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50_黒いコートのエインフェリア

「死因は……銃殺!? ヴィーダルは老衰していたとはいえ神だぞ!? 拳銃程度じゃ致命的なダメージにはならないだろ!」


 雫は落ち着かない様子で怒鳴っている。銃はエインフェリアにすら大した効果はない。老衰していたとはいえ、神であれば猶更だろう。


 それなのに、どうやってヴィーダルを銃で殺したんだ? わからないが、とりあえず僕は雫を落ち着かせようと声をかけようとする。


 ……そのとき、転移によって黒いコートを着た男が虚空から現れ、僕たちに襲い掛かってきた。


「やっぱりここにいたか。黄金の腕輪を渡してもらおう!」


 黒いコートの男はそう言いながら、雫に向かって拳銃から弾丸を放つ。銃弾が雫に命中すると、そこを中心とした雫の身体の一部が崩れ去った。

 雫に攻撃が効いただと!? 今までは何をくらっても、ほぼ無効化していたというのに!?


 黒いコートの男は雫に向かって、立て続けに銃弾を放つ。雫の身体は銃弾が命中する度に、光沢の無い黒いオパールのような物体になって崩れていく。


「俺に物理的な攻撃は……効かないはず……。なぜ……銃弾ごときに……俺が……」


 黒いコートの男は無言で銃弾を撃ち続ける。そして雫は抵抗らしい抵抗もできないまま、全身が崩れ去って死んでしまった。


「し、雫が死んだ!? なんだこれは……。雫を殺したこの弾丸から、旧き印の力を感じる」


 旧き印とは、邪神から身を守るなどの効果を持つ魔術的な文様だ。五芒星の中心に目玉のような炎を描いたような形をしており、ここに魔力を流すことで効力を発揮する。


 邪神によってどのような効果を及ぼすかは様々だ。邪神に気付かれにくくなったり、ダメージを与えられたりする。

 洞窟の奥底でヨグ=ソトースの娘を封印していたのも、旧き印による力だ。


 そんな旧き印の力を持った弾丸を受けて死んだということは、雫は邪神か、もしくはその眷属ということになる。


「雫の本当の正体って、エインフェリアでも北欧の神でもなくて、何かの邪神の眷属だったのか!? 雫はカラスや他の神々を騙して、バルドルに成り代わっていたのか!!」

「そうだよ。何の邪神の眷属なんだろうね。旧き印を使えば殺せるし、知る必要はないけどさ」


 黒いコートの男は僕に言葉を返してから、雫の残骸である鉱石のようなものを漁り始める。


「黄金の腕輪を持っていないようだし、こいつは分体か。ああでも、銀の鍵はこいつが持っていたんだ。使用権がないから使えないし、いらないけど」


 分体ということは、雫は他に本体がいるのか……?


 それにどうして雫が銀の鍵を持っていたんだ? このパラレルワールドの銀の鍵は、壊れた状態で心子さんが持っているはずなのに。

 どこで手に入れたのかは知らないが、銀の鍵を持っていたから使い方を知りたくて、雫は銀の鍵に執着していたのだろうか?


「お前は何者なんだ。それに、なんで雫が銀の鍵を……?」

「何者って……そうか、認識阻害魔術のせいで僕を見てもわからないか。雫が銀の鍵を持ってるのは、別の僕たちから奪ったからだよ。記憶を失っている状態で優紗ちゃんを助けようとして、事故で過去に跳んでしまう僕たちがいるみたいでね」


 別の僕たち……? どうしてこの男は僕や彼自身を()()()と言うんだ? まるで僕と彼が同一人物だと言っているような……。


 いや、その通りなんだ。


 認識阻害魔術で僕が認識できていないだけで、彼は別のパラレルワールドからやってきた僕なんだ!! どうしてこんなところに、パラレルワールドの僕がいるんだ!? このパラレルワールドに元々いた僕は既に死んでいるし、エインフェリアとして拉致されてきたのは、この僕自身だ。

 そうなると、彼は銀の鍵を使ってわざわざこのパラレルワールドへやってきた、第3の久世結人ということになる。


「もういいかな? 後顧の憂いを断つために、どうせキミにはここで死んでもらうからさ。祈里さんとの約束を果たすため、ここで死んでくれ。別世界の僕!」


 どうして僕を襲ってくるんだ!? パラレルワールドの同一人物だというのに、何もわからない。祈里さんとの約束って、一体何だ!?


 状況についていけず、僕は混乱している。しかし、対峙している彼はそんなことはお構いなしに攻撃を仕掛けてきた。


 別世界の自分自身と戦うなら、おそらく実力は互角……。いや、彼の方が上か? 僕の知らない知識を持っている以上、彼の方が格上と考えるべきだろう。全力で迎え撃たなければ、殺される!


 僕は銀の鍵に魔力を込め、障壁を多重に展開する。


「ははっ。別のパラレルワールドの僕を今まで何人も殺してきたけど、みんな最初は障壁を張るよね。最初に覚えた時空操作魔術ってのもあるし、使い勝手もいいから頼っちゃうんだ。僕も同一人物だから、よく気持ちがわかるよ」

「何が言いたいんだ」

「みんな一緒だから、対処が簡単だってことさ!」


 別世界の僕が、銀の鍵に魔力を込めながら呪文を唱える。すると僕が展開していた障壁が、全て搔き消されてしまった。しかも銀の鍵と僕の繋がりが断たれている!?


 僕の動揺を見逃さず、別世界の僕は銃弾を放ってくる。だが僕は、何とか紙一重で避けることができた。


「おっと、今のを避けるか。でも銀の鍵を使えないキミは、ただのエインフェリアだ。おとなしく殺されてくれないかな」


 別世界の僕は力の差をわからせるためか、そんな物言いをしてくる。だけどこれは、僕の戦意を挫いて戦闘を有利に進めようとしている作戦に過ぎない。


 僕がムスペル教団のエインフェリアたちにやっていたことと同じだ。挑発することで、視野を狭めようとしている。逆転の目を見つけさせないための常套手段だ。僕も負けじと言い返す。


「悪いけど、僕が諦めることはない。それに、その技を使ってきたのはキミで2人目なんだ。対処法はわかっている」


 同じ技を使ってきたもう1人というのは、僕の出身パラレルワールドのクルーシュチャだ。

 クルーシュチャに銀の鍵との繋がりを一時的に断たれたせいで、僕はムスペル教団にヒカルを奪い返されてしまった。


 あの時だって、僕は銀の鍵との繋がりを取り戻せた。クルーシュチャは銀の鍵を使わずに発動していて、別世界の僕は銀の鍵を使っているという違いはあるけれど、基本的には同じようにすればいい。


 もちろん、銀の鍵を使って発動されている分、今回の方が解除難易度は高い。僕が銀の鍵との繋がりを取り戻すときまで、彼の猛攻から身を守り続けられるか。それがこの戦いの最重要項目となる。


 でも別世界の僕もそれを理解しているようで、休む暇を与えてくれない。


「追い詰めたよ。その身に刻め!」


 別世界の僕は、僕よりもはるかに戦い慣れていた。格闘術の身体捌きも、魔術の行使効率も、銀の鍵の扱い方も彼の方が優れていた。


 それに彼が放つ銃弾も、恐ろしいほどの脅威となった。銃で撃たれる度に体内の魔力を乱され、大きなダメージを受けてしまう。


「その銃弾…………。エインフェリアにも効果があるのか……」

「だってオーディンは邪神の扱いになっているからね。その眷属と言える、エインフェリアやオーディンの息子たちの何人かにも効果があるよ。さすがに雫ほどじゃないけどね。あいつは眷属というか、邪神の一部みたいなものだし」


 雫は銃撃を受けるだけで身体が崩れていたが、エインフェリアである僕にはそこまで重篤な症状は出ていない。だけど身体が思うように動かなくなり、重大な被害を受けているのは確かだ。


 ヴィーダルもこの銃弾によって命を奪われたに違いない。オーディンの息子たちの何人か、という表現だったので例外もいるのだろうが、ヴィーダルは旧き印の弾丸が弱点となる息子だったのだろう。


 追い込まれている僕だったが、ようやく銀の鍵との再接続を成し遂げる。


「やっと銀の鍵との繋がりを取り戻せた。ここからが本番だよ」

「いや、もう勝負は決したよ。そのボロボロの身体で何ができる。万全の状態だとしても、僕の方が強いのに」


 僕もルーン魔術を使えば遠距離攻撃は可能だが、遠距離戦では旧き印の弾丸を持っている彼の方が有利だ。だからまずは距離を詰めないといけない。


 僕は銀の鍵を使って空間転移を行い、別世界の僕の背後に回り込もうとした。

 だが……。


「空間転移ができない!? どうして!? 銀の鍵との繋がりは修復したはず!」

「転移封じってやつだね。これを発動している間は僕も空間転移ができないんだけど、万が一にもキミを逃がしたくなくてね」


 空間転移を封じられた僕は攻め込むことも逃げることもままならず、旧き印の弾丸を撃ち込まれる。

 そのまま僕は彼の攻撃によって、意識を保つのも困難なほどの重症を負ってしまった。


「最後に言い残すことはある? このパラレルワールドにいる相手になら、伝言を伝えてもいいよ。まあ、その人も殺す対象かもしれないけど」


 彼は銃口を僕に向けたまま問いかける。しかし、僕はそれに答えることができないほどに衰弱していた。


 僕の胸中は失意に満たされていた。


 何があっても傍にいると、僕の世界のヒカルと約束したのに。

 ヒカルと季桃さんを守ると、優紗ちゃんと約束したのに。



 僕は……約束を守れそうにない……。






(………………く……。ユウ………く…………。諦め……いで! ユウく……! ユウ君!!)


 幻聴だろうか。ここにいるはずもないのに、僕の世界のヒカルの声が聞こえた気がした。






「喋る力すら、もう残ってないか」


 別世界の僕はそう言いながら、銃口を僕の眉間に突きつけて引き金に指をかける。


「今まで戦ってきた他の僕と比べても、なかなか強かったよ。じゃあね」


 バンッ、と銃声が響く。



 …………だが、僕は死んでいなかった。


「まだそんな力を残していたのか!?」


 別世界の僕が驚いているが、僕は依然として力尽きたまま、動くことすらできていない。

 けれど何者かによって展開された障壁が、彼の放った銃弾を防いだのだ。


 僕の身体を光が包み込む。僕をどこかへ転移させようとしているようだ。


 転移は封じられているはずなのに、どうやって。おそらくは銀の鍵よりも上位の力でヨグ=ソトースに干渉しているのだろうが……。


 重傷を負った身では、何も考えがまとまらない。

 そしてそのまま、僕は意識を失った。


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