45_VSムスペル教団の魔術師
ムスペル教団の拠点を襲撃することにした僕たちだったが、「先に行きたい場所がある」と雫が言い出した。
それで僕は雫の後をついていったのだが……。雫の目的地は、何の変哲もないコンビニだった。
「あのさ、これは本当に必要なことなの?」
「もちろん必要だとも」
「……アイスを食べているようにしか見えないんだけど?」
「別に氷の塊でもいいんだけどね。どうせ摂取するなら美味しい方がいいだろう?」
どうやら冷たいものを接種することが目的らしい。よくわからないが、魔術的に意味のある行動なのかもしれない。
「実を言うとね、俺は炎が弱点なんだ。ムスペル教団はルベドを含め、炎の魔術が得意な魔術師が多くてね。念のための対策というやつさ」
「雫が炎を苦手としているなんて意外だな。弱点らしい弱点は無いと思ってたよ」
僕の発言に、雫は興味を持ったらしい。
アイスを食べる手を止め、僕に視線を向けた。
しかし視線を向けたまま、雫は何も喋らない。仕方ないので僕が話すことにする。
「雫は新人エインフェリアを自称してるけど、本当はバルドルだろうと僕は思っていたんだ。でも炎が苦手ならバルドルじゃないんだね。バルドルなら炎とも契約しているから、平気だろうし」
「……そんなことを考えていたんだね。でもさ、炎を苦手としているからバルドルじゃないなんて、ちょっと短絡的過ぎやしないかな?」
雫は表面上は笑っていた。けれど「バルドルじゃない」と僕が言った直後から、目だけは僕を睨みつけていた。
そして苛立ちを隠せないのか、やや早口で彼はまくし立て始める。
「バルドルの葬儀がどのように行われたか知っているかい? 遺体を火をつけた船に乗せて海へ流したんだけどさ。つまりバルドルは火葬されたんだ。炎の影響を受けないなら火葬なんて無理だよね? バルドルを守る契約は彼の母親が成立させたものなんだけど、息子を火葬するために炎とだけは契約を解いたと考えられないかい?」
雫の熱弁はまだ続く。
「他にもこういうのはどうかな。バルドルは一度死んで冥府の住人になったわけだけど、北欧神話における冥府というのは氷の世界なんだ。そんな世界の住人になったとしたら、バルドルも氷の性質を帯びるかもしれない。そのとき優先されるのは炎との契約なのか、それとも氷の性質なのか、どっちだろうね?」
言いたいことを吐き出し終えたのか、雫は口をつぐむ。
雫は急にどうしたんだ……? なぜ「バルドルじゃない」という僕の発言に過剰に反応した?
「雫はバルドルなのか?」
そんなストレートな言葉が僕の口から出た。
「…………さあね」
はぐらかすにしては不自然なほど思いつめた表情をしながら、雫はそう答えた。それから10分ほど気まずいの時間が続いた頃、雫はアイスクリームを全て食べ終えた。
「俺の準備はできたよ。さあ、行こうか」
僕は雫に頷き返して、転移魔術を発動した。
◇
ムスペル教団の拠点は春原市から少し離れた山奥に隠されている。僕たちは拠点のすぐ近くに転移してきて、外部から拠点を観察していた。
なぜ拠点の内部に直接転移しなかったのかというと、クルーシュチャ対策だ。もし逃走することになったとき、空間転移はクルーシュチャに妨害される危険性がある。
もし空間転移が使えない状況に追い込まれても逃走できるように、物理的な逃走経路も確保しておこうと考えたのだ。
僕は出身パラレルワールドを含めるとここに来たのは2回目だが、雫は初めてきたはず。そのせいか、雫はムスペル教団の拠点の小ささに驚いていた。
「あまり大きくはないんだな。立地の問題か?」
「たぶんね。こんなところに大きな建物を作ろうとしたら目立つだろうし。きっとヒカルを一時的に閉じ込めるためだけに用意した拠点なんだよ」
見たところ、出入り口は正面にしかないようだ。窓もないし、他の場所から入るなら壁を壊す必要がある。
「僕の出身パラレルワールドの話だけど、この拠点にいたエインフェリアは3人だけだったよ。エインフェリアじゃない魔術師はそこそこいたけどね」
「それなら正面突破でいいんじゃないか。普通の魔術師は雑魚なんだ。ルベドかクルーシュチャがいる場合はどうせ撤退するんだし、この襲撃はエインフェリアたちを倒せるかどうかという話でしかない」
クルーシュチャはもちろんだけど、ルベドがいた場合も撤退?
ルベドは人間なのに異様に強く、その戦闘力はエインフェリア数人分もある。だけどそれは、一般的なエインフェリア数人分という話だ。
自分で言うのもなんだけど、僕はエインフェリアになる前から、ルベドと同様にエインフェリア数人分に匹敵する実力を持っていた。雫だって炎が弱点らしいけど、強力なエインフェリアには違いない。というかバルドル疑惑があるくらいだし。
そんな僕と雫なら、ルベドも倒せると思うけれど……。
僕が戸惑っていることに気づいたようで、雫が教えてくれる。
「ルベドは不完全ながら竜の血を浴びていてね、生半可な攻撃じゃ傷をつけることができないんだ」
「竜の血? もしかして北欧神話に関係があるの?」
「ファフニールという竜がいてね。その竜の血を身体に塗ったり飲み込んだりすることで、様々な効能を得ることができる。どんな攻撃でも傷つかない強靭な身体とか、あらゆる言語を理解できる力とかね」
「どんな攻撃でも傷つかないって、全く傷つかないの?」
「いや、さすがに無敵じゃない。でも俺たち2人だけじゃ決定打に欠けるのも事実だよ。攻めあぐねている間にクルーシュチャが異変に気付いて合流してきたら、こちらが不利になるだろうね」
ルベドにそんな秘密があったのか。
僕が出身パラレルワールドでルベドと戦ったときは、僕から攻撃を仕掛けることはなかったから気づかなかった。
ルベドだけなら勝てるという話だが、クルーシュチャに合流されると確かにまずい。そういうことなら、ルベドがいた場合も念のため撤退したほうがいいだろう。
「わかったよ。雫の言う通り、ルベドかクルーシュチャがいたら逃走。それ以外なら迎え撃とう」
「よし、それじゃあ作戦開始だ」
僕たちは正面入口から拠点を襲撃する。入口付近には魔術師が数人いたようで、僕たちに気づくと彼らは声を張り上げた。
「おい、侵入者だ! 敵はエインフェリアかもしれん。こっちもエインフェリアを呼んでこい!」
「エインフェリアが来るまでに少しでも削っておけ! ルーン魔術なら多少は効くはずだ!」
魔術師たちはルベドとクルーシュチャを呼ぶとは言わなかった。この拠点にはいないのかもしれない。
拠点にいるエインフェリアの数にもよるけれど、2人がいないなら僕たちの襲撃は成功したも同然だろう。
この場にいた魔術師の1人がエインフェリアを呼ぶために、大声を上げながら拠点の奥へと逃げていく。
エインフェリアは近くにいなかったようだが、エインフェリアではない魔術師は近くに結構いたようで、合計で7人の魔術師が僕たちに襲い掛かってきた。
「結人君、この程度のやつらはさっさと蹂躙してしまおう。さあ、楽しくなりそうだ」
僕が前衛を務めて、雫に後方からルーン魔術を撃ってもらう……とか考える必要すらない。
心子さんやルベドのような凄腕でもない限り、エインフェリアと人間の魔術師にはそれほどの差がある。
厄介な点を強いて挙げるとすれば、中級ルーン魔術である『障壁を張る』魔術を使ってくることだろうか。
限度はあるけれど、障壁はエインフェリアの攻撃も受け止めることができる。何度か叩いてやればそれだけで突破できるとはいえ、手間がかかる。
魔術師たちは3人が前衛、4人が後衛に分かれていた。
前衛の3人は障壁を張った状態で壁になり、後方の4人を守っている。そして残りの4人が『炎の弾丸』魔術や拳銃で攻撃を仕掛けてくる。
ルーン魔術で生み出された『炎の弾丸』はともかく、拳銃がエインフェリアに有効かといえば微妙なところだ。
そもそも拳銃は普通の人間を撃った場合でも、弾丸が貫通せずに撃たれた者の体内に残ることがある。
要するに、人体程度の強度で止まってしまう武器で、大型車の追突を受け止められるエインフェリアを倒せるはずもない。
一方でエインフェリアにまったく効かないかといえば、そうでもない。
命の危険は感じないけど当たれば痛いし、弾丸は速いのでエインフェリアに比較的当てやすい。剣や槍を使っても、普通の人間はエインフェリアに全く攻撃を当てられないから、まだ効果があると言える。
まあエインフェリアは銃撃も避けられるけどね。エインフェリアは動体視力もいいので、拳銃を発砲する瞬間を見切って射線を外すことができるのだ。さすがに全部避けることはできないけど。
前衛の3人を片づけてから、流れ作業のように後衛も1人、2人と倒していく。『障壁を張る』魔術で妨害された割には、7人全員を倒すまで20秒もかからなかった。
「雑魚だったね。エインフェリアじゃないから仕方ないけどさ。って結人君が倒したやつはまだ生きているじゃないか。きちんとトドメを刺してくれないかな」
「そこまでする必要ある? この魔術師たちが何度襲ってきたとしても、余裕で勝てるよね」
「甘いなぁ、これも戦争なんだよ? 敵の戦力は少しでも減らしておかないと」
そう言って雫は魔術師たち全員にトドメを刺していく。まあ、雫の言うこともわからなくもない。
僕はいくらでも返り討ちにできる敵から積極的に命を奪うつもりはなかったが、雫を止めようと思えるほど彼らが善良なわけでもなかった。パラレルワールドは違うけど、ムスペル教団は僕とヒカルの祖父母を殺した仇でもあるし。
「それよりさ、雫は僕に言うことがあるよね?」
「何の話かな?」
雫がはぐらかそうとしてくる。だけど僕は見ていた。雫に撃ち込まれた『炎の弾丸』が、雫に吸収されていくところを。
「キミは炎が弱点だと言ってなかった? 弱点どころか、炎の弾丸を吸収して元気になってたように見えたんだけど?」
「まあまあ、敵に聞かせるような話じゃないしさ。それについてはここを制圧してからにしようじゃないか」
敵陣の真っ只中でする話じゃないというのはそうだけれど、味方に嘘をつかれている状況もよくはない。
「あとで絶対に説明してもらうからね」
「もちろん、ちゃんと話すつもりさ」
とりあえず言質は取った。
僕は大きな溜息をついてから、拠点の奥へ向かうのだった。
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