39_元いた世界で起きたこと_その1
「俺が銀の鍵を使えないのは残念だけど、とりあえず置いておこう。それとは別件で相談したいことがある。黄金の首飾りが消滅した件について、何か知らないか?」
銀の鍵の説明を終えた途端、雫からそんな相談をされた。
「消滅……? 魔力を全て使い切ったという意味ではなくて、黄金の首飾りそのものが無くなったという意味だよね?」
「その通りさ。実はヒカルがエインフェリアになったとき、首飾りそのものが消滅したんだ」
原因に心当たりは無いらしく、ほとんどダメ元で僕に聞いてみたらしい。
まあ、たぶんわかるけど。エインフェリアになったときに消えたのなら、パラレルワールドが関係しているに違いない。
「仮説はあるけど、確証が無いかな。本来はどうなる予定だったのか聞かせてくれる?」
「本来だと黄金の首飾りは消滅せず、魔力も残ったままになるはずなんだ」
「え……そんなことありえるの?」
黄金の首飾りが秘めている魔力は、ヒカルのような子が戦乙女に覚醒する際にほとんど使われてしまうはずだ。
それなのに、魔力が残ったままになる?
「消滅とか、残ったままになるという表現は語弊があったな。オーディンが作り上げた仕組みだから、今は誰も原理を知らないけど、エインフェリアは衣服や持ち物も修復された状態で蘇るだろう? 死体は別で残っているから、持ち物が2つに増えているわけだ。黄金の首飾りも同じはずなんだが、今回に限っては増えなかったのさ」
『死体は別で残る』と言えばややこしいけれど、当然の話だ。
だってエインフェリアは死者が蘇るのではなくて、パラレルワールドから拉致されてくるのだから。
衣服や持ち物も修復されるというが、それは単に拉致されてきた人物が同じ物を身に着けていただけだろう。
というわけで、雫が悩んでいる答えは簡単な話である。
『この世界に拉致されてきたヒカルは黄金の首飾りを持っていなかった』から、これで間違いない。
おそらくエインフェリアとして拉致される直前に、ムスペル教団に黄金の首飾りを奪われたのだ。だからこのパラレルワールドにやってきたときには、黄金の首飾りを持っていなかった。
「雫、どうして黄金の首飾りが消滅したのかわかったよ。少し長い話になるけどいいかな? エインフェリアは蘇生された死者ではなく、パラレルワールドから拉致された人物という説明から始めなければならないからね」
◇
エインフェリアは実は死んでいないという部分も含めて、僕は選定魔術のブラックボックス部分について説明した。
実際に解析したわけではないので憶測も混じっているが、時空操作に関する部分はかなり正確なはずだ。
「なるほどね。確かにそれなら説明がつく。キミには驚かされてばかりいる気がするよ。……エインフェリアは、生き返ったわけじゃないのか」
そう話す雫の表情は暗い。
しかし、すぐに取り繕って何ともないような様子で続ける。
「オーディンはどうやって、パラレルワールドから呼び寄せる仕組みを構築したんだろう」
雫の疑問はもっともだ。ルーン魔術では時空操作はできない。だからオーディンも、パラレルワールドから人間を呼び寄せることはできなかったはず。
そう考えるのが自然だ。……なんだけど。僕は元々いたパラレルワールドで、その疑問に関する手掛かりを見つけていた。
「かつてオーディンは、銀の鍵を持っていたらしいんだよね。しかもオーディンは、まだどこかで生きているかもしれない」
「なんだって!? それは本当なのか!?」
「僕がいたパラレルワールドの話だから、こっちでも同じとは限らないけどね」
雫はそういうものの、エインフェリアの正体を知ったときよりもリアクションが薄いように感じる。
驚いていないわけではないのだが、演技臭いとでも言うべきか……。
まさかオーディンが銀の鍵を持っていたことや、生きている可能性があることを知っていたのだろうか?
「オーディンが生きているなんて話、キミはどこで知ったんだ?」
「それについて話すなら、僕がこのパラレルワールドに拉致される直前の出来事について、一緒に話したほうがよさそうだね」
僕がそう告げると、雫は興味深そうな素振りを見せる。
確かにこれは重要な話だ。もしかすると北欧の神々が最も欲しがる情報かもしれない。
これから話すのは、エインフェリアになる前の僕の話。
僕が元々いたパラレルワールドで、ムスペル教団と衝突したときのことだ。
◇
「ユウ君! よかった、無事だったんだね!」
雪の降りしきる深夜2時。ヒカルはムスペル教団のアジトにある檻の中に、1人で閉じ込められていた。
僕は銀の鍵を駆使してムスペル教団の構成員と戦いながら、何とかヒカルのところまで辿り着いたところだ。
「ごめんね、ユウ君。こんなことになってしまって……。おじいちゃんとおばあちゃんも死んでしまって……」
「僕こそごめん。力不足だった」
「ユウ君は悪くないよ! だって、あんなにたくさんの魔術師が襲ってきたんだよ! それなのにユウ君は全然負けてなかったじゃん!」
「勝てもしなかったけどね。何人かありえないほど強い奴らがいてさ。エインフェリアって呼ばれていたかな。そいつらの相手をしている間に、ヒカルが攫われてしまったんだ」
1対1ならともかく、複数のエインフェリアを相手にするのは厳しかった。
僕はどちらかといえば防御寄りの戦い方が得意で、攻撃は比較的不得手としている。
エインフェリアたちの攻撃を防ぐことはできるが、彼らの強靭な肉体を打ちのめすような攻撃手段を持っていなかった。
でも僕だってやられてばかりじゃない。空間転移でエインフェリアを撒きながら、ヒカルの所までやってきた。
「そっか、ありがとう。こんなところまで助けに来てくれて」
「どういたしまして。でも安心するのはまだ早いよ。まだここは敵のアジトの中だからさ」
「そうだね。ここにいる悪い人たちに私の呪いを利用されたら、もっと多くの人が不幸になっちゃうかもしれないもん。すぐにここから脱出しなきゃ」
「僕にしっかり掴まって、ヒカル。空間転移で離脱するよ」
ヒカルは返事をして僕にしがみつく。
そして、小さな声でぽつりとつぶやいた。
「……これから私たち、どうしたらいいのかな?」
「この部屋にはたぶん、監視用の設備がある。だから今は言えないけど、考えてはいるから安心して」
僕はこのまま銀の鍵の力を使って、幻夢境へ転移するつもりだった。
幻夢境とは、普通の人は訪れることのできない異空間だ。辿り着くためには偶然迷い込むか、幻夢境に住む神に選ばれる必要がある。
でも僕は時空操作魔術を使って空間転移を行うことで、自由に出入りが可能だ。
名状し難い化け物共が跋扈している恐ろしい場所だが、人間がいないわけではない。そこで暮らす人間は魔術を知る者も多く、魔術を研究する土地として適していると言えるだろう。
僕は幻夢境でヒカルの呪いを解く方法を模索しながら、ヒカルと一緒に生きていこうと考えていた。
「じゃあ跳ぶよ。目を閉じて……」
その時、建物の壁を粉砕しながら、9つの炎の玉が僕たちに向かって飛んできた。
僕は咄嗟にヒカルをかばい、魔術で炎の玉と瓦礫から身を守る。
転移魔術は中断させられてしまった。
炎の玉が飛んできた方向へ目を向けると、赤髪の男が姿を現した。
「間に合ったか。貴様が報告にあった魔術師だな? まさかエインフェリアではないにも関わらず、エインフェリア数人がかりでも制圧できぬ人間が私以外にいるとはな。北欧の神々を出し抜いてその娘を手に入れられたというのに、とんだ誤算があったものだ」
赤髪の男は僕に語りかけながら、次に放つ魔術の準備を進めている。
僕も脱出の機会を伺いながら、彼に問いかけることにした。