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51_幻夢境での目覚め

 僕が目覚めたのは、アンティークな装いの洋室だった。僕はベッドに寝かされているのだが、誰かが運んでくれたのだろうか。


 上体だけ身体を起こして周囲を見回すと、ベッドの周辺は僕の血で汚れていた。僕をここで手当てしてくれたのだろう。自分の身体を見てみると、治療の跡が残っていた。


 そしてここからは見えないけれど、棚の向こうに人の気配がする。おそらくは僕を助けてくれた人物だとは思うが……。

 僕が目覚めたことを物音で察したのか、その人物が物陰から姿を現す。


「お目覚めになられたようですね、結人さん。調子はいかがでしょうか?」


 僕を治療してくれた恩人の正体は、心子さんだった。


 心子さんは心配そうな顔をしながら、僕に告げてくる。


「僕の工房の近くで倒れていたんです。もう3日も眠ったままだったんですよ」

「えっ、心子さん!? 3日も眠ったままってどういうこと!?」

「まずは落ち着いてください。ちゃんと1つずつお答えしますから。僕も結人さんに聞きたいことがありますしね」


 そもそも、どうして僕が久世結人だとわかったのだろうか? 認識阻害で心子さんは僕を正しく認識できないはずだけど……。


 とにかく今は心子さんから話を聞かなければ、何も状況がわからない。


「ここはもしかして、幻夢境なのかな?」

「よくわかりましたね。そうですよ。ここは幻夢境にある僕の魔術工房です」


 幻夢境とは別名、ドリームランドとも呼ばれる精神世界のことだ。特定個人の精神ではなく、集合的無意識の精神世界と言われている。


 精神世界であるため、幻夢境は本来であれば精神のみで訪れる場所だ。僕たちが普段暮らしている空間とは異なる場所に存在する異空間である。

 通常であれば、素質を持つ人間が眠っている間に精神のみで侵入することになる。


 しかし銀の鍵や心子さんが使っていた"門"の創造の魔術など、特殊な方法を使えば肉体ごと訪れることも可能な場所だった。


「ここは地理的に言えば、最寄りの人里からでも歩いて5日ほどかかる場所にありますね。それに道中に怪物が出没する場所があるので、この工房に訪れる人は全くと言って良いほどいません。まあ、僕は魔術で転移ができますので、物理的な距離も道中の怪物も関係ないのですけれど」


 心子さんはカラスに追われるようになってからは、ここに身を潜めていたそうだ。時空操作魔術を使えない者が幻夢境を訪れるのは難しい。カラスたちが心子さんを発見できなかったのも、当然だろう。


「心子さんが僕を助けてくれたんだよね? 本当にありがとう」

「どういたしまして。と言っても、倒れている結人さんを偶然見つけて治療しただけですけどね」

「偶然? ということは、心子さんが僕を転移させて逃がしてくれたわけじゃないのか」


 いったい誰が僕を逃がしてくれたんだろう。あの場で僕を転移させることができた人物に心当たりはない。


「いったい何があったのですか? それに治療の際に、結人さんの身体を見ましたが、普通の人間のものではありませんね?」

「エインフェリアってわかるかな。北欧神話に伝わる神の兵士のことなんだけど」


 僕は心子さんに今まで起こった出来事を、全て包み隠すことなく話した。


 僕が別のパラレルワールドからやってきた久世結人だということも。同じパラレルワールドから連れてきたはずの義妹を探していることも。


 他にもエインフェリアとして強靭な身体に作り替えられたこと、晴渡神社の旧社にいたヨグ=ソトースの娘を倒したこと。エインフェリアとして一緒に戦った優紗ちゃんが死んだこと、別世界の僕が襲ってきたことなど、すべてだ。


 心子さんは驚いて目を丸くしたり、優紗ちゃんの死を悲しんだり、偽バルドルの正体に頭を悩ませたりと様々な反応をしていた。


「なるほど、そんなことがあったのですね。概ね状況は理解しました。エインフェリアになったから、結人さんは僅か3日という期間で動けるまでに回復したのですね」


 心子さんが僕を見つけたとき、僕は現代医学で考えればどうやっても助からないほどの大怪我を負っていたという。魔術的な治療を含め、心子さんが持っているあらゆる手段を駆使しても、重度の後遺症が残る危険性もあったらしい。


 でもエインフェリアだから後遺症もなく、順調に回復に向かっているようだ。


「心子さんに逆に聞きたいんだけどさ、僕の治療って何をどうしたの? いくらエインフェリアといっても、あのレベルの怪我が3日でここまで回復するはずないんだけど……。それにスコルの子――心子さんにはティンダロスの猟犬と言ったほうがいいか。エインフェリアは常にティンダロスの猟犬に追い回されているんだけど、3日間もどう対処してたの?」

「ティンダロスの猟犬についての答えは簡単です。壊れた銀の鍵で対処したんですよ。あれを使えば、ティンダロスの猟犬を捕獲することができますからね」


 スコルの子については愚問だったか。スコルの子を使役していた心子さんであれば、対処は簡単だ。


 僕が答えに納得したのを確認してから、心子さんは説明を続けてくれる。


「そして結人さんを治療した方法についてですが、トートの剣を使いました」

「トートの剣!? あっ、なるほど。だから心子さんは僕を久世結人だと認識できているのか」


 トートの剣には認識阻害魔術を突破する力がある。優紗ちゃんもトートの剣を手に入れたときに、ヒカルの正体を見抜いていた。


「でもトートの剣は優紗ちゃんと一緒に、ヨグ=ソトースの娘が吐き出した毒に沈んだはずじゃ……。それに、どうして心子さんもトートの剣を使えるの? あれは優紗ちゃんにしか使えない剣だよね」

「まずは回収方法についてお答えすると、黄金の蜂蜜酒を使いました」

「黄金の蜂蜜酒!? 噂には聞いたことがあったけど、実在していたんだ」


 さっきから驚くことが多すぎる。


 黄金の蜂蜜酒というのは、幻夢境にいる魔術師たちの間で有名な霊薬だ。内服するとしばらくの間、あらゆる環境で生存できるようになると言われている。深海や宇宙空間でも生きていられるらしい。


「はい、実在していますよ。黄金の蜂蜜酒を服用して毒が満ちた洞窟の中に潜り、トートの剣を回収しました」

「トートの剣と一緒に優紗ちゃんの遺品や遺体を回収できたりしてない? もし回収できているなら、弔えたらと思うんだけど……」

「残念ですが、見つかりませんでした。服も肉体も、毒によって腐り落ちてしまったんでしょうね……」


 そうか……。せめて埋葬くらいはできないかと思ったが、やっぱり難しいか……。


 トートの剣が唯一の遺品と言えるかもしれないが、心子さんがトートの剣を使えるというのなら、使ってもらった方が今後の役に立つだろう。僕が落ち着くのを待ってから心子さんは話を続けてくれる。


「次になぜ僕がトートの剣を使えるかについてですが、別にトートの剣は優紗専用の剣ではありません。特別な資質を持つ者なら使えるのです」

「でも心子さんって優紗ちゃんにトートの剣を授けたあの猫に、協力を断られていなかったっけ? てっきり、心子さんにはトートの剣を扱う素質が無いってことだと思っていたんだけど」

「あれは幻夢境に住む猫の神に気に入ってもらえなかっただけですね。あれは猫に利益をもたらした人間にしか協力しないんですよ」


 その話は僕も聞いたことがある。噂には聞いていたけど、本当にそんな理由で力を貸し与えるか決めているのか……。


 優紗ちゃんは生粋の猫好きだ。猫に餌付けをしすぎて、晴渡神社を猫まみれにしたこともあるらしい。


「僕も猫は大好きなのですが、あまり猫に構っている時間がなくて……。というわけで僕はトートの剣をもらえなかっただけで、扱う素質そのものは持っているんです」

「なるほど。……そういえばトートの短剣という呪いの武器を聞いたことがあるけど、トートの剣と関係ある?」

「関係あるというか、そのものですよ。短剣か長剣か、形状が違うだけで本質的には同じものです」

「じゃあトートの剣も呪いの武器なんだ!? そんなものを使って大丈夫なの!?」


 僕が聞いた話によると、使用者は呪いによって衰弱して、最終的には命を落とすらしい。トートの剣が持つ強大な力を考えれば、そういった代償があってもおかしくない気もする。


「大丈夫です。問題ありません。呪いで死んでしまうのは、扱う素質が無い場合のお話ですから。実はトートの剣を持つだけなら、誰でもできるんですよ。治癒の力や邪神への特攻能力は引き出せませんけどね」

「あれ? でも僕はトートの剣を持てなかったけど?」

「それはエインフェリアの魔術耐性が呪いと衝突したからでしょうね」


 僕がトートの剣を持ったとき、鋭い痛みと共に剣に弾かれたように感じていたが、本当はエインフェリアの身体の方がトートの剣を弾いたのか。


 優紗ちゃんはトートの剣を扱う素質があるから呪いが発動しない。そのおかげでエインフェリアの身体がトートの剣を弾くことがなく、きちんと扱うことができたようだ。


「トートの剣を生み出したトートという神も、魔術や医療の神として比較的人間に友好的な神様と言われています。僕が使っている限り、トートの剣は安全ですから安心してください」

「わかったよ。でも姉妹2人ともトートの剣を扱う素質を持っているなんてすごいね。もしかして成大家がそういった家系なの?」

「いいえ、僕と優紗だけですよ。突然変異、といったところでしょうか」

「突然変異か……。偶然にも姉妹が2人とも素質を持って生まれる可能性は、奇跡的な確率になりそうだね」

「奇跡的な確率といいますか、これは結人さんを信頼してお話するのですが……」


 心子さんは少し困った様子を見せながら、こう告げた。


「僕は、別のパラレルワールドの成大優紗なんです。5歳の頃、このパラレルワールドに迷い込んだ優紗なんですよ」

「なんだって!?」


 僕は驚いて咄嗟に、銀の鍵を使って心子さんがパラレルワールドから来た人物か判定を試みた。


「なんだこれ? 偽バルドルを判定した時と同じだ。判定したのに、きちんと結果が出ない……」

「もしかして、これのせいじゃないですか?」


 そう言って心子さんは懐から銀の鍵を取り出した。()()()()()()()()()()()()()()だ。

 なんで心子さんが、壊れていない銀の鍵を持っているんだ!? 僕は驚きを隠せないでいたが、まずは心子さんの話を聞くべきだろう。


「銀の鍵はヨグ=ソトースと繋がっていますから、持っているだけでも不正な結果を引き起こすかもしれません。おそらくは、ヨグ=ソトースに対して判定を行っているような扱いになるのでしょうね」


 心子さんは持っていた銀の鍵を机の上に置いて、その場から離れる。すると判定が正常に戻って、心子さんが別のパラレルワールド出身だとわかった。


 ヨグ=ソトースは全てのパラレルワールドにまたがって存在するため、ヨグ=ソトースには出身のパラレルワールドというものが存在しない。だから銀の鍵を持っていた偽バルドルと心子さんには、うまく判定ができなかったようだ。


「どうして心子さんが壊れていない銀の鍵を持っているの? 心子さんが持っている壊れた銀の鍵が、このパラレルワールドの銀の鍵だと思っていたんだけど」

「それについてはこの僕、成大心子という存在についてお話する必要がありますね。少々長いお話になります」


 そうして心子さんは、彼女の生い立ちについて語り始めた。

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