕を見つめる。
「まずは結人さんの治療が最優先ですね。上体を起こすことはできるようですが、体調はいかがですか?」
「エインフェリアだし、もう日常生活くらいは問題ないと思うよ」
そう言って僕は立ち上がろうとしたが、想像以上に容態は深刻だったか、大きくよろけて倒れてしまった。心子さんが慌てて僕を支えてくれる。
「ああっ! 無理をしないでください! 普通の人間だったら、まだまだ予断を許さないほどの酷い大怪我なんですから」
僕は心子さんの肩を借り、ベッドへ戻る。自分で思っている以上に、僕の身体は酷い状態らしい。エインフェリアは一定以上の痛みを感じないようなので、そんなに酷いとは思わなかった。
「しばらくはエインフェリアの回復力と、トートの剣が持つ治癒の力に頼ることになりそうですね。あとはリハビリとして、座った状態で手足を軽く動かす程度でしょうか。エインフェリアにどこまで効果があるかは未知数ですが」
「どのくらいで完治すると思う? 一刻も早く戦えるようにならないと。ヒカルと季桃さんも心配だし、僕の世界のヒカルも探さないといけない。僕と偽バルドルを襲った別世界の僕も何が目的なのかわからないし、ムスペル教団の対処も必要だし……」
僕がそう言うと心子さんは少し悲しそうな顔をした。
「結人さんは無理をしすぎです。そうやって無茶をするのは、誰かと約束したからですか?」
心子さんの問いかけに、僕は言葉が詰まった。
僕の両親は『すぐに戻るからね』と言って、そのまま帰ってこなかった。傍にいるとか守るとか、そう約束してくれたのに突然1人にされる辛さと悲しさ、そして喪失感を僕は知っている。
だから僕は何があっても結んだ約束は絶対に守ると決めていた。
僕の世界のヒカルは、きっと今も1人で寂しい思いをしている。傍にいると約束したのだから、たとえ北欧の神や邪神と敵対してもヒカルを1人にするつもりはない。
そんなことを考えていると、心子さんが僕の手を優しく握ってきた。
「結人さん、1人で抱え込まないでくださいね。僕がついていますから」
「それを心子さんに言われるのは不思議な気分だな。優紗ちゃんと似たような話をした覚えがあるからさ。……でも心子さんも1人で無理するタイプじゃない? ヨグ=ソトースの娘をどうにかしようとしていたりとかね」
「元々の気質もあるでしょうけど、きっと結人さんの影響です。僕を助けてくれた別の貴方もそういう人だったので。でも安心してください! 1人でできることには限界があるって、僕はちゃんとわかってますから!」
本当にわかっているのかな。ちょっと心配だ。
でも逆に、心子さんには僕がそう見えているのかもしれない。それならここは頼った方が、心子さんは安心するのだろうか。
心子さんは僕に催促をしてくる。
「それで何か力になれることはありますか? エインフェリアのヒカルさんと季桃さんの居場所に心当たりがあるなら、ここに連れてくるくらいはできますよ」
「居場所か……。2人には探知魔術をセットしているんだけど、幻夢境からだと詳細がわからないんだよね。空間が違うと、異空間に反応があることしかわからないからさ」
「それなら探知情報をコピーしてもらってもいいですか? そうしてもらえれば、後は僕が連れてきますから」
「そんなことできるんだ? じゃあお願いしようかな」
やり方を教えてもらって、僕は探知魔術の設定を心子さんにコピーする。初めてやってみたが、意外とすんなりできた。
コピーを終えると心子さんは呪文を唱え、転移のための"門"を創造する。
「あれ? 銀の鍵で直接転移しないんだ?」
「こちらの方が簡単ですし、安定しますから。銀の鍵で"門"を省略してポンポンと転移するのはきっと結人さんくらいなものですよ。僕もできないとは言いませんけど、緊急時以外はやりたくないというのが正直なところですね」
「そうだったのか。銀の鍵の使い手って普通は世界に1人だから、これが難しいとかそういう話をするのはなんか新鮮だな」
「銀の鍵の扱いについて、結人さんは間違いなく天才と言って良いでしょうね。季桃さんのお祖母さんは過去に存在した使い手について調べたことがあるそうですが、僕が聞いた限りでは結人さんほど銀の鍵を使いこなしている人はいないはずです」
そんな調査結果があるのか。僕は魔術についてほとんど独学だから、知識が偏っているところがある。
晴渡神社について調査する機会があったら、そういった資料を読んで魔術にさらなる磨きをかけたい。それはきっと、ヒカルや優紗ちゃんとの約束を守るのに役立つはずだ。
「ではヒカルさんと季桃さんを探しに行ってきます。吉報を持ち帰ってみせますから、結人さんはゆっくりと養生してくださいね。"約束"ですよ」
心子さんは返事を待たず"門"の向こうへと消える。僕を休ませるために、わざわざ『約束』という部分を強調して。
心子さんは僕の扱いに慣れているような気がする。それはおそらく出身パラレルワールドで出会った、別の久世結人と親しくしていたからだろう。
僕は心子さんに返事をしていないので約束はまだ成立していないのだけど、僕が休みやすいように配慮してくれたことは間違いない。
僕は彼女の心遣いに感謝しながら、ベッドに横たわり目を閉じた。自分の認識以上に身体がボロボロだったからだろうか、僕はすぐに眠りに落ちた。