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47_カメラが捉えた出来事

「3人もエインフェリアを殺せたなんて幸先がいいじゃないか。魔術師たちも皆殺しにできたし、拠点制圧と言えるだろうね」


 雫は機嫌がよさそうに笑っている。その一方で僕は表情を曇らせていた。


「どうしたんだい、結人君。俺たちはムスペル教団の重要拠点の制圧という大きな一歩を踏み出したというのにさ」

「そこは僕も同じ気持ちだよ。ただ……エインフェリアは自分の意思で戦っているとは言い難いからさ」


 エインフェリアはスコルの子に襲われてしまうため、それ以前の生活にはどうしても戻れない。彼らは知らなかっただろうけど、異なるパラレルワールドから拉致されている問題もある。

 魔術師たちにはそういう事情はないから、彼らは自己責任と言えるけど……。エインフェリアは自分の意志とは関係なく、戦わざるを得ない状況へ追い込まれた人たちだ。


 まあエインフェリアは強いから、人間の魔術師と違って殺さない選択肢は無い。しかし、自分の意思で戦いに身を置いていない者を殺すことに憂いもあるという話だ。


「北欧の神々を裏切ってムスペル教団についたのは、彼ら自身の判断だろう? 俺たちに殺されたくないのなら、北欧の神々を裏切らなければよかったんだ」

「どの陣営につくかって判断の前に、戦いに身を置くかどうかの判断があるはずでしょ。僕はヒカルを守るために自分の意思で戦っているけど、例えば季桃さんはエインフェリアにならなければ戦う必要なんて無かったよね」

「いいや、そんなの幻想さ。日本みたいな平和な国にいるから勘違いするんだ。戦わない自由なんて無いよ。自分の意思ではないのに戦わなければならないなんて普通のことさ。戦争中の国を見ればわかりやすいね」

「北欧の神々の目的は、影ながら人々の安寧を守ることだってカラスから聞いたけど? エインフェリアは人々を守るための存在だよね。神々の協力者であるキミがそんなことを言うの?」

「理想と現実は違うってわかるかな?」


 雫と喧嘩をするためにこの話を始めたわけじゃない。ムスペル教団のエインフェリアを殺すことについては僕も賛成しているんだ。


 ムスペル教団と戦っていくうえで、手段も目的も一致しているのに、思想の違いで分裂するのは馬鹿らしい。


「話を変えよう。雫が炎を弱点だと嘘をついていた件に関して、話を聞かせてよ」

「嘘とは人聞きが悪いなぁ。確かに吸収して自分の力にすることができるけど、弱点っていうのは本当だよ。吸収できる熱量に上限があるんだ」

「他の攻撃は全部無効化できるから、上限がある炎は相対的に言えば弱点ってこと? それは弱点とは言わないんじゃないかな」

「俺にとっては弱点なんだよ。もう話したからこれでいいだろ?」


 そういって雫は話を打ち切る。ヤドリギが効いていなかったことについても聞きたかったが、口を割りそうにない。


 この場で話せることはもう無いだろう。僕たちは拠点の中を探ってみることにした。



 ◇



 僕たちは電子機器類が設置されている一室を見つけた。


「ここは監視室かな? 監視カメラの映像などを見れるみたいだね」

「録画もされているのかな。少し調べてみようか」


 僕たちは室内に設置されている機器を操作する。データの日付を見ていくと、どうやら1か月前までのデータが保存されているようだ。


「12月2日の午前2時過ぎを見てもいい? 僕が元々いたパラレルワールドで、ヒカルが連れ去られた時間なんだ。こっちのパラレルワールドのヒカルが連れ去られたのも、たぶんその頃だと思うんだよね。だからその時間帯を見れば、このパラレルワールドの僕とヒカルが死んだ後の状況が見れると思う」

「ルベドとクルーシュチャの計画が崩れた瞬間ってことか。なるほどね」


 雫も賛成のようなので、僕は録画映像を再生する。


 画面の中には死ぬ少し前の、この世界の僕とヒカルが映っていた。


『ねぇユウちゃん……。私さえ死ねば、もう誰かが傷ついたり、悲しむことは無くなるかな?』


 ヒカルがそういうと、この世界の僕が彼女の首に手をかけた。


『ごめん、ヒカル。力不足だった……』

『ごめん、ごめんね、ユウちゃん』


 この世界の僕が両手に力を込める。

 ヒカルの意識が落ちる寸前、彼女の口元が少しだけ動いた。


『あ……り……が……と……』


 ヒカルが気を失ってから、さらに気道の圧迫を続けて1分が過ぎた頃だった。ルベドがものすごい剣幕で部屋の中に押し入って、大きな声で怒鳴る。


『貴様! 何をしている! 手を放せ。その娘はレーギャルンを開けるために必要なのだ』


 ルベドがルーン魔術で炎の弾丸を撃ち出すが、この世界の僕は時空操作魔術で作った障壁で防ぐ。

 しかしこの世界の僕は銀の鍵を持っていないし、そもそも僕より時空操作魔術に不慣れなようだ。そのせいでルベドに対抗できるだけの障壁を作れなかったようで、しばらくすると障壁は破壊されてしまう。


 炎の弾丸に包まれ、この世界の僕の身体が燃えていく。だが、その手がヒカルから離れることはなかった。

 そして炎が燃え尽きた頃には、この世界の僕とヒカルは息を引き取っていた。


 2つの遺体をルベドが苦々しく見つめている。ここから先の映像では、ルベドは僕の知らない言語――雫によると古い北欧の言葉で話しているので、雫に翻訳してもらいながら理解した内容だ。


『くそ、まさかこんなことになるとはな……』


 遺体になったヒカルの首元が輝く。黄金の首飾りの魔力によって、戦乙女の選定魔術が発動したのだ。これによりパラレルワールドのヒカルがエインフェリアとして、北欧の神々が用意した安全地帯に拉致されたことだろう。


 計画が頓挫した失意からか、ルベドはしばらく立ったまま目を閉じて、軽く顔を伏せていた。そんなルベドに対し、明るい口調で話しかけてくる者がいる。


『まさか黄金の首飾りを奪う前に、戦乙女の候補者が殺されちゃうなんてね。また計画の立て直しだわ』

『その割には楽しそうだな、クルーシュチャ』

『私は別に、次の機会を待ってもいいしね。愛しいオーディンのことを想う時間が増えるってことでもあるし。あなたは早く復讐を完遂させたいでしょうけど』


 クルーシュチャはオーディンに想いをはせているのか、幸せそうに笑う。


『それにしてもヨグ=ソトースなんて、随分と懐かしい名前を聞いたわね』

『そういえばこの男が使う魔術の詠唱に、そんな単語が含まれていたな。知っているのか?』

『エインフェリアはパラレルワールドの同一人物って、前に少し話したことがあったわよね。それに関係しているんだけど、ヨグ=ソトースは北欧の神々とは比べ物にならないほど強い力を持つ神よ。ややこしいから詳細は省くけど、大雑把に言えばヨグ=ソトースとは時空そのものね』

『もしかしてお前も同じ魔術を使えるのか?』

『ええ、私もヨグ=ソトースの力を借りた時空操作魔術を使ったことがあるのよ。ずっと昔、オーディンのためにね』


 基本的にクルーシュチャはアドバイザーのような立場に徹している。助言や知識を与えることはあっても、自分で決断することは少ないようだ。

 ムスペル教団のリーダーはルベドだから、それを尊重してのものだろうか。もしくは単純にクルーシュチャの性格なのかもしれない。


『この男は時空操作魔術の使い手として、どれほどの実力者だったかわかるか? 同じような輩がどれだけいるかも知りたい』

『才能はあっただろうけど、未成熟だった感じかしらね。総合して並程度ってところかも。使い手の人数については……。そもそも時空操作魔術って難しいし、習得の過程でヨグ=ソトースについて理解を進める必要があるせいで、常人なら途中で発狂するのよね。だから間違いなく少ないわ』

『なるほど。であれば特別な対策は不要か。時空操作魔術がルーン魔術よりも優れているのであれば、何か考える必要もあっただろうが』


 時空操作魔術はルーン魔術ではできないことも多いが、ルーン魔術でしかできないことも多い。

 どちらか一方が優れているとは言い難いだろう。結局は使う者次第だ。


『……あ、待って。一応、念を入れておこうかしら』

『何か心配事があるのか? 時空操作魔術を使うこの男がエインフェリアになって襲ってくれば、面倒ではあるだろうが』

『似たような魔術師1人1人はどうにでもなると思うわ。問題は銀の鍵っていう魔術具を使いこなす者がいた場合なの。銀の鍵を使えばヨグ=ソトースからさらに力を引き出すことができるわ。その分、扱いも難しいけどね』

『その者の強さは?』

『使い手の中でも上位なら、あなたと同等かしら。エインフェリアになっている場合はあなたを上回るわね。そんな使い手が実在するかは怪しいところだけど』

『そうか。だが、可能性が低いとしても放っておけまい。私を上回るというなら、お前に任せてもいいか?』

『うーん……。私が直接手を出してもいい案件かしら? いいわよね。もしそんな使い手が実在したら、使い手を引き入れた陣営の勝利みたいなつまらない展開になりそうだし。オーディンも許してくれるでしょ』


 自分で行動するのは久しぶりなのか、クルーシュチャは楽しそうにしている。


『じゃあまずは、ヨグ=ソトースの子供を殺してくるわ』

『はぁ、あまり先走らないでくれ。話の繋がりが見えん』

『銀の鍵を使うには、ヨグ=ソトースから承認を受ける必要があるの。承認は代理人が行っていて、それがヨグ=ソトースの子供なのね。仮に銀の鍵の使い手を倒せたとしても、ヨグ=ソトースの子供が生きている限りは次々と使い手が生まれる可能性があるのよ』

『既に使い手がたくさんいる可能性はないのか?』

『無いわ。承認できるのは1人だけなのよ。誰かが承認されたら、その前の使い手は力を失うわ。だから基本的に、銀の鍵の使い手が2人以上同時に存在することは無いわね』


 クルーシュチャの解説は僕の知識とも一致している。確かに、()()()()銀の鍵の使い手は1人だけだ。


『理由はわかった。ではどうやってヨグ=ソトースの子供を探すつもりなんだ?』

『実は私って、ヨグ=ソトースの子供の探知なら少しだけできるのよ。銀の鍵を探知することは無理だけど。ヨグ=ソトースの子供を産んだことがあるおかげで、母としての権限を持っていると言えばいいのかしら。時空操作魔術でヨグ=ソトースに問いかけたら、大雑把になら教えてくれるはずよ。夜明けまでには殺してくるわ』


 夜明けまでには……?


 でもヨグ=ソトースの娘は洞窟の奥で生きていて、それは僕たちが倒した。クルーシュチャは殺害に失敗したのか? 彼女の実力を考えると、失敗したなんて考えにくいけれど……。


『ルベドは私が出かけている間、何するつもりなの?』

『新たな戦乙女が生まれてしまった件について、今後の方策を考えるつもりだが……。まずはこの兄妹の亡骸を弔っておくか』

『自分が追い詰めて殺したのに? ルベドってその辺り変に律儀よね。それにどうせ、オーディンを殺す過程で世界も滅ぼすのよ』

『幸せな家族は一緒にいた方がいい。わずかな間であっても、死後であっても。だからこいつらはきちんと弔って同じ墓に入れる。急造の粗末な物になるだろうが。できればこいつらの祖父母も同じ墓に入れたいが、今からでは難しいだろうな』

『あー。ルベドってオーディンのせいで、家庭事情めちゃくちゃだもんね。家族の安寧を願うくせに殺すって矛盾してない? まあ、好きにすればいいけどね』


 そう言い残してクルーシュチャは去っていく。宣言した通りに、ヨグ=ソトースの子供を殺害しに行ったのだろう。


 ルベドは1人残った後、この世界の僕とヒカルの死体を見つめながら呟いた。


『幸せな家庭を壊すのは忍びないが、オーディンへの復讐はすべてに優先する。恨むならオーディンを恨むんだな』


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