40_元いた世界で起きたこと_その2
僕は襲ってきた赤髪の男に問いかける。
「お前がルベドか? エインフェリアたちが話していたよ。ムスペル教団のリーダーは、凄腕のルーン魔術師だとね」
「その通り、私がルベドだ。使う魔術は異なるけれど、私と同レベルの魔術師に会えて嬉しいよ。久世結人と言ったかな。目的の娘のすぐ近くに、こんな実力者がいたとはね。爪を隠していたってやつか」
僕は人前では魔術を使ってこなかった。仮に使う場合でも、幻夢境にいる場合がほとんどだった。
そのせいで、ムスペル教団は僕が魔術師だと知らなかったのだろう。
「どうしてヒカルを狙う」
「その娘はレーギャルンをこじ開けるために必要なのだ。箱の中にあるレーヴァテインを取り出すためにな」
レーギャルンとレーヴァテインは、北欧神話に登場する神具だ。レーヴァテインという世界を滅ぼす武器があり、それを封印している鍵のかかった箱の名前をレーギャルンという。
だけど、僕の知識ではこれ以上のことはわからない。
僕は北欧神話には詳しくなく、この知識も鍵というキーワードで様々な神話を調べたときに偶然知ったものだからだ。銀の鍵を調べる過程で知ったことが、こうして役に立つのは幸運だった。
「お前たちは世界を滅ぼすつもりなのか?」
「世界の滅亡を目的としている者も、もしかすると我らの中にいるかもしれん。だが、私個人の目的としては違う。目的を達成するまでの過程で、世界が滅ぶというだけのこと」
過程で世界が滅ぶ? まるで話が見えてこない。
僕が考えている途中で、ヒカルが意を決したように話しかけてきた。
「私の中にある魔力を使って、世界を滅ぼすって話なんだよね? だったら、私が死んだら全部解決するのかな……。私さえ死ねば……もう誰かが傷ついたり、悲しむことは無くなるかな?」
周囲を不幸にしてしまう呪い、それは厳密に言えばヒカル本人にかかっているわけではない。非常に強い魔力を持った物体が、物質ではなく魔力の塊として、ヒカルの魔力と半ば融合する形で溶け込んでいる。
だからヒカルが死亡すると、呪いの発生源となっている物体も一緒に消滅する……と僕は考えていた。
また、ヒカルから物体だけを無理やり引き剥がそうとすると、ヒカルは死んでしまうこともわかっていた。
ヒカルを救うには完全な形で分離を行う必要があるのだが、その方法はまだ研究途中だった。
「大丈夫だよ、ヒカル。分離方法は僕が必ず見つける。とにかく今はここを切り抜けないとね」
ルベドは魔術を使い、大量の炎弾を飛ばして攻撃してくる。
けれどヒカルを巻き込んで殺してしまわないよう配慮しているのか、攻めあぐねている印象だ。
僕は守りを主体とした戦い方が得意ということもあり、ルベドの攻撃を安定して凌ぐことができている。
その上、僕たちの戦闘に加われるレベルの実力者が近くにいないのか、幸いにしてルベド以外に襲ってくる相手はいない。
ここへ辿り着く前、エインフェリアたちを遠い場所で撒いてきたことが功を奏したのだろう。
しかしお互い決め手に欠けており、膠着状態に陥ってしまっていた。
敵が増えてしまったら僕に勝ち目はない。
すぐにでも転移でこの場を離脱しなければならないが、ルベドの猛攻撃がそれを許さなかった。
そうして数分が経過した時のこと……。
突然、銀の鍵と僕の繋がりが断たれた。
今まで陥ったことのない窮地に遭遇した僕の表情が歪む。ルベドはその隙を見逃さず、僕によりいっそう多くの炎弾を打ち込んできた。僕は銀の鍵の使用を放棄し、自身の魔術だけで炎弾からの被害を反らして対応する。
その直後、ヒカルの背後に"門"が見えた。"門"とは銀の鍵が無くても行使できる空間転移魔術のことだ。
"門"から女性の手が伸びて、ヒカルの腕を掴む。
「何これ……!? ユウ君、助けて!」
ヒカルは"門"から伸びる腕を振りほどこうともがくが、相手の力が凄まじいようで、びくともしない。
銀の鍵が使えなくなった不意を突かれたこと。ルベドの猛攻を防いでいたこと。
それらの要因が重なったせいで僕はヒカルを救出することができず、ヒカルは"門"の向こうへと引きずり込まれてしまった。
「くそっ、どうして銀の鍵が使えなくなったんだ!?」
「さあな。私は不器用な男でね。ルーン魔術以外の魔術はさっぱりなんだ」
ルベドはそう口をこぼす。
彼の仲間が何かをしたのだろうが、彼自身は何もしらないようだ。
僕はルベドの攻撃を防ぎながら、銀の鍵との再接続を試みる。どうやら完全に繋がりが断たれたわけではないらしい。
注意深く探ってみると、何者かが魔術でヨグ=ソトースに干渉し、銀の鍵の効力を一時的に弱めていた。
とはいえ、魔術のみでの干渉は銀の鍵と比べれば出力が低い。多少の抵抗はあったものの、問題なく修復することができた。
僕が態勢を整えたことに気づいたルベドが、大きな声で周囲に問いかける。
「出てこい、クルーシュチャ。どうせお前が何かしたんだろう」
ルベドの声に応じたのか、長い髪で右目を隠した女が姿を現した。
一目見ただけで全身に悪寒が走る、そんな人物だった。
先ほど"門"でヒカルを連れ去ったのは、クルーシュチャと呼ばれたこの女らしい。
意識を失ったヒカルを引きずっていた。
纏っている恐ろしい雰囲気に反して、軽薄な口調でクルーシュチャはルベドに返答する。
「どうせって酷い言いぐさね。私が来なきゃ、逃げられていたんじゃない?」
「確かにな。でも最初からお前も戦っておけば、そもそも苦戦しなかっただろう」
「だってルベド一人で楽勝だと思ったんだもん。相手が銀の鍵を持っているなんて、普通は思わないでしょ。しかもかなり扱いが上手ね。せっかく妨害したのに、すぐ無効化されちゃった」
僕はクルーシュチャから目を離せないでいた。目を離した瞬間に僕は殺される……そう感じていた。
エインフェリアなんて比較にならないくらい、クルーシュチャが持つ力は異常だった。
僕を無視して、2人は話し続ける。
「でも……もう、どうでもいっか。逃がしかけてた娘も捕まえ直したし、チェックメイトね」
「娘をこっちに寄こせ。フレイヤの黄金の首飾りを取り出す」
「ええ、細かい作業はルベドに任せたわ。無理やり引き剥がそうとしちゃ、ダメよ?」
「わかってる。死んでしまうとパラレルワールドから代わりが出てきて、そいつが戦乙女になってしまうからな」
ルベドとクルーシュチャが話している様子を、僕はただ見ていることしかできなかった。クルーシュチャが放つ禍々しい雰囲気に、完全に飲まれていた。
クルーシュチャはヒカルをルベドに引き渡すと、にっこりと微笑みながら僕へ近づいてくる。それに対して僕は無意識のうちに後ずさりしてしまっていた。
「貴方は本当に魔術的な資質が高いのね。私のことを正しく認識しかかっているみたい」
どうやら気に入られてしまったらしい。
クルーシュチャは僕のすぐ目の前までやってきて、顔を近づけてくる。彼女の長い前髪で隠された右目は、抉り取られていた。
彼女のそんな恐ろしい容貌に慄きながら、僕は茫然と呟く。
「まさか……ナイ……ア……ラト…………テップ………?」
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