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37_エインフェリアの拠点

「俺とキミなら楽勝だったね。結人君は期待以上の強さだったよ」


 スコルの子は鋭角へと逃げ去っていった。

 正直なところ、記憶を取り戻した僕がスコルの子程度に苦戦するはずもない。


 雫の様子について言えば、彼はヒカルよりも魔術の扱いに長けているようだ。

 それにスコルの子から攻撃されても、雫はほとんど傷を負っていなかった。


 なぜ傷を負っていないのだろう。ルーン魔術によるものだろうか?


 下級ルーン魔術である『打たれ強くなる』魔術や、中級ルーン魔術である『障壁を張る』魔術とは違う。

 僕が使う時空操作魔術による攻撃の遮断とも違う。


 攻撃されても傷を負わないというのは、北欧神話勉強会で季桃さんから聞いたバルドルの特徴に似ている気もする。

 伝承によると、バルドルはヤドリギ以外では全く傷を負わないらしい。


 けれどよく見ると、雫はバルドルとは違って、まったく傷を負っていないわけではないのだ。しっかり見ないとわからないが、ほんの僅かだけ傷を負っていて、すぐに再生していた。


 伝承が全て正しいとは限らないので、多少の違いがあってもおかしくないけれど……。

 雫はバルドルなのか? それとも似ているだけで違う?


 スコルの子の正体は、ティンダロスと呼ばれる時空に住む怪物だ。雫がバルドルだとしても、別時空の存在に対しては、その特性がうまく働かない可能性もあるかもしれない。


 何にせよ、断定できるだけの情報は無さそうだ。


「邪魔者は消えたし、移動しようか。俺が生前に使っていた拠点の1つに案内するよ」


 雫にそう促されて、僕たちは春原公園を後にした。



 ◇



「どこまで行くつもりなの? そろそろ見えない壁にぶつかる辺りじゃない?」

「まあ、その向こうに行くつもりだからね」

「通れるの? 僕はこの前通してもらえるようになったけど、雫はまだエインフェリアになったばかりだよね?」


 そう、僕は見えない壁があった箇所を通れるようになったのだ。

 この辺りは僕だけじゃなく、ヒカルと季桃さんも同じだ。大切なものを返してもらったときに解禁された。


 まあ、仮に解禁されなくても、今の僕なら転移魔術で突破できるけど。


「俺は生前から北欧の神々に貢献してきたからさ、見えない壁は通してもらえることになっているんだよね」


 雫は透明な壁があるはずの場所を往復して、通れることを証明してみせる。

 そうして僕たちは透明な壁に阻まれることなく、春原市の外へ出ることができた。


 雫に連れられて辿り着いたのは水戸軽市にある住宅街。

 しかも僕とヒカルが住んでいた辺りに近い場所だった。


「ねぇ雫、本当にこの辺りに拠点があるの?」

「あるよ、ヒカルを守るための拠点がね」

「ヒカルを守るため?」

「エインフェリアがその拠点に常駐していたんだよ。ムスペル教団に黄金の首飾りを奪われないように、あるいは奪われる前にヒカルを殺害して戦乙女へ覚醒させるためにさ」


 黄金の首飾りは北欧神話に伝わるアイテムの1つだ。膨大な魔力を秘めており、ヒカルを戦乙女へ覚醒させるために活用された。


 黄金の首飾りを持っていたヒカルを巡って、北欧の神々とムスペル教団が争っていたことは以前カラスから聞いていたが……。そのための、エインフェリア用の拠点ということらしかった。


 当時の雫はエインフェリアではなかったが、北欧の神々に協力している魔術師なので、ときどき拠点を訪れていたらしい。


「最終的にはムスペル教団に出し抜かれてしまって、ヒカルは連れ去られてしまったんだけどね。あの時は焦ったなぁ。キミがヒカルを殺してくれたから、こうして大事には至らなかったわけだ」


 ヒカルを殺した、というのはこの世界の久世結人のことだろう。

 僕は僕の世界のヒカルを殺していない。


 様々なパラレルワールドのうち、銀の鍵を持っていない世界の僕はヒカルを楽にしてやるためにヒカルを殺すのだと思う。

 黄金の首飾りは周囲を不幸にする呪いがかかっている。ヒカルにはそれが埋め込まれていて、今まで散々な人生を送ってきた。その極めつけとも言える出来事が、ムスペル教団の襲撃だ。


 僕も銀の鍵が無かったら……。ムスペル教団に追い詰められたとき、ヒカルを楽にしてやる道を選んだかもしれない。


「よし、到着だ。この家だよ」


 雫が指したのはやや大きめの一軒家だった。

 この周辺の住宅街に溶け込んでおり、不審なところは見当たらない。


 こっそりとヒカルを守る、あるいは殺すために用意された建物だった。


 僕たちは拠点の中に入って中の様子を伺う。今は僕たち以外のエインフェリアはいないみたいだ。


「どうだい? 見た感じ普通の家だけどね。でもエインフェリアが常駐しやすいように、スコルの子と戦えるだけの広さと耐久性が確保されているんだ。戦闘時の物音が外に漏れないように、防音についてもしっかりとしているんだよ」


 ただでさえ広い部屋には、家具がほとんど置かれていなかった。

 雫の言う通り、戦うための最低限の空間が確保されている。


 防音も本当に優れているようで、窓や扉を開けなければ音が一切漏れ出さない。


「ここなら銀の鍵について話しても、ムスペル教団に盗聴される心配はないだろう? 銀の鍵は奴らに対する切り札になりえると俺は思っている。だから、話を聞くならここがいいと思ったんだ」


 確かに、銀の鍵ならムスペル教団への切り札になりえるかもしれない。


 ムスペル教団を倒したい気持ちは僕も同じだ。

 雫を信用することはできないが、話しても問題ない範囲でなら、銀の鍵について語ってもいいだろう。


 でも先に、どうして雫が銀の鍵を知っていたのかを聞いておきたい。


「そもそも、雫はどこで銀の鍵のことを知ったの?」

「この拠点にいたときに知ったんだよ。エインフェリアになる前のキミが話しているのを偶然耳にしてね。時空を操るとか言っていたよ。それ以上のことはわからなかった」


 このパラレルワールドの僕が話していたのか。

 だけどおそらく、この世界の僕は銀の鍵を持っていなかったと思う。


 時空操作魔術師ではあったかもしれないので、このパラレルワールドの僕が銀の鍵について話していた可能性はあるけど。


 ……そもそも雫は、時空を操るという話をなぜ信じたのだろうか?


 ルーン魔術で時空操作はできない。ルーン魔術の使い手である雫の常識の範囲では、世迷いごとにしか聞こえないはずだ。


「時空を操ると聞いて、それを雫は信じたの?」

「さすがに現実味が無くて、つい最近まで銀の鍵というのは空想上のお話だと思っていたよ。キミが銀の鍵を使っているところはおろか、持っているところも見たことがなかったからね」


 やっぱりこのパラレルワールドの僕は、銀の鍵を持っていなかったようだ。


「でも成大心子が空間転移をしてみせただろう? それで時空操作の力が実在することを知ったんだよ。キミが銀の鍵を持っているのは、ヒカルの報告で知ったんだ。魔力を帯びた銀色の鍵を、久世結人が持っているってさ。それまではキミが隠し持っていたことに全然気づけなかったね」


 なんか嘘くさい気がする。ほとんど真実を語っているけど、ところどころ虚言が混じっているような。


 でも特に矛盾はなかった。まあそれなら、今から話そうとしている範囲であれば、雫に教えても構わないだろう。


「キミの信頼は得られたかな?」

「いいよ、教えてあげる。雫は銀の鍵について、ほとんど何も知らない状態と考えていい?」

「ああ、だから基本的なことから説明してほしいな」


 少し長くなるけど、できるだけ簡潔に話すように努めよう。


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