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43_雫と相談_その1

 これが僕が元々いたパラレルワールドで起きたすべてだ。

 新事実が多すぎるせいか、雫が頭を抱えていた。


「悪いけど整理させてくれ。さすがにちょっと情報が多すぎる。重要なことは4つだな」


 雫は部屋の奥からホワイトボードを持ってきて、重要事項について書き出してくれた。


 現在、ホワイトボードには以下の文章が書かれている。


 1.オーディンが今も生きている

 2.クルーシュチャと名乗る北欧の神の正体

 3.僕が元々いたパラレルワールドのヒカルの行方


「なあ結人君、どれから話すべきだと思うかい?」

「上から順番でいいと思うよ。上に書いた事柄の方が、話せることがはっきりしてそうだからね」


 僕の返事に雫も異論は無い様子だった。


「オーディンの生存……か。俄かには信じがたいな」


 信じられないと雫は言うが、本当にそう思っているようには見えない。そもそも雫はオーディンが生きていることを知っていた疑惑がある。


 それでも表向きの態度を崩さないためか、一応反論してきた。


「オーディンの死はしっかりと記録に残っているんだよ。神々の生き残りの中にも

 オーディンの死を見届けた者がいるしね。目撃者という事実についてはどう説明するつもりだい?」

「目撃証言が間違っていたんだろうね。そもそもオーディンはどう死んだと言われているの? 実は知らないから、教えてほしいな」

「簡単に言えば、フェンリルという巨狼に殺されたんだよ。ロキが生み出した3匹の怪物の1匹だね」


 ロキが生み出した3匹の怪物といえば、確か残りの2匹は大蛇ヨルムンガンドと死霊の女王ヘルだ。以前、季桃さんに教えてもらった。


 ちなみに大蛇ヨルムンガンドは、僕たちが洞窟に奥で戦ったヨグ=ソトースの娘と同種の生物だとみられている。僕たちが戦ったヨグ=ソトースの娘は幼体だったが、あれがさらに成長すれば、北欧の神を殺せるほどに強くなるだろう。

 そんな大蛇ヨルムンガンドと名を列している巨狼フェンリルがオーディンを殺した、というのは格としてはおかしくなさそうだ。


「オーディンはフェンリルに丸飲みにされたと言われているよ。それを目撃したのはオーディンが最も頼りにしていた息子と言われるヴィーダルだ。ヴィーダルは非常に優秀で、他の神々からの信頼も厚い神だから、彼が見間違えたり、嘘をつく可能性は極めて低いだろうね」

「ちょっと待って。つまり誰もオーディンが絶命した瞬間を見たわけじゃないんだね?」

「それはそうだけれど、丸飲みにされて助かるわけが……」


 雫はそこまで言いかけて口をつぐむ。どうやら彼も気づいたらしい。


「そうか、銀の鍵か。オーディンは銀の鍵を持っていたんだから、丸飲みにされても空間転移で脱出できる。時空操作魔術なんて今まで知らなかったから、そんな可能性は考えたことがなかったな」

「やっぱりオーディンは生きているんだろうね。でもどうして生存を隠していたんだろう?」

「でもクルーシュチャは知っていたし、意図はわからないけれど、限られた者には伝えていたんだろうね」


 限られた者……。現代まで生き残っている神々のうち、何人が知っているんだろうか?


 まさか、リーダーを務めているバルドルが知らないはずは無いと思うが……。彼はオーディンが最も愛した息子だし。オーディンが最も大切にしていた黄金の腕輪を受け継いだ神だし。黄金の腕輪を受け継いだバルドルは、主神の後継者と言われることもあるらしいし。


 というか、雫の正体はバルドルじゃないか? それか先ほど名前が上がった、オーディンが最も信頼していた息子であるヴィーダルとか。

 もし彼がバルドルかヴィーダルなら、オーディンが生きていると知ってそうだったことにも説明がつく。


「オーディンについて話せるのはこれくらいかな。雫はクルーシュチャについて何か知ってる?」

「何も知らないね。今まで目撃証言が上がってきたことは無いんだ」


 雫の証言を信じるなら、クルーシュチャは完全に裏方に徹しているのだろう。本人も参謀だと言っていたし、表に出てきていなくても変じゃない。もしくは目撃者は全員消されているのかもしれない。


「それよりも北欧の神だと言ったか? まさか7人目の生き残りがいたとはな……。オーディンを含めるなら8人目。レギンレイヴの本体を含めるなら9人目だけどさ」


 そういえば初代レギンレイヴは神だけど、2代目以降は初代の血を引いている人間なんだっけ。

 2代目以降は戦乙女として活動するために、レギンレイヴの本体とやらの力添えが必要なのだとカラスたちが言っていた。


 本体という呼び方からして、意思を持たない力の塊みたいなものを僕はイメージしていたけど……。今、雫はレギンレイヴの本体を9人目と数えた。もしかして人格のようなものがあるのだろうか?

 今思えばヒカルも「本体っていうのが教えてくれているんだと思う」という言い方をしていたし、クルーシュチャも「似たような子を依り代に選んでいる」と言ってた。本体に人格がなければ"教える"とか"似たような子"という表現にはならないはずだ。


 思考が逸れた。今はクルーシュチャの話をしていたのだから、そちらに意識を戻す。


「もう絶対に、他の生き残りはいないと思っていたんだけどね」


 そんなことを雫が呟いた。


「どうして絶対と言い切れるの?」

「北欧の神には、人間と同じように寿命があるんだよ。黄金の林檎という神具があれば不老になるけど、黄金の林檎は神話時代の戦争で失われたのさ。だから戦争を生き延びていても寿命で死んでいるはずだったんだ」


 でも実際は、クルーシュチャが黄金の林檎を持ち逃げしていたというわけか。


 僕はムスペル教団のアジトで、実際に黄金の林檎を目撃している。目撃したのは僕の出身パラレルワールドの話だけれど、こちらでもムスペル教団が持っていると考えていいだろう。


 あれ? でもそうなると、バルドルたちはどうやって現代まで生き残っているんだ? 黄金の林檎は複数あるのか?


「ムスペル教団が黄金の林檎を持っているなら、残りの神々はどうやって現代まで生き伸びてるの?」

「簡単に言えば魔術によるコールドスリープだね。必要なときだけ目覚めさせて、騙し騙し延命しているというのが現状だよ。バルドルだけは例外で、コールドスリープしてないけどね。あとはレギンレイヴの本体も例外かな」


 バルドルは神話で語られている通り、ヤドリギ以外のあらゆるものと契約を交わして傷を負わないようになっている。要するに、寿命とも契約しているから老化しないらしい。


 レギンレイヴの本体については雫もよく知らないという。


「それでも既に寿命が来てしまった神もいる。実は6人いた生き残りも、今は4人しか残っていない。だからこそムスペル教団に好き勝手されたり、悪しきエインフェリアの造反を許してしまっているわけだよ」

「それってやばくない? 想像していたよりも遥かに体制がガタガタなんだけど。……というか僕に話してよかったの? そんな重要な情報を聞くには、僕は実績が足りてなさそうだけどさ」

「いいんじゃないか? 俺としてはキミに期待してるしね」

「雫に期待されてても、神々が許すかは別じゃないか……」


 雫の正体がバルドルなら、リーダー直々のお墨付きってことだけどね。これで彼が申告通りにエインフェリアだったら怖すぎる。


 まあ情報が欲しい僕としては、教えてくれるのはありがたい。


 雫がクルーシュチャについて考察を続ける。


「クルーシュチャの正体なんだけど、難しいね。たぶんアングルボザだと思うんだけど、そう考えると不可解な点もあるんだ」

「そもそもアングルボザって?」

「アングルボザはね、ロキと交わって3匹の怪物を産んだ女巨人だよ。間接的には神々を一番殺した巨人と言えるね」


 前述したが、3匹の怪物とは巨狼フェンリル、大蛇ヨルムンガンド、死霊の女王ヘルのことだ。

 巨狼フェンリルはオーディンを、大蛇ヨルムンガンドは雷神トールを殺害したという伝承が残っている。実際にはオーディンは生き延びているわけだけど、オーディンを殺すことができると思われていたくらいには強い。


 雷神トールについて僕は詳しくないが、オーディンに次ぐ実力者だったという。クルーシュチャは自分が北欧の神で2番目に強いと言っていたから、雷神トールは3番目か。


「クルーシュチャの正体をアングルボザと考える理由は?」

「アングルボザはヨルムンガンドの生みの親だ。さらにクルーシュチャは、ヨグ=ソトースの子供を産んだことがあると証言している。そしてヨルムンガンドは、ヨグ=ソトースの子供と同種の生物である可能性が高い」

「なるほどね」


 伝承ではヨルムンガンドはロキとアングルボザの間に生まれた子供とされているけれど、実際にはヨグ=ソトースとアングルボザの間に生まれた子供ということになる。


 伝承との相違点について僕の魔術知識から補足させてもらうと、ヨグ=ソトースの子供を妊娠するためには魔術的な儀式が必要なのだ。この儀式を執り行うのは、妊娠する母体とは別の人物だ。

 ヨルムンガンドの誕生にロキの名前が出てくるのは、この儀式を執り行ったのがロキだからと思われる。


「クルーシュチャの正体がアングルボザと考えたときに、不可解な点もあると言ってたよね。それは何?」

「2つあるけど、まず1つ目。アングルボザ本人はあまり強くないはずなんだ。北欧の神の中で2番目に強いという証言と一致しないね。まあ目立った武勇を聞かないだけだから、神話時代は手を抜いていただけかもしれないけど」


 クルーシュチャはムスペル教団でも基本的には裏方に徹しているようだし、神話時代も目立つことを避けていた可能性はあるだろう。

 雫も今までクルーシュチャの存在を知らなかったくらいだし、暗躍が好きなタイプなのかもしれない。


「一応聞くけど、クルーシュチャが言う一番強い神って誰のことだと思う?」

「もちろんオーディンだろうね。クルーシュチャはオーディンをやたら慕っているようだし。そんな贔屓目をしなくても、オーディンが一番だろうけど」

「やっぱりそうか。それで、もう1つの不可解な点って何かな」

「ちょうど話題に出たけど、オーディンを慕っていることだよ。アングルボザにはオーディンと直接的な接点がない。まあ伝承に残ってないだけかもしれないけどね」


 北欧の神々と巨人たちは、戦争を始める前は結構交流があったらしい。神と巨人で婚姻を結ぶことすらあったそうだ。

 オーディンは神々の長として様々な場面で顔を出していたはずだし、記録から漏れている交流関係があってもおかしくはないだろう。


「少なくともクルーシュチャの正体がアングルボザでないと、否定しきれる要素はないわけか」

「細かいところを挙げればもう少しあるけどね。巨人じゃなくて神を自称しているところとか。でも巨人ってオーディンと敵対していた神のことだから種族的には同じだし、矛盾と言えるほどでもないね」

「外見的特徴から何かわからない? 片目が抉り出されているってかなり印象に残る特徴だけど」

「隻眼ってオーディンの特徴なんだよな。オーディン以外に隻眼の神はいないはず……。不可解と言えばそれも不可解か」


 クルーシュチャはオーディンの真似をしているってことか? 何のために? と思ったが意味はあるらしい。


「一口飲めば知恵を授かることができる泉、というものが北欧神話にはあるんだ。オーディンはその泉から偉大な知恵を得るための代償として、自らの片目を捧げたと言われていてね。おそらくはクルーシュチャも同じことをしたんだろう」


 偉大な知恵を授かる……か。


 クルーシュチャはクルーシュチャ方程式という、解くとナイアラトテップに汚染されてしまう危険な方程式を解いたと言っていた。

 その方程式は常人では理解できないほど難解な代物だと聞いたことがあるのだけど、その知恵があったからこそ、彼女はクルーシュチャ方程式を解くことができたのかもしれない。


 果たしてクルーシュチャの正体はアングルボザなのか。

 それを確定させることはできなかったが、否定要素よりも肯定要素の方が多いように感じられる。


 アングルボザは神々を殺戮した怪物たちの母だ。

 ナイアラトテップということを差し引いても残る大きな肩書に、僕たちはどう立ち向かって行くべきだろうか。


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