35_エインフェリア編_エピローグ
おかしい。
何もかもがおかしい。
これが僕の記憶……?
でも、事実と食い違っていることが多すぎる。
「ねえ、季桃さん。優紗ちゃんは一人っ子だったよね?」
「えっ? 何言ってるの? 心子ちゃんがいるでしょ?」
そう……だよな……。
優紗ちゃんには心子さんという姉がいる。
でも僕の記憶が確かならば、優紗ちゃんは一人っ子で姉はいないはずなのだ。
「ねえ、ヒカル。ヒカルは僕のことをユウ君って呼んでなかった?」
「私、そんな呼び方したことないよ。そもそもユウちゃんって結人お兄ちゃんの略だし。ユウ君って何?」
ヒカルは僕をユウ君と呼んでいたはず……。祖父母が僕をユウ君と呼んでいたから、ヒカルも僕をそう呼ぶようになった覚えがある。
でも僕が記憶を失っている間、傍にいてくれたヒカルが僕をユウちゃんと呼んでいるのも事実だ。
狼狽する僕を見てカラスが言う。
「記憶が戻ったばかりで一部混濁しているのだろう。しばらくすれば正常になるはずだ」
戻ったばかりの弊害……?
本当にそうなのか?
いや、そんなことはないはずだ。
少しずつ思考がまとまってきた。やっぱり僕の記憶は正しい。
この矛盾を説明できる、魔術的な知識を僕は持っている。
でもその前に1つ、カラスに確認したいことがあった。
「念のための確認なんだけど、エインフェリアって本当に一度死んでいるんだよね?」
「当然だ。戦乙女による選定魔術の一部は理解不能なブラックボックスとなっているが、魔術の発動には対象の死体が必要だとわかっている。死体がなければエインフェリアは生まれない」
ブラックボックス……か。
僕の魔術知識なら、その部分がどうなっているのかおおよそ見当がつく。
戦乙女の選定魔術は死者を蘇らせる魔術なんかじゃない。
僕たちエインフェリアは、一度も死んでいない。
僕たちは蘇った死者などではなく、限りなく近いパラレルワールドから拉致された同一人物だ。
戦乙女の選定魔術とは、死体を触媒にして、別のパラレルワールドから召喚した同一人物をエインフェリアに作り変える魔術だ。
僕たちは並行世界の自分が死して、神の兵士となった。
◇
僕の記憶が戻ってから3日が経過した。
記憶が戻ったことで気づいた事実については、ひとまずは記憶の混濁ということにして隠している。
僕自身、状況を整理して考える時間が欲しかったからだ。
……まずは僕とヒカル、季桃さんと優紗ちゃんがエインフェリアになった日の時系列について。
まず僕たちがエインフェリアとして召喚された先である、今いるこのパラレルワールドをAとしよう。
世界Aに元々いた僕を結人Aとする。ヒカル、季桃さん、優紗ちゃんも同様にヒカルA、季桃A、優紗Aとする。
結人A、ヒカルA、季桃A、優紗Aは既に全員死んでいる。
普通の人間であれば死ねばそれで終わりだが、ヒカルAは戦乙女の候補者という特別な人間だった。
そのためヒカルAが死ぬと同時に選定魔術が発動した。
そしてその選定魔術によって、世界BというパラレルワールドからヒカルBが拉致されてきた。
世界Aと世界Bは限りなく近いパラレルワールドだと僕は推察している。
エインフェリアが自分が一度死んでいると誤解しているのはそれが原因だ。
例えばヒカルを例に挙げると、世界Aではムスペル教団による騒動によって、ヒカルAは死んでしまった。
近いパラレルワールドであるため、世界Bでも同じような出来事が起きる。しかし、ヒカルBは意識不明の重体には至っていたものの、まだ死んでいなかった。
ヒカルBはエインフェリアとして世界Aに拉致された後に意識を取り戻し、カラスたちに「お前は一度死んで生き返ったのだ」と説明される。
世界Aと世界Bに多少の差異があったとしても、まさか自分がパラレルワールドに拉致されたとは思うまい。
エインフェリアになる前に負った傷は、エインフェリアとして身体が作り変えられた際に回復したのだろう。
世界AにやってきたヒカルBは、結人A、季桃A、優紗Aが死んでいることを知り、選定魔術を使う。
その結果、世界Cから僕が、世界Dから季桃さんが、世界Eから優紗ちゃんが世界Aに召喚されてしまったのだ。
現状については大体こんなところだろう。
ただし、このまとめは1つだけ現状を説明できていないことがある。
なぜ僕だけがパラレルワールドと気づけるほど遠い世界からやってきたのか?
これについては僕の中で仮説がある。けれど、それを裏付けるための根拠が足りていない。
もっと情報を集めなければならないだろう。
わからないことは多い。僕もまだまだ地盤固めが必要だ。
ヒカルと季桃さんを守り、優紗ちゃんとの約束を果たすためにも。
そして……僕と同じパラレルワールドからやってきた、僕をユウ君と呼ぶ、僕の世界のヒカルを見つけるためにも。
僕はこのパラレルワールドに拉致されたときに、同じパラレルワールド出身のヒカルとはぐれてしまったのだ。
義妹とは、どんなことがあっても一緒にいると約束した。
絶対に、絶対に見つけ出さないといけない。
◇
「指定された場所はここだったよな……?」
僕は北欧の神々のリーダーであるバルドルに謁見するために、1人で春原公園へ来るよう指示された。
ヒカルと季桃さんと離れるのは心配だが、北欧の神々と話ができるというのは大きい。
北欧の神々が何を考えているのか、直接知ることができるはずだ。
それに今の僕は転移魔術が使える。もしヒカルと季桃さんが危機的状況に陥ったとしても、すぐに駆けつけられるだろう。
今は公園に全く人がいない時間帯だ。一般人に気づかれずにバルドルとやり取りすることができるし、スコルの子との戦いで周囲に被害を与える心配もない。
実際、バルドルを待っている間にスコルの子からの襲撃が何度かあったが、何の問題もなかった。
今の僕は心子さんと同じ魔術が使えるだけじゃない。記憶を失っていたときよりも、単純に戦い慣れている。
僕は魔術師として活動しているときは、幻夢境と呼ばれる空間で過ごすことが多かった。
幻夢境はドリームランドとも呼ばれる場所で、様々な怪物や魔術師、北欧の神々とは異なる神々が存在する。
優紗ちゃんにトートの剣を与えた猫も、幻夢境の神の1人だ。トートの剣は幻夢境の基準で考えても特別な力を持っているので、あれをスタンダードと考えてはいけないけれど……。
ともかく僕は、ヒカルの呪いを解決するために情報を求めて幻夢境に入り浸り、必要であれば怪物たちや他の魔術師を相手に戦うこともあった。
そんな僕が今更スコルの子を相手に遅れを取るはずもない。
ふと、鳥が羽ばたく音が聞こえた。
そちらの方へ目をやると、真っ白なコートに身を包んだ男が立っていた。
白い髪、白い肌、白いコート。まるで黒を嫌っているかのような装いの外国人の男だ。
輝くようなルックスの持ち主で、いっそ作り物めいた精巧さすら感じてしまう。
この白い男が神々のリーダーを務めるバルドルだろうか?
彼からは凄まじい力を感じる。伝令のエインフェリアが持てるような力じゃない。
記憶を失っていた僕では彼が持つ力に気づけなかったかもしれないが、今の僕なら彼の異常さに気づくことができる。
この白い男がバルドルでは無いとしても、北欧の神であることは間違いなかった。
白い男が声をかけてくる。
「やあ、少しいいかい?」
白い男は僕を値踏みするような視線で見つめてくる。
少し不快だったため、その目を強く睨みつけることにした。
今の僕の力量なら、これくらいの返しは許されるだろう。
白い男は僕の反応に満足したのか、薄く笑みを浮かべながら話を続ける。
「カラスたちから聞いてるかな? キミのバルドルとの謁見は取りやめになったって」
「聞いてないな。……ところでキミは?」
「キミの後輩にあたるエインフェリアってところかな」
僕を試しているのだろうが、見え見えの嘘はやめてほしい。
白い男が新人エインフェリアじゃないことなんて、記憶を失っていた僕でも気付けそうだ。
僕が白い男を新人だと欠片も思っていないことなんて、彼自身もわかっているだろう。
それなのに何が楽しいのか、この設定は続けるようだ。
そういえばヒカルも見え見えの初対面設定を継続していたなぁと思い出す。
それほど前のことでもないのに、既に懐かしかった。
「俺はつい昨日、エインフェリアになったばかりの新人でね。キミの下につくことになったんだ。俺の名前は雫。これから一緒に行動することになるからよろしくね」
そう言って雫は握手を求めるように僕へ手を差し出した。
この男は信用できないと、僕の勘が警鐘を鳴らしている。
そもそもどう見ても北欧系の外国人なのに、本名が雫とかいう日本風のはずがない。
正体も明かさない相手を信頼できるはずも無いな、と思いながら、僕は表向きは友好な態度で握手を返すことにした。
『第1章:エインフェリア編』は完結です。次エピソードから、記憶を取り戻した結人が活躍していく『第2章:銀の鍵編』となります。
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