52_心子さんに事情聴取_その1
「壊れていない方がこのパラレルワールドの銀の鍵で、壊れている方が貴方とは別の久世結人さんからもらった銀の鍵です。時系列で言えば、先に手に入れたのは壊れた方ですね」
「別の僕からもらったって、何があったの? 余程のことがないと、銀の鍵が壊れたりしないよね」
「14年ほど前のことなので細部は覚えていないのですが……。僕が5歳のとき、僕がいたパラレルワールドは滅びました。おそらく僕の出身パラレルワールドは、他のパラレルワールドよりも早くムスペル教団の準備が整った世界だったのでしょう」
心子さんも僕と同じ境遇だったのか。
ムスペル教団はレーヴァテインと黄金の林檎を組み合わせることで、魔力の大爆発を起こして世界を滅ぼしてしまう。普通であれば、その大爆発から逃れる術はない。だけど僕が生き残っているように、銀の鍵が近くにあれば、ヨグ=ソトースが防御反応を取る際に漏れ出た力で逃れることができる。
心子さんも爆発から生き延びたということは、銀の鍵が近くにあったのだろう。
「世界が滅ぶ時点で、既に心子さんが銀の鍵の使い手になっていたの?」
「いいえ、僕と一緒にいた結人さんが使い手ですね。そもそもこれは、僕の出身パラレルワールドの銀の鍵ではないんですよ。僕を助けてくれた結人さんは、ちょうど貴方と同じくらいの年齢でしたし」
「子供の僕じゃなくて、大人の僕……? なんで14年前にいるんだろう」
「銀の鍵をうまく扱えず、事故で過去に跳んでしまってその時代に来てしまったそうですね。記憶も失っていたらしく、銀の鍵の使い方もよく知らないと仰っていました」
そういえば、偽バルドルも事故で過去に跳んでしまった僕から銀の鍵を奪っていたんだっけ。記憶を失っている状態で優紗ちゃんを助けようとして、失敗してそうなるらしいけど。
過去に跳んだ僕にもいろいろいて、偽バルドルに遭遇した場合と心子さんに遭遇した場合で末路が異なるのかもしれない。
「その結人さんが僕と出会う前は、優紗と行動を共にしていたそうです。ですが、元いたパラレルワールドに戻ろうとして何度か転移を繰り返している間に、優紗とはぐれたと言っていました」
「闇雲に転移を繰り返しても、元のパラレルワールドに戻れる可能性は限りなく低いよね。でも他に方法が無いから、そうせざるを得なかったのか」
「そうらしいです。転移前に最後に一緒にいたのが成大家の近くだったらしくて、結人さんは優紗と合流できないかと成大家の近くをうろうろしていました」
「完全に不審者じゃないかな、その僕……」
「今思えばそうですね。でも困っているように見えたので、幼い僕は声をかけたんです。それ以来、僕は結人さんと交流を持ちました」
不審な成人男性と交流を持つなんて危機感が足りないと思うけれど、それでも困っている人を見たら放っておけないのが心子さんなのだろう。
そういえば優紗ちゃんもそういう人だった。呪いのせいで孤立していたヒカルのために、面識も無いのにいろいろと動いてくれていた。
こういう話を聞くと、パラレルワールドが違うとはいえ、優紗ちゃんと心子さんはやっぱり同一人物なんだなと感じる。
「いつも優しく接してくれる結人さんのことを、僕は慕っていました。紳士的でかっこよかったんですよ! 少しでも彼に近づけたらなと思って、一人称を真似したりして……。懐かしいです……」
心子さんにとって、非常に大切な思い出なのだろう。僕ではない僕について語る彼女は、とてもとても遠い目をしていた。
「でも、僕と結人さんが出会ってからしばらく経ったある時、世界が滅んだんです。銀の鍵のおかげで、僕と結人さんだけが生き残りました。僕は無傷だったのですが、残念ながら結人さんは酷い怪我をしていて……。結人さんは最後の力を振り絞って、僕をこのパラレルワールドへ逃がしてくれたんです。気づけば僕は自分の家の前に1人で立っていて、すぐ傍には壊れた銀の鍵が転がっていました」
このパラレルワールドへ来た経緯を話し終えた心子さんは、小さく息をつく。彼女の目には少し涙がにじんでいた。
「壊れた銀の鍵は、形見なんだね」
「……はい。でも、死体を確認したわけではないので、転移に失敗してはぐれただけで、実はこのパラレルワールドのどこかにいるんじゃないかって……。それで今もずっと探していて……。…………生きているはずは無いんですけどね。貴方が負っていた怪我よりももっとずっと酷かったので、彼がエインフェリアだったとしても死は免れません」
心子さんは久世結人という人物を探しているという話だったが、そういう経緯だったらしい。その久世結人が生きている可能性を必死に考えてみたが、やはり生きているとは思えない。
仮に生きた状態でこのパラレルワールドに辿り着いていたとしても、銀の鍵を失った状態ではスコルの子、もといティンダロスの猟犬に襲われて死んでいるだろう。
「心子さんもパラレルワールドを移動してきたってことは、ティンダロスの猟犬に襲われるんだよね。でも壊れた銀の鍵があったから、何とか無事で済んだんだ」
「そうですね。だから僕は今日まで生きてこられました。あの人には本当に、感謝してもし足りません」
心子さんがこのパラレルワールドに来た経緯と、壊れた銀の鍵については知ることができた。ここからは心子さんがこのパラレルワールドに来てからの話だ。
「このパラレルワールドに来てから、心子さんはどうやって生きてきたの? 戸籍とか、いろいろ不都合があると思うんだけど」
「自分の家の前に転移してきたので、地理的な面は不都合ありませんでしたね。なので最初に直面した問題は、僕の存在を両親に受け入れてもらうことでした。実は元の時代より3年ほど前に転移したんですが、僕は未来の優紗なんだって、とにかく主張したんですよ。未来のことを話したり、自分の娘じゃないと知りえないはずのことを答えたりしました」
「それで受け入れてもらえたの?」
「一応は。自分の娘と同じ名前を名乗る上に、容姿も自分たちの面影がある少女を放っておくことはできなかったんでしょうね。いろいろありましたが最終的には信じてもらい、両親の子供として戸籍を取得することもできました。……いや、本当に信じてもらえているかは今でも微妙ですね。DNA鑑定を境に様子が変わったのは確かですけど」
DNAを調べれば自分が優紗だと証明できると考えて、心子さんは両親へ懸命に訴えかけたという。子供の場合は親子関係さえ証明できれば、大人に比べてかなり簡単に戸籍を取得できるらしい。
幼いながらも知恵を働かせ、心子さんは新しい世界での生活を確立させたのだ。ちなみに優紗ちゃんの姉という立場に収まったのは、本当に優紗ちゃんより2~3歳くらい年上だかららしい。
「そこまでいけば、生きていくのはそれほど難しくありません。パラレルワールドから来たというハンデは無くなりましたから。生活に余裕ができた僕は、自らの能力を高めるために全てを費やすことを決めました。僕を助けてくれた結人さんはもういないし、過去にやってきたのは僕だけですから。僕が何とかしないとまた滅びてしまうだけだ……と考えたんです」
「このパラレルワールドはまだ滅びていないってことは、心子さんが何かやったの?」
「どうでしょう? 成大心子という存在が巡り巡って、ムスペル教団の計画を遅らせた可能性は否定できませんが……。おそらくはパラレルワールドによる差異ですね。僕は結構遠くのパラレルワールドからやってきたみたいです」
バタフライエフェクトという言葉がある。気象予報のプログラムが元ネタの言葉で、わずかな変化が最終的な結果に大きく影響することを指す。
蝶がその瞬間に羽ばたいたか否かで大気の状態が微妙に変化し、その変化を起点としてドミノ倒しのように変化が膨れ上がり、最終的には竜巻の発生に関わってくるといった説明が有名だ。
成大心子という存在で人の動きに変化が起こり、それがムスペル教団の計画の遅延に繋がった可能性は無いとは言い切れないだろう。
まあ、僕の出身パラレルワールドに心子さんはいなかったけど、ムスペル教団の計画はこのパラレルワールドと同じような進み方をしていたようなので、やっぱり関係ないかもしれないが。
「どうして世界が滅ぶのか、その手掛かりを得るためにいろいろやっていたんですよね。その際、縁あって季桃さんのお祖母さんと偶然出会って、彼女に師事するようになったのです」
「季桃さんのお祖母さん? ということは、やっぱり晴渡神社は時空操作魔術を扱う魔術結社なのか!」
「そうですね。僕も晴渡神社に所属する魔術師の1人です」
晴渡神社が魔術結社であることは予想していたが、ようやく確かな情報を得られた。心子さんは僕が知りたかった情報を他にも握っているはずだ。例えば、ヨグ=ソトースの子供は季桃さんと優紗ちゃんのどっちなのか、とか。この調子で話を聞いていこう。