表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/126

48_子供はどっち?

 監視カメラから得られた有益な情報はここまでだ。この後はルベドが僕とヒカルの亡骸を運び去って無人になる。


「雫はクルーシュチャを初めて見たんだよね。何かわかることはあった?」

「特には何も。もし知っている人物だとしても、認識阻害魔術を使っていれば同一人物だと認識できないからね」


 外見からクルーシュチャの正体を突き止めることは難しいか。気を取り直して、他の時間帯や他の部屋の映像を確認していく。


 その途中で、非常に気になる情報が1つ存在した。それは、『クルーシュチャはヨグ=ソトースの子供の殺害に成功した』という情報だ。


 洞窟にいたヨグ=ソトースの娘は、僕たちが倒したはず……。


「結人君たちが倒したのは、本当にヨグ=ソトースの子供なのかい? この映像は半月ほど前のものだ。クルーシュチャもヨグ=ソトースの子供を倒したのなら、矛盾だよね?」

「あれは間違いなくヨグ=ソトースの子供だったよ。断言できる。おそらくだけど、ヨグ=ソトースの子供は2人いたんだ。そしてクルーシュチャが殺した方が、使い手の任命権を持った子供だったんだろうね。任命権は全ての子供が持っているわけじゃないんだよ」


 だとすれば、もう1人の子供はどこにいたのか。もう死んでいるから重要では無いかもしれないが、一応答えを出しておきたい。


 雫も同じ気持ちなのか、僕に疑問をぶつけてくる。


「キミは洞窟にいた子供を封印していた成大心子と知り合いだったよね。何か知らないのか? それかキミに魔術を教えたという婚約者は何か言ってなかったかい?」

「心子さんも、僕の婚約者も、僕の出身パラレルワールドには存在しなかったんだよね。カラスは2人について何か調べてない? 心子さんには逃げられているとしても、婚約者の方は僕が務めていた職場を調べれば見つけられるでしょ」

「もちろん調査はしている。けれど、得られた情報はほとんど無いね」


 雫によると、心子さんも婚約者も行方不明らしい。学校や職場に姿を現さないというのだ。


「成大心子が学校に通っているという話は、エインフェリアの晴野季桃と成大優紗の証言だ。おそらくはパラレルワールドによる差異なんだろうが、この世界の成大心子は学校に通っていない。近隣の学校も全部調べたけど、籍がなかった」

「一応聞くけど、家にも帰ってないの? 優紗ちゃんの家はカラスたちも把握してるよね」

「もちろん調べているよ。このパラレルワールドの成大優紗が死んでから、一度も帰っていないようだね。両親に無事を知らせる手紙は出しているようだが、郵便で出しているわけではなさそうなんだ。たぶん、時空操作魔術で届けているんだろう」


 そうなると心子さんの行方は見当もつかない。カラスが懸命に探しているのに見つからないとなると、もしかすると幻夢境にいるのかも……。


 幻夢境は普通の手段では行くことができない異空間だ。だからカラスたちは行けないだろうが、心子さんは空間転移で行くことができる。


「婚約者の方は? そういえば、そもそも名前すら知らないんだよね」

「そっちは足取りが掴めているといえば掴めているんだが……。とりあえず、名前は祈里イノリというらしい」


 祈里……。聞いたことのない名前だ。それにしても、やけに雫は歯切れの悪い説明をしている。


「何かはっきりしないことでもあるの?」

「いや、状況は明確なんだが……。受け入れがたいってだけだ。憶測を一切排除して事実だけを言うと、祈里は12月2日の早朝に死亡した。成大優紗と一緒にね」

「は……? 優紗ちゃんと一緒に死んだのは季桃さんでしょ!?」

「だから、晴野季桃と祈里はパラレルワールドの同一人物なんだよ」


 確かに季桃さんと祈里さんが同一人物なら納得できることも多い。季桃さんは僕の婚約者にすごく似ているってヒカルは何度も言っていたし。


 ヒカルの立場で考えると、『義兄の婚約者をエインフェリアにしたつもりが、よく似た別人をエインフェリアにしてしまった』という認識だったのだろう。本当はパラレルワールドの同一人物だけれど、パラレルワールドなんて存在を認識していない状況でそう考えられるはずもない。


 でもどうして名前が違うんだ……? エインフェリアは限りなく近いパラレルワールドから拉致されてくるはず。だからこそ数千年もの間、エインフェリアたちは多少の違和感を覚えることがあっても、破綻せずに成立していた。


 それなのに名前すら違うなんて、遠いパラレルワールドから拉致されたとしか考えられない。状況から察するに、優紗ちゃんも季桃さんと同じくらい遠いパラレルワールドから拉致されてきたはずだ。

 じゃないと優紗ちゃんが季桃さんに対して違和感を覚えるはず。


 ヒカルが選定したエインフェリアだけがおかしいのか? いったいなぜ。


 いや、それはひとまず置いておこう。今考えてもわからないし、雫の発言にはもっと重要な事実が隠されていた。


 そもそも祈里さんと優紗ちゃんは交通事故に見せかけてはあったが、人ならざる力で殺害されている。それは心子さんが魔術で2人を守っていたという証言から間違いない。

 車に衝突されたくらいでは、時空操作魔術で作った障壁は貫けない。


 以上のことから、祈里さんと優紗ちゃんを殺した犯人を絞り込める。状況証拠しかないが、間違いないだろう。


「祈里さんたちを殺したのはクルーシュチャだ。クルーシュチャがヨグ=ソトースの子供を殺しに行った時刻と、祈里さんたちの死亡推定時刻が一致している。クルーシュチャなら、2人を守っていた障壁も貫ける」


 僕の発言に、今度は雫が驚く。


「待て、待ってくれ! 晴野季桃と成大優紗のどちらかが、ヨグ=ソトースの子供だというのか!? 2人とも、洞窟の奥にいた化け物とは似ても似つかないじゃないか!?」

「過去には人間によく似た子供もいたらしいね。記録に残っている子供で有名なのは、確か双子の兄弟として生まれた子供だったかな。兄はコートを着ればかなり人間のように見えたらしい。弟は完全に化け物だったそうだけど。とにかく、その兄よりも人間に近い個体がいてもおかしくはない」

「だがエインフェリアは神や異形の血を引かない、純粋な人間にしかなれない。厳密にいえば、ヒカルのように神の血が薄まっていればエインフェリアになれるけれど、少なくとも神と人間のハーフは無理なんだ! だから晴野季桃と成大優紗がヨグ=ソトースの子供であるはずがない!」


 エインフェリアは純粋な人間にしかなれない……? それは僕の知らない新事実だ。

 だけど、それに対する反論はある。


「ヨグ=ソトースの子供はさ、魔術的な儀式を行うことでヨグ=ソトースに人間の女性を妊娠させて、産んでもらうことで誕生するんだ。一般的に想像される生命の誕生とは違うんだよ。だから個体ごとにヨグ=ソトースの力がどれだけ混じっているかも違う。さっきの例でいえば、兄はヨグ=ソトースの影響が薄くて弟は濃いんだ」

「つまり、エインフェリアになれる程度の薄さだけれど、銀の鍵の任命権を持っていた子供なのか……。どっちだ? どっちがヨグ=ソトースの子供なんだ!?」

「わからない。どっちも怪しい点があるし、否定できそうな点もある」


 まず優紗ちゃんについていえば、彼女が北欧の神々に取られていた大切なものが何だったのか、という話になる。

 エインフェリアの長い歴史の中でも、彼女と同じものを取られた人はいなかった。優紗ちゃんはそれだけ特殊な人物なのだ。


 優紗ちゃんがヨグ=ソトースの子供だとすれば、取られたものは当然、銀の鍵の使い手を決める任命権。

 今まで同じものを取られたエインフェリアがいないことも頷ける。


 だけど、優紗ちゃんの家庭にそこまで詳しいわけではないが……。普通の家庭だと思う。時空操作魔術に詳しいとは思えない。養子という線もない。優紗ちゃんの容姿には両親の面影がある。

 僕は出身パラレルワールドの優紗ちゃんと交流があったので、彼女の家庭事情を知っていた。ヒカルの友達として紹介してもらったことがあった。


 季桃さんについていえば、少なくともエインフェリアの季桃さんに怪しいところはない。

 祈里さんについては面識が無いからわからないけれど。


 彼女を疑っているのは、もう1人の子供が潜んでいた場所が理由だ。あの洞窟は、晴渡神社が管理する山にある。そして季桃さんは晴渡神社の1人娘だ。怪物の封印に晴渡神社が関与していないとは考えにくい。

 晴渡神社の関係者がヨグ=ソトースの子供を産んだとすれば、季桃さんがもう1人の子供である可能性が高い。


 でもこっちは優紗ちゃんと逆で、神々に取られた大切なものがはっきりしている。いくら他に好きなものがあっても、ヨグ=ソトースという絶大な存在が関与している物事を差し置いてそっちが選ばれるとは思えない。


 まあ、何が取られていたのかは自己申告だ。だから嘘をついていた可能性もあるけど……。

 季桃さんって嘘や隠し事があまり上手に見えない。ヒカルほどじゃないが。


「季桃さんと優紗ちゃんのどちらがヨグ=ソトースの子供だとしても、晴渡神社を調査すれば何か見えてくるんじゃないかな。心子さんに話を聞くのが最善だろうけど、見つからないしさ」

「確かにそうだな。晴野季桃の家ということで、晴渡神社も一応調べてはいたはずなんだが……。念のため調べなおした方がよさそうだ。後でカラスに伝えておくよ」


 話も一区切りしたところで、僕たちはムスペル教団の拠点の探索に戻ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ