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31_番外編_優紗ちゃんを助けた場合(前編)

 平行世界パラレルワールドという概念を知っているだろうか?


 これは優紗ちゃんとの約束を破った、異なる僕の物語。





「ユウちゃん、何とかならないかな!? 優紗ちゃんが死んじゃう、死んじゃうよ……」


 ヒカルが泣きながら呟くように僕にすがる。

 記憶を失う前の僕だったら、こんな状況を切り抜けることもできるのかもしれない。


 ふと、ポケットに入れていた銀の鍵に意識が向いた。

 銀の鍵は僕の両親が最後にくれた、大切なお守りだ。


 この鍵になら、記憶を失う前の僕が切り札となる魔術を仕込んでいるかもしれない。


 ……僕は銀の鍵にすべてを懸けることにした。

 やはり、優紗ちゃんを死なせるわけにはいかない。


 僕は優紗ちゃんの元へと全力で駆け寄りながら、魔石を使うときと同じように銀の鍵へ魔力を供給する。


「えっ!? 結人さん、どうして……!?」


 優紗ちゃんが驚愕の表情を浮かべたとき、銀の鍵から魔術が発動し、視界が白で埋め尽くされた。





 気がつくと、僕は見知らぬ街中に立っていた。

 看板などから察するに、どうやら春原市の端の辺りらしい。


 銀の鍵に仕込まれていたのは転移魔術だったのだろうか。


 とにかく毒の洪水から逃げ出すことができた。

 その事実に一息ついたとき、優紗ちゃんが取り乱したように叫んだ。


「あれ!? ヒカルちゃんと季桃さんはどこですか……!?」


 優紗ちゃんに言われて辺りを見回す。

 ヒカルと季桃さんがいないことにようやく気付いた。


 まさか、2人を洞窟に置いてきてしまった……?


 優紗ちゃんが俯いたまま、絞り出すような声で呟く。


「…………一緒に2人を守るって約束したのに。…………嘘つき」


 嘘つき……。僕にとって、その言葉は何より不名誉なものだ。

 帰ってくると言ったのに、僕を捨ててどこかへ去った両親のことを思い出してしまう。


「……結人さん、酷い顔をしていますね。すみません。私のためにやってくれたのに、言いすぎました」


 それでも僕が優紗ちゃんとの約束を破ったことに違いはない。

 ヒカルと季桃さんを洞窟に置いてきてしまったということは、2人はもう、毒に飲まれて死んでしまったのだろう。


「ヨグ=ソトースの娘がいた洞窟へ戻りましょう。あの後どうなったのか、私たちは確認しなければなりません」

「そうだね。どうなったにせよ、確認はしないと……」


 僕もそうだが、優紗ちゃんも複雑な心境のようだ。


 自分の命が助かったことに安堵しているようにも、自分だけが助かったことに罪悪感を抱いているようにも見える。


 僕たちは重い足を引きずりながら、ヨグ=ソトースの娘がいた洞窟まで戻ることにした。





「何も、無い……!?」


 僕たちは洞窟まで戻って来たが、何故か洞窟の中には何もなかった。


 ヒカルも、季桃さんも、洪水のような毒液も、ヨグ=ソトースの娘の残骸も、何一つ存在しなかったのだ。


「どうして洞窟に何もないんだ。とにかく一度外へ出よう。ここにいても何もわからない」

「そうですね……。とはいえ、行く宛てはありませんけど…」


 僕たちは宛てもなく春原市の街中をさまよう。

 カラスが僕たちのことを見つけてくれるかと期待したが、残念ながらそんなことはなかった。


 しばらく歩いていると、僕は何かの違和感に気づいた。

 だけどその違和感の正体がつかめない。


 手がかりを求めて、僕は優紗ちゃんに問いかける。


「優紗ちゃん、町の様子がおかしくないかな……?」

「結人さんもそう思いますか? 何がおかしいとはっきり言えませんが……」


 優紗ちゃんも僕と同じように感じていたようだ。

 これは絶対におかしい! というのは無いのだが、何かが少しずつ変な気がする。


 僕たちは違和感を持った事柄を1つずつ挙げていく。


 例えば、道路を走る車の種類とか。公衆電話とコンビニの数や、看板のデザインの傾向とか。2人で違和感を探していくと、思った以上に様々なものが話題に上がった。


「あの人、スマホじゃなくてガラケーを使ってますね。ガラケーなんて久々に見た気がします。今時珍しいですね」

「本当だ。その向こうにいる人もガラケーを使ってるね。なんだ……? 偶然か?」


 僕の中で違和感が、1つ仮説に変わる。


 通りすぎていった何台かの車の中に、新しい車種は1つも含まれていなかった。

 公衆電話の数が多くて、コンビニの数が少ない。

 看板に描かれたデザインが近年の傾向とずれている。


「優紗ちゃん。確かめたいことがあるんだけど、いいかな?」

「えっ……? はい、わかりました」


 僕は優紗ちゃんを連れて近くにあったスーパーへと入る。

 そして、生鮮食品の消費期限を確認した。


 消費期限の日付は、14年前を示していた。





 僕たちは混乱した思考のまま、ふらふらとひと気のない公園まで歩いてきた。

 14年前ともなれば、街並みに違和感があるのも当然だ。


「銀の鍵に仕込まれた魔術を発動したんですよね。記憶を失う前の結人さんはこの時代に用があったのでしょうか?」

「……いや、違うと思う。おそらく転移魔術が不完全な形で発動してしまったんだ。魔術を発動させたときに、そんな感覚があって……。僕たちが過去に跳んだのは単純な事故なんだ」

「完全な形で発動したら、どうなるはずだったのかわかりますか?」

「どこかへ転移しようとしていたのは間違いないと思う。でも行先は……わからないな」


 唯一幸いといえるのは、ヒカルと季桃さんを助ける猶予が14年もあることだ。

 過去へタイムスリップしたのだから、僕たちがヨグ=ソトースの娘と戦うまで時間はたくさんある。


 とはいえ、それまで僕たちが生き残らないといけない。

 スコルの子は今も襲ってくるし、お金も住む場所も無い。


「直近の課題としては金銭を稼ぐことですか……。世知辛いです。私たちはこの時代からすると、身元不明の不審者ですからね」


 まさに優紗ちゃんのいう通りで、僕たちの身元を保障するものは何もない。

 日本の社会制度としてもそうだし、北欧の神々が管理するエインフェリアとしても身寄りが無い。


 今まではカラスを通じて、北欧の神々に活動資金を提供してもらっていたが、さすがにタイムスリップしてきた僕たちのことを把握しているはずもないだろう。


 エインフェリアは普通の人間と比べれば生存に必要なものは少ないが、それでも何も食べずに生きていけるわけではないのだ。


 どうにかして働いて稼ごうにも、スコルの子に襲われる僕たちは人目のある場所に長時間居続けることはできない。

 この状況ではお金を得ることは難しいだろう。


「北欧の神々に僕たちを見つけてもらうか、どこかからお金を奪ってくるかだね」

「お金を奪う……。RPGだと勇者が民家から物品を盗むのはお約束ですけど、現実ではちょっと……」


 暴力団とか、反社会的組織からだったらギリギリセーフ? と優紗ちゃんは呟いていたが、最終的にはNGということで自分の心と折り合いがついたらしい。

 相手がどのような人物であれ、人から奪うのは勇者精神に反するとかで。


「結人さんは北欧の神々に見つけてもらう方法に、何か心当たりはありますか?」

「確かヒカルは生前から北欧の神々と縁があったと言っていたよね」


 僕の発言に対して優紗ちゃんも頷く。


「だから、この時代でヒカルが住んでいる辺りに行けば、カラスに発見してもらえる可能性が高いんじゃないかな」

「確かにそうですね。試してみる価値はありそうです」

「問題はこの時代でヒカルが住んでいたのが、どこかわからないことなんだけど」


 記憶を失う前の僕だったらわかるのかもしれないが、今の僕が知るはずもない。

 だけど運のいいことに、優紗ちゃんが知っているらしい。


「私、ヒカルちゃんに連れて行ってもらったことがあるのでわかりますよ。春原市の外ですけど、エインフェリアの体力なら徒歩でも問題なく行けますね」


 春原市の外か……。外に出られるのだろうか?

 エインフェリアの行動を制限するための見えない壁が、春原市を覆うように存在しているはずだ。


 まあ、いつ設置されたものかわからないので、この時代にはまだ無いかもしれないけど。

 もし壁があったとしても、トートの剣で神々の魔術を打ち破った優紗ちゃんなら無理やり通れるかもしれない。


 悩んでいても仕方ないので、僕たちはひとまず見えない壁があるはずの所までやってきた。

 壁があるはずの場所へと、おそるおそる手を伸ばす。


 特に何も無さそうなのでそのまま前進してみるが、壁にぶつかる気配はない。

 この時代には見えない壁は存在しないようだ。


「普通に通れてよかったですね。では行きましょう。……でもその前に、私の家に寄ってもいいですか? せっかく過去に来たので、幼いお姉ちゃんを一目見たいなぁって思うんです」


 話を聞くと、どうやら優紗ちゃんの家はヒカルの家までの道中にあるらしい。

 それくらいの寄り道なら全く問題ないだろう。


 ちなみにこの時代だと、心子さんは5歳、優紗ちゃんは2歳になるそうだ。

 学年は2つ違いだが、誕生日の都合で今は3歳差なのだと優紗ちゃんは言う。


「結人さんはどこか寄りたい所はありますか?」


 この時代では、僕の両親は既に失踪済みだ。

 おおよそ失踪して2年半くらいになるはず。


 もっと前へタイムスリップしたのなら失踪の理由を探ってみたかったが、この時代では難しいだろう。


「僕は寄りたい場所はないかな。それじゃあ、優紗ちゃんの家へ行ってみようか」

「はい。楽しみです!」


 優紗ちゃんは生きているし、ヒカルと季桃さんも助かる可能性がある。

 それだけで僕たちから悲壮感は消え、寄り道を楽しむ余裕すらできていた。


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