46_VSムスペル教団のエインフェリア
「こっちだ! こっちに侵入者がいるぞ!」
エインフェリアを呼びに行った魔術師が1人いたが、おそらくそいつの声だろう。どうやら彼はエインフェリアと合流できたようで、僕たちの所まで案内しているようだ。
僕と雫は戦いやすい位置に陣取って、エインフェリアの到着を待っていた。
しばらくして男が2人と女が1人現れる。この3人がエインフェリアのようだ。
エインフェリアには認識阻害魔術が施されていて、後からエインフェリアになった者は、先にエインフェリアになった者を正しく認識できない。そのため僕からすれば彼らは初対面だが、彼らは僕に見覚えがあったらしい。正確に言えば、彼らが知っているのは死んでしまったこのパラレルワールドの僕だけど。
「お、お前はあの時の、変な魔術を使う魔術師!? エインフェリアになっていたのか!」
変な魔術というのは、ヨグ=ソトースから力を借りて行使する時空操作魔術のことだろう。
このパラレルワールドの僕は銀の鍵を持っていなかったはずだけれど、時空操作魔術は使えたようだ。心子さんが使っていたように、効力は控えめになるけれど時空操作魔術は銀の鍵が無くても行使できる。
「エインフェリアになろうが同じことだ! 殺してやる!」
そう叫びながら、エインフェリアたちが襲ってきた。彼らは男2人が前衛として戦い、残った女1人が後衛を務める布陣のようだ。
僕から見て左側の男が短剣を持っており、右側の男が大きなハンマーを持っている。後衛の女は武器を持っていないが、ルーン魔術を発動する準備をしていた。
おそらくは短剣の男が相手を牽制して隙を作り出す担当で、ハンマーの男がその隙を狙って敵を撃破する担当。後衛の女が前衛2人が円滑に動けるようにサポートを行う担当だろう。
短剣の男が僕に攻撃を仕掛けてきた。せっかくだから、銀の鍵を使って対処しよう。魔術師たち相手では楽勝すぎて出番がなかったが、エインフェリアが相手なら不足はない。
僕は短剣の男の攻撃にあわせて、彼の背後に空間転移を行う。そのまま彼の足をひっかけながら、裏拳で頭部を強打して転倒させた。
短剣の男は何が起きたのか理解できていないようだ。突然後ろから殴られて、気が付くと自分が這いつくばっていた。そんな認識に違いない。
僕は倒れている短剣の男を蹴り上げてから空間転移を再び行使し、後衛の女が放ってきた炎の弾丸を避ける。
後衛の女が、短剣の男に指示を飛ばす。
「その黒いコートのエインフェリアは瞬間移動してるみたい! 1対1だと翻弄されるから、その男は2人がかりでカバーしながら戦わないと駄目よ! 残った1人が先に白い方を倒して、3対1に持ち込めれば道が開けるわ!」
短剣の男と後衛の女が2人で僕に向かってくる。そういうわけで、不幸にも1人で雫に挑むことになったのはハンマーの男らしい。
並みのエインフェリア1人で雫を倒せるはずがないが、彼らは雫の実力を見抜けていないようだった。
ハンマーの男が雫に襲い掛かる。エインフェリアの膂力で放たれるその一撃は、分厚いコンクリート壁すらも容易く打ち砕くだろう。
けれど雫は一歩も動くことはなく、防御の姿勢を取ることもなく、棒立ちの状態で巨大なハンマーを無傷で受け止めた。正確にはほんのわずかなダメージはあるようだけど、それも一瞬で回復してしまう。実質的に、無傷と言って差し支えない。
エインフェリアたちが驚愕の声を上げる。
「はぁ……!? 今、何が起こったんだ!? 俺は確かに当てたはずなのに、無傷だと!?」
「もしかして白いやつはエインフェリアじゃなくて、バルドルなんじゃないか!? もしそうなら説明がつく!!」
「俺のハンマーは叩く面をヤドリギで覆ってあるんだよ! ここは戦乙女の候補者を攫うための拠点だから、バルドルに襲撃される可能性が高いと聞いて対策してたのに!」
「じゃあバルドルじゃないんだろ!」
"バルドルじゃない"と聞いた瞬間、雫は酷く顔を曇らせた。
伝承ではバルドルに傷をつけられるのはヤドリギだけ。逆にいえばヤドリギであれば傷をつけられる。
でも雫にヤドリギは効かないとなると……。また雫の正体がわからなくなってしまった。
「し、白い方にはもっといろんな攻撃を当てるのよ! ヤドリギが無効化されたからって、他の攻撃まで無効化されると決まったわけじゃないわ! もしかしたら回数に制限があるかもしれないし!」
後衛の女が引きつった様子で希望論を口にするのに対して、雫は楽しそうに挑発する。
「回数制限は無いけど、炎が苦手だなぁ。炎の弾丸は嫌だなぁ」
炎は吸収するくせに、どの口が苦手と言うんだ。とりあえず、ハンマーの男は雫に任せていれば問題ないだろう。
僕は短剣の男と後衛の女を倒さないといけない。前衛にいる短剣の男に注意を向けると、彼は僕を睨みつけてきた。
「瞬間移動なんて手品が何度も通じると思うなよ」
「じゃあハンデをあげようか。転移は無しで相手をしよう」
「馬鹿にしやがって」
冷静さを欠いてくれる相手ほど、対処しやすいものはない。
それに空間転移は連続で発動することもできるけど、そこそこ神経を使うので、休憩を挟めるなら僕にとってもありがたい。
2対1という状況ではあるものの、僕は銀の鍵を使わずに攻撃を捌き続けていた。そもそも僕は攻撃を受け流すのは得意なのだ。防御に重点を置いていいのなら、これくらいのことはできる。
とはいえ、これじゃ攻撃まで手が回らない。空間転移は使わないけど、時空操作魔術は解禁することにしよう。
僕は銀の鍵で障壁を形成する。空間をいじって作成したこの障壁は、中級ルーン魔術の『障壁を張る』魔術よりもずっと強固だ。それに時空操作魔術で作った障壁は、透明なので目に見えない。短剣の男は僕が障壁を張ったことにすら気づかないだろう。
僕と短剣の男が同時に攻撃を放つ。彼の攻撃は障壁に阻まれたが、僕の攻撃はクリーンヒットした。
その様子を見て、エインフェリアたちは目に見えて狼狽えていた。
「今、俺の攻撃は当たったはずだよな……!? まさか黒い方にも攻撃が効かないのか!?」
「そんな!? 当てるだけでも難しいのに、当てても無効化されるなんて……」
僕の場合は障壁で防いだだけで、無効化しているわけじゃない。透明な盾で防いだようなもので、雫のように当たっているのに傷を負わないのとは違う。
それに銀の鍵で作った障壁は、攻撃を続ければいずれ突破できる。強度に違いはあれど、ルーン魔術で作った障壁と同じだ。
けれど彼らは、雫に攻撃が効かないところを見たばかりだった。そのせいで、先入観があったのだろう。僕が誤認を誘ったこともあり、勘違いしてしまったようだ。
「本当に同じエインフェリアなのか……? レベルが違いすぎる……」
「何をしても通用しないなんて、もうどうしようも……」
彼らの戦意は挫かれていた。抵抗しないと殺されてしまうことはわかっていても、勝算が無くて完全に絶望していた。
こうなってしまえば、あとは消化試合だ。そんなモチベーションで僕と雫に勝てるはずもない。
エインフェリアとの初戦闘は、僕たちの快勝で終わった。