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32_番外編_優紗ちゃんを助けた場合(後編)

 僕たちは春原市を抜けて、優紗ちゃんの家に辿り着いた。


 しかし、優紗ちゃんがおかしなところを見つけたらしく、驚きの声を上げる。


「あれ? おかしいです。お姉ちゃんの名前がありません」


 成大家の表札は、いわゆる家族表札タイプだ。家族全員の名前が入っている。

 しかし表札には優紗ちゃんの名前のほか、彼女の両親の名前が入っているだけで心子さんの名前は無かった。


「私の名前が入っているんですから、14年前も家族表札なのは間違いないですよね。私が知らないだけでお姉ちゃんは養女だったとか? いやでも、私とお姉ちゃんはあんなに似てるのに……」


 優紗ちゃんと心子さんの容姿は双子のようにそっくりだ。

 血の繋がっていない養女だとは思えない。


 優紗ちゃんの名前だけを表に出して、心子さんを存在しないかのように扱うような、そんな複雑な家庭なのだろうか?

 優紗ちゃんの様子を見る限りだと、そんな風には見えないけれど。


 そうなると、僕が思いつくのは1つしか無かった。それは過去にタイムスリップしても、タイムパラドックスが起きない理由として提唱される概念。


「ここは心子さんが生まれてこなかったパラレルワールドじゃないか?」

「……なるほど! 世界線というやつですね。ということは、このまま14年が経過しても私たちの世界のヒカルちゃんと季桃さんは助けられないじゃないですか!!」

「僕から言い出してなんだけど、まだそうと決まったわけじゃない。今は情報を集めよう」


 パラレルワールドというのも、表札を見て考えた推測でしかない。

 だけど、もし本当にそうならば、僕たちは何としてでも元のパラレルワールドに戻らなければならないだろう。


「お姉ちゃんが本当に存在しないのか確認したいですね」

「この時間だと、心子さんはどこにいる可能性が高そう? 年齢的には幼稚園か保育園かな?」

「幼稚園ですね。私と同じところに通っていたと聞いた覚えがあります。幼稚園内の広場であれば外部から様子を見れますから、お姉ちゃんがいるか確認できます」


 僕たちは心子さんが通っていたと思われる幼稚園まで足を運んだ。


 しかし、結論から言うと心子さんは幼稚園にはいなかった。

 やはりこのパラレルワールドでは心子さんは生まれていないのだろう。


「お姉ちゃんが生まれてこなかった世界ですか。すごく不思議な気分です……」

「次は僕が子供の頃に住んでいた家に行ってもいいかな? もしかするとそっちも僕たちのパラレルワールドとは違うかもしれない」

「そうですね。いろいろと調べてみましょう」




 僕たちは、僕が8歳の頃まで暮らしていた家へたどり着いた。

 ……この家へ来るのは16年ぶりだ。


「結人さん、大丈夫ですか……? なんだか顔色が悪いですけど」

「……大丈夫」


 正直なところ、吐きそうだ。

 僕を捨てた両親をどんな顔して見ればいいのだろう。


 こっちが一方的に見るだけで、別に言葉を交わすことはないのに胃が痛い。


 そもそも、本当に両親がいるとは限らないのだ。

 まだいると決まったわけでもないのに何を弱気になっているのか。


 大丈夫……大丈夫……。

 そう自分に言い聞かせるようにしながら、僕は両親が仕事から帰ってくるのを待っていた。


 そして、しばらくしていると……。

 この時代では既に失踪しているはずの両親が帰ってきた。


 玄関からこの時代の幼い僕が出てきて「おかえり!」と両親を出迎える。

 僕が16年前に失った光景がそこにあった。


「結人さん、ここから離れましょう。真っ青な顔をしてますよ」

「ごめん……。ありがとう」


 僕は優紗ちゃんに支えられながらその場を去った。



「やっぱりここは、僕たちが生きていた世界とは異なるパラレルワールドの可能性が高いみたいだね」

「どうやらそのようです。……元の世界に帰る方法に心当たりはありますか?」

「残念だけど、全く心当たりはないな……。もう一度銀の鍵を使ったところで同じ世界へ戻れる保証も無いんだよね」


 パラレルワールドは無数にあると言われている。狙った世界へ跳ぶのは難しいだろう。

 次に転移したとき、どんな時代に跳ぶかも保証できないと思う。


 記憶が戻れば正確な跳び方がわかるかもしれないが、北欧の神々に奪われたままだ。

 正確には奪っているんじゃなくて、封じていると言っていたはず。


 だからこのパラレルワールドにいる北欧の神々でも、僕に記憶を返すことはできるだろう。


「ヒカルが住んでいたところへ行こう。北欧の神々と接触できる可能性が一番高いのはそこだ」

「そうですね。寄り道は終えて、そろそろ行ってみましょうか」



 僕たちは2日ほどかけて徒歩で移動し、この時代のヒカルが住む家の周辺までやってきた。


 この近隣は何の変哲もない住宅街のようだ。

 唯一特徴があるとすれば、小さな川が流れているくらいだろうか。


「あそこに橋があるのが見えますか? 実は向こう側から、あの橋の下へ降りられるんです。ヒカルちゃんは小学生の頃、あの橋の下でよく過ごしていたそうですよ」

「よく過ごしていたってどういうこと?」

「端的に言えば、家に居づらかったみたいです」


 それから優紗ちゃんは、ヒカルから聞いた内容を僕に話してくれた。


 ヒカルは生まれるときにお母さんが亡くなって、小学校までお父さんに1人で育てられたという。

 お父さんは亡くなったお母さんの分までしっかりとヒカルを育てようとしたそうだが、ヒカルには呪いがある。親しくしているほど不幸が振りかかる呪いが……。


 ヒカルに対して親身になればなるほど、ヒカルの呪いがお父さんに降りかかってしまったのだ。


「最初は優しかったお父さんは、呪いのせいでヒカルちゃんへ辛く当たるようになり……。という感じですね」

「そうか、そんなことが……。そういえば小学校の間って言ったよね? 中学校はどうしてたの?」

「お父さんはヒカルちゃんが中学に上がる直前で事故で亡くなっています。その際にヒカルちゃんは父方の親戚に引き取られることになったので、この辺りから離れたそうです。ちなみにその親戚も後に亡くなっています」


 ヒカルのお父さんや親戚の人が死んだのも、おそらくは呪いが原因なのだろう。

 ヒカルはどれほど辛い人生を歩んできたのだろうか。


「そして残った親族でヒカルちゃんを押し付け合ったとかで、結人さんの祖父母がそれを見かねて引き取ることにしたそうですね」

「あぁなるほど。だから僕とヒカルは、はとこっていう少し遠い関係だったのか」


 僕の祖父母は80歳近い老夫婦だ。引き取り手としては高齢すぎて違和感があった。

 誰かが引き取るにしても、普通ならもっと血縁的にも近くて若い親族から探すだろう。


「ついでなんですけど、実はヒカルちゃんって私より1つ年上なんですよ。同学年ですけどね」

「中学を卒業して、1年は進学しなかったってこと?」

「そうです。そもそも中学の終わりごろには不登校になっていたとか。新しい両親が亡くなったこと、親族がヒカルちゃんの引き取り先を巡って争っていたこと。それに学校でも呪われた子だと散々に言われていたことで、心を閉ざしてしまったんですね」


 立て続けに親族が亡くなっていけば、呪われているなんて風評が立つこともあるだろう。

 親しい人の死が続き、周囲は自分を押し付けあって争う人か、気味悪がる人しかいないとなると、相当悲惨な心境だったに違いない。


「ヒカルはそんな状況からどうして高校に進学しようと思ったのかな」

「結人さんを始めとする久世家の人々のおかげですよ! 再び進学をしようと思えるくらいに回復したんです。信頼しているお兄ちゃんに進学を勧められたことが最後の決め手だったそうですよ」

「そうだったのか……。高校へ通い始めて、ヒカルは本当によかったのかな……?」

「よかったに決まってるじゃないですか! 何と言っても、私という友達がいるんですからね」


 そう言って優紗ちゃんは僕に笑顔を見せてくれる。

 確かに彼女の言う通りだと思った。


「ありがとう、優紗ちゃん」

「こちらこそです、結人さん。ヒカルちゃんのお兄さんが貴方のような人で良かったです」


 一通り話を終えた僕たちは、北欧の神々に見つけてもらうまで橋の近くで生活することにした。


 それから3日ほど経過した頃のことだった。




「やあキミたち、少しいいかい?」


 そう話しかけてきたのは、白い髪、白い肌、白いコートが特徴的な、外国人の男だった。

 全身真っ白な装いで、まるで黒を嫌っているかのようだ。


 輝くようなルックスの持ち主で、作り物めいた精巧さすら感じる。

 容姿端麗な優紗ちゃんと並ぶと、アイドルと映画スターみたいな構図になりそうだ。


「まあ、大したことじゃないんだけどさ」


 と白い男は一瞬の間を置いてから、冷めた目付きへ表情を変える。


「お前たちは誰だ? 俺は、お前たちのようなエインフェリアを知らない」


 その言葉を聞いて、僕たちは即座に白い男から距離を取った。そしていつでも戦いを始められるように身構える。


 この男は何者なんだ……?

 彼からはものすごく強烈な威圧感を感じる。


 北欧の神々が僕たちを発見した場合、カラスが応対に来ると思っていた。

 その予想は甘かったのだろうか。


 北欧の神々からすれば、僕たちは存在しないはずの不審なエインフェリアということになる。

 だから警戒度を上げて、カラスよりも荒事に特化した強力なエインフェリアを派遣してきたのだろうか?


 まさか、ヒカルに近づいた僕たちを危険視して排除しに来た……?


「まあ落ち着いてくれ。俺はキミたちと争うために来たわけじゃない。もちろん、返答次第ではそうなってしまう可能性もあるけどね。キミたちはただ、自分が何者なのか正直に答えてくれればいい」


 白い男は薄い笑みを浮かべながら僕たちにそう告げる。

 北欧の神々から支援を受けられるかは、この問答にかかっていそうだ。


 できるだけ正直に答えた方がいいだろう。タイムスリップしてきたなんて、信じてもらえるかわからないが……。


「そうだな……。まずは名前、神々に取られた質、そしてエインフェリアになった死因を答えてくれ」

「僕は久世結人。取られた質は直近2年弱の記憶で、死因は記憶喪失で不明です」

「私は成大優紗です。取られたものは不明で、死因は交通事故に偽装された何かですが詳細は不明です」

「不明ばっかりだな。女の方は結局のところ名前以外全て不明じゃないか」


 心象が悪くなっただろうか? だけど本当にわからないのだから仕方がない。


「仕方ないな、次の質問に移ろう。この数日、ここで何をしていたんだい?」

「特には何も。ただ、ここにいれば北欧の神々と接触できると考えてこの近辺に滞在していました」

「……接触して、何をするつもりだったんだ?」

「話すと長くなりますが……」


 僕たちはヒカルとの関係、そして銀の鍵について知っている限りのことを話した。


「つまりキミたちは銀の鍵という魔術具を使って、時を越えてパラレルワールドへ迷い込んだということか。俄かには信じがたいけれど、本当のことなんだね?」

「実演することはできませんが、本当のことです」

「なるほど……そうか……」


 白い男はしばらく悩んだ素振りを見せた後、にやりと笑った。


「それなら、銀の鍵とやらを渡してもらおうか。それは俺が有効に活用してやろう」

「はぁ!?」


 銀の鍵は僕にとって両親から最後にもらった大切なものだ。

 それに元のパラレルワールドに戻るための唯一の手がかりでもある。


 他人に渡せるようなものでは断じてない!


 そんな僕の怒りとは裏腹に、白い男は楽しそうに笑う。


「キミたちの話が本当だったとしたら、俺はその力を手に入れることができる。もし嘘だったとしても、怪しげな2人組を排除できただけのこと。こんなおいしい話が転がり込んでくるなんて、まさに吉兆だな。ツイている」


 まさかこの男は北欧の神々に話を通さず、独断で銀の鍵を奪おうとしているのか?


 銀の鍵を使いこなし、時を支配する力を手に入れれば、北欧の神々を超えられるとでも考えているのかもしれない。


 優紗ちゃんが白い男に対し、脅すように問いかける。


「神々に話を繋いでください。こんな重大なことを、神々に秘匿して処理するつもりですか? これが発覚した場合、あなたが北欧の神々を裏切ったと判断される可能性もありますよ」

「俺が神々を裏切る? ハハハハハハハ! 俺を笑い殺す気か?」


 何がおかしいのか、白い男は僕たちを馬鹿にするように笑いをこらえるしぐさをした。


「お前たちは思ったより何も知らないんだな。お前たちはここで俺に殺される。それはもう決定したんだ。では死んでくれ」


 白い男はルーン文字を刻みながら呪文を唱える。彼は魔石と魔術起動装置に頼らなくてもルーン魔術を使えるようだった。


 魔術の発動が完了すると、白い男の身体が宙に浮き始める。こんな魔術をヒカルは使っていなかった。

 ルーン魔術は『下級』『中級』『上級』『神々専用』に分けられる。ヒカルは中級までのルーン魔術は使えるはずだから、上級のルーン魔術だろうか。


 まさか神々専用のルーン魔術じゃないだろうな……。


 どんなやつが相手でも、僕たちは負けるわけにはいかない。

 僕たちは元のパラレルワールドに帰って、ヒカルと季桃さんを助けるのだから。


「抵抗する気かい? では、俺を相手にすることがどれだけ愚かなことか教えてあげよう」


 白い男は大仰な様子で指をパチンと鳴らす。

 何をした……? 特に変化は無いように思えるが……。


 わからないことに気を取られても仕方ない。僕はルーン魔術を発動するために魔術起動装置に魔力を込める。

 そのときに白い男が何をしたのか悟った。


「な、なんだ!? 魔術起動装置が動かない!?」


 いくら魔力を注ぎ込んでも、装置が反応を示さないのだ。


「これでキミたちに勝ち目は万に一つも無くなった。俺は慈悲深いからね。できるだけ苦しまないうちに死なせてあげるよ。俺のために泣いてくれ」


 魔術起動装置を使用不能にできる権限を持っているなんて、彼は一体何者だろうか。

 自力でルーン魔術が使えることといい、どう考えても普通のエインフェリアではないだろう。


 ルーン魔術の有無は大きい。ヨグ=ソトースの娘にだって、ルーン魔術無しでは勝てなかった。

 でもそれだけで、むざむざやられるわけには行かない。


「僕は諦めない。必ず元の世界に帰る!」


 僕は宙に浮く白い男のところまで跳び上がり、彼の顔面を殴り飛ばす。

 しかし感触に違和感があった。


 確かに渾身の力を籠めて殴打したはずなのだ。

 白い男が下級ルーン魔術である『打たれ強くなる』魔術や、中級ルーン魔術である『障壁を張る』魔術を使った様子も無い。


 なのに彼は傷一つついていなかった。


「無駄だよ。だから勝ち目は万に一つも無いと言っただろう?」


 これは僕たちの知らないルーン魔術によるものだろうか。


 中級のルーン魔術には『魔術的強化を解除する』魔術がある。

 だから彼は僕たちのルーン魔術を封じて、勝ち目は無いと言い放ったのか?


 白い男が魔術で身を守っているのなら、それを解除できない僕たちは彼にダメージを与えることができない。


「じゃあ、さっさと死になよ」


 攻撃が不発に終わって致命的な隙を晒してしまった僕に対し、白い男がカウンター気味にルーン魔術を発動する。


 放たれたのは下級のルーン魔術である『氷の弾丸』だ。しかし、今まで僕たちが見たこともない程に弾丸は巨大で、撃ち出す速度も早い。


 僕はそれをまともにくらってしまい、吹き飛ばされる。


「今ので死なないんだ? 案外頑丈だね、キミ」


 とはいえ、僕は立ち上がれないほどに傷ついていた。

 優紗ちゃんが駆け寄ってきて、トートの剣に備わっている治癒の力で僕を癒してくれる。


「結人さん、立てますか?」


 トートの剣で癒してくれたとはいえ、まだ立ち上がれそうになかった。

 優紗ちゃんは僕の容態を察すると、僕を抱きかかえて民家の屋根へと跳び上がる。


「逃げましょう。今の私たちではどうやっても勝てません」


 優紗ちゃんの言葉に僕は頷いた。

 北欧の神々に話をつけられないデメリットは大きいが、ここで殺されるよりはマシだ。


 僕を抱えながら、優紗ちゃんは民家の屋根を次々と渡っていく。

 エインフェリアとしての全力を出しているようで、その速度は凄まじい。


 白い男は追ってくるかと思ったが、意外にも追ってこなかった。

 あの浮遊魔術はそれほど速度が出ないのだろうか? だとしても、彼も優紗ちゃんと同じように屋根を伝って追うことはできるはずだ。


 なんにせよ、追ってこないのならそれに越したことはない。


 それから十数分ほど逃げた先にあった無人の公園で、優紗ちゃんは僕を下ろしてくれた。


「まずは安静にしてくださいね、結人さん。トートの剣もありますし、エインフェリアなんですからきっとすぐ回復しますよ」


 優紗ちゃんは僕を気遣ってそんなことを言ってくれる。

 北欧の神々から援助を受けられない以上、どうするか考えないと……。


 そんなことを思ったそのとき、僕は見つけてしまった。


「カラスがいる」


 僕が呟いた直後、優紗ちゃんが僕を抱えて再び跳び上がる。

 優紗ちゃんが跳び上がったのとほぼ同時に、僕たちがいた場所に魔術が撃ち込まれた。


 あれは北欧の神々が従えているカラスだ。

 間違いない、カラスは僕たちを追ってきたのだ。


 逃げきれてなんかいなかった。




 優紗ちゃんは生前から超人的と言える持久力を持っている。エインフェリアとなった今ではさらに強化されており、まさに底無しと言えるだろう。

 おそらくは全エインフェリアの中でも最上位レベルに違いない。


 だけどそれでも限界は来る。


 優紗ちゃんは僕を抱えたまま数日も逃げ回っていたが、疲労が溜まっていたせいか、ついに追い詰められてしまった。

 別のパラレルワールドに逃げ込むという案もあった。だけど銀の鍵に魔力を込めても、転移魔術が発動しないのだ。


 もしかすると仕込まれていた転移魔術は1度切りだったのかもしれない。

 銀の鍵が僕の魔力に反応しているのは確かなのだが、魔術の使い方がわからない僕はそれ以上のことができない。


 一応、優紗ちゃんにも銀の鍵を使わせてみたのだが、優紗ちゃんが魔力を込めても銀の鍵は反応すらしなかった。

 おそらくトートの剣が優紗ちゃんにしか使えないように、銀の鍵は僕にしか使えないようになっているのだろう。


 もうどうしようもなくなった僕たちの前に、白い男が拍手をしながら現れる。


「全く、手間をかけさせてくれたね。これだけ才能に溢れたエインフェリアを殺すのは忍びないなぁ。そうだな、俺の手駒に加わってくれるなら、キミだけは助けてあげようか?」

「結人さんを見捨てろということですか? お断りです」


 優紗ちゃんは僕を庇うように白い男に立ちはだかっていた。


「言うことを聞かない駒はいらないな。じゃあ死んでくれ」


 白い男はルーン魔術を発動して、炎の弾丸を9つ生み出した。

 炎の弾丸は発射すると即座に新しいものが生み出される。


 マシンガンのように撃ち込まれる炎は、普通の人間よりも遥かに頑丈なエインフェリアが相手でも、容易に命を散らせるに違いない。

 心身ともに疲れ果てている優紗ちゃんに、この量を捌ききれるはずもなかった。


「優紗ちゃん……! 銀の鍵よ、僕を導け! 彼女を救う力をここに示せ!!」


 僕は自分の命を全て投げ出す覚悟で、持前の魔力を全て銀の鍵に注ぎ込む。

 優紗ちゃんを助けられないか、その一心で。


 僕の願いが届いたのか、まるで空間がそこで途切れているかのように優紗ちゃんに炎の弾丸が届かなくなった。

 けれどそれは一瞬だけの出来事。その現象はすぐに生じなくなり、優紗ちゃんは炎に飲まれていった。


 白い男は優紗ちゃんが死んだことを確認すると、ご機嫌な様子で僕に話しかけてくる。


「今のが銀の鍵の力かい? 時空を操る力というのは素晴らしい。その力があれば……そうすればきっと父上も俺のことを認めてくれるに違いない」


 白い男は笑いながら僕を炎の弾丸で焼き尽くす。


 ……銀の鍵の正しい使い方がわかれば、僕の記憶が戻っていればこんな事態にも対応できたのだろうか。

 ヒカルと季桃さんを毒の洪水に置き去りにして、優紗ちゃんも白い男に殺され、僕自身の命も尽きようとしている。


 これは優紗ちゃんとの約束を破った罰なのかもしれない。約束を守っていれば、もう少しマシな状況になっていただろうに。


 意識を手放す瞬間、白い男のこんな呟きが聞こえた。


「クソ、銀の鍵が何の反応も示さない。何の知識も持たないこの男でも使えていたというのに。…………仕方がない、この男は死んでしまったが、14年後に聞き出せばいいだけだ」


 14年後……。そうか、このパラレルワールドの僕に使い方を聞き出すのか。

 記憶を失っていない僕ならば、正しい使い方もわかるだろう。


 あぁ、僕ではない平行世界の僕よ。どうか優紗ちゃんとの約束を果たし、ヒカルと季桃さんを守ってくれ……。白い男に負けないでくれ……。


 僕の意識が沈んでいく。

 そして、その意識が再び浮上することはなかった。


次回から再び本編です。


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