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49_この世界の銀の鍵

 僕と雫はその後、拠点の内部をすみずみまで探索したが、めぼしい手掛かりは見つけられなかった。他の拠点がどこにあるとか、そういった情報があればよかったけど、それすら見当たらない。


「さて、次はどうしたものかな。これじゃあ次の手を打ちようがない」

「もしかしたら幻夢境に拠点があるのかもね。クルーシュチャが時空操作魔術を使えるから、幻夢境に行くことは可能だし」

「なるほど。それならカラスたちが拠点をなかなか見つけられないのも頷けるな。幻夢境を探索するときは、結人君が転移してくれるよね?」

「もちろんそれくらいはするよ」


 とはいえ幻夢境は広い。闇雲に探しても見つけるのは難しいだろう。


 雫がふと思い出したように言う。


「そういえば結人君。()()()()銀の鍵の使い手は1人だけだって、カメラに映ったクルーシュチャが言っていたね。あの言い回しから考えると、例外があるのかい?」

「あるよ。正確に言えば、()()()()()()()()()()()1()()なんだ。だから僕とは別に、このパラレルワールドの使い手がいるかもしれないね」


 ちなみに銀の鍵の本数も同じで、パラレルワールドごとに1本しかない。銀の鍵はヨグ=ソトースの子供が使い手を任命すると新たに作り出され、古いものは消滅する。


 だから使い手は、自分の持っている銀の鍵がいつ消滅するのか怯えて過ごすことになるんだけど……。たぶん、僕が持っている銀の鍵が消滅することはないだろう。

 なぜかといえば、僕の出身パラレルワールドは既に滅んでしまっているからだ。僕を任命したヨグ=ソトースの子供も既に死んでいるはずだから、他の人に権利を移されることはない。


「なるほどね。このパラレルワールドの使い手が誰なのか、結人君はわかったりするのかい?」

「わかるよ。あ、でも、もしかしたら使い手ではないかも。銀の鍵を持っている人はわかるんだけど」

「それは誰かな」

「心子さんだよ。あの人はスコルの子を捕獲するための道具を持っていたけど、あれは壊れた銀の鍵なんだ」


 銀の鍵は壊れると、ヨグ=ソトースに干渉する力を失ってしまう。

 しかしその代わりに、誰にでも扱えるスコルの子の捕獲道具として活用できるようになる。


「普通に考えれば、心子さんが銀の鍵を使っている間に壊してしまったのかな。でも壊れた状態なら使い手じゃなくても扱えるから、僕の知らない使い手が心子さんにあげた可能性もある」

「銀の鍵って壊れることがあるのか……。俺としてはまずそこが驚きなんだが」

「簡単に壊れるものじゃないんだけどね。むしろ意図的に壊したのかな、そうでもしないと壊れる気がしないし」

「意図的に壊して、何かメリットがあるのかい?」

「ヨグ=ソトースから力を借りれなくなるから基本的にはデメリットしかないけど……。スコルの子を捕獲できることと、使い手じゃなくても使えることくらいかな。スコルの子の捕獲は壊れてない状態だとできないんだ」


 詳しく言うと少し複雑なので割愛するが、ヨグ=ソトースはスコルの子を嫌っている。そのせいで銀の鍵で捕獲しようとしても、ヨグ=ソトースが拒絶するのだ。


 一方で壊れた銀の鍵はヨグ=ソトースとの繋がりが絶たれている。だから壊れた銀の鍵で時空操作魔術を発動することはできない。

 逆に言えば繋がりが絶たれているからこそ、使い手以外にも使えるし、スコルの子を捕獲できるのだ。


「そういえば心子さんは、捕獲道具の作り方を知らないと言っていたな。知りたければ久世結人を探し出せばいいとも言っていたし。ということは、壊れた銀の鍵を心子さんにあげたのは、このパラレルワールドの僕なのか……?」

「いや、このパラレルワールドのキミは銀の鍵を持っていなかったはずだ! 俺が断言できる」

「じゃあ心子さんが言っていた久世結人は誰だと言うつもり? このパラレルワールドの僕とは別に、もう1人、僕がいるとでもいうのか!?」


 誰かが嘘をついている? それとも誰も嘘はついていない?

 ダメだ何もわからない。


「心子さんに話を聞ければいいんだけど……。クルーシュチャが銀の鍵の使い手を探しているなら心子さんも危険かもしれないし、何とか保護したいところだね」


 カラスが心子さんを見つけられていない以上、心子さんも幻夢境にいる可能性が高い。ムスペル教団の拠点も探さなければいけないし、そうなると僕たちが次に行くべき場所は幻夢境だろうか。


 晴渡神社についても調べたいけれど、それは雫と相談していた通り、カラスたちに任せればいいだろう。多少ではあるが、僕は幻夢境の土地勘がある。まずは僕が幻夢境に赴いた方がいいはずだ。


「ねぇ雫、次は幻夢境に行ってみようよ。ムスペル教団の拠点と、心子さんを探すためにさ」

「確かにそれがいいか。俺も幻夢境に興味があるしさ。じゃあ先にカラスたちに指示を出すから、少し待ってくれ」


 建物から外へ出ると雫はスマートフォンを懐から取り出し、どこかへ電話をかけ始める。


「誰にかけてるの?」

「カラスたちだよ。あいつら、電話に出られるからね」

「えぇ……? どうやって使ってるの……? 身体の構造的に無理じゃない?」

「カラスたちが使えるように、ヴィーダルが改造した物を使っているんだよ。ヴィーダルは道具作りに長けた神でね、昔からいろんな道具を作ってきたんだ」


 エインフェリアに配られている武器はヴィーダルが作ったものらしい。それに以前も聞いたが、ルーン魔術起動装置を作ったのもヴィーダルだ。

 てっきりヴィーダルは鍛冶やルーン魔術に関する道具専門だと思っていたけど、電子工学にも通じているとは……。神話の時代から現代に至るまで、知識のアップデートを重ねてきたのだろう。


 ヴィーダルは高齢でもう戦うことはできないと聞いていたけど、僕たちエインフェリアを支えてくれているようだ。



 数回のコールの後に、カラスが電話に出る。

 カラスはフギンとムニンの2羽いるが、電話に出たのはフギンの方らしい。


 現在、ムニンはヒカルに付き添ってヴィーダルの所へ向かっており、手が空いているのはフギンだけとのことだ。


 雫は通話の音声をスピーカーモードに切り替えて、僕にも聞こえるようにしてくれる。すると、電話口から雫に対して「バルドル様」という言葉が聞こえてきた。


 やっぱり雫はバルドルなのか。彼はもう正体を隠す気がないようで、僕の反応を見て楽しんでいた。


 そもそもどれだけ北欧の神々に信用されていようが、エインフェリアがカラスに直接指示できるとは思えない。雫は伝承で伝えられているバルドルとは特性がかなり異なるようだが、彼が言っていたように、生き返った際に変わったのだろう。


 彼は晴渡神社の調査をフギンに命じると、電話を切った。


「雫って結局バルドルだったんだ。……バルドル様って呼んだ方がいい?」

「今までどおりでいいよ。強いエインフェリアには敬意を払うつもりだからさ。念のため正体を隠していたけど、そろそろ信用してもいいかなってね。エインフェリアを3人も殺してくれたし、キミがムスペル教団側って線はさすがにもう無いでしょ」


 今まで通りでいいなら、そのままで行かせてもらおう。変にへりくだって機嫌を損ねられるのも嫌だし。

 彼の正体が内密だというなら、呼び方も雫のままでいいだろう。


 それにしてもまだ僕のことを疑っていたのか……。僕はヒカルの義兄なんだから、もっと早く信用してほしかった。

 まあ、北欧の神々の疲弊具合を考えると慎重になるのもわかる。


「正体を隠していたにしては、バルドルじゃないって言葉に反応しすぎじゃない?」

「だって失礼極まりないだろう? 生前と違うからって偽物みたいにさ。それに本気で隠すつもりはあまり無かったんだよね。雫って名前からも正体は察せられるし」

「そういえば、どうして雫って名前にしたの?」

「俺が父上であるオーディンから黄金の腕輪をもらったことは知ってるよね。その腕輪の別名はドラウプニル。ドラウプニルという言葉を日本語でざっくり意訳すると雫なのさ」


 ドラウプニルの厳密な訳としては、『滴るもの』という意味らしい。9日が経過するごとに、雫が落ちるように9つに分裂して増える不思議な腕輪だという。


 といっても雫によると、そういう逸話があるだけで本当に増えるわけではないらしい。本当に9日ごとに9つに増えるなら、今ごろ地球はドラウプニルで埋め尽くされている。


 北欧神話では世界は9つに分けられると言われており、ドラウプニルは世界のあり方を示す神具とされる。そんなドラウプニルは、まさに北欧神話の主神に相応しい腕輪と言えるだろう。


「カラスへの指示も終わったことだし、幻夢境へ行こうか」

「わかった。じゃあ転移するよ」


 僕が空間転移を行おうとしたその瞬間、雫が持っているスマートフォンの着信音が響いた。どうやら電話がかかってきたらしい。


「フギンから返ってきたんじゃなくて、ムニンから? 向こうからかかってくるなんて珍しいな」


 ムニンはヒカルに同行している方のカラスだ。まさかヒカルと季桃さんに何かあったのか?


 訝しげな表情を浮かべながら、雫が電話に出る。

 そして、ムニンから報告を受けた雫は当惑の声で呟いた。


「ヴィーダルが、遺体で見つかった……?」


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