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29_VSヨグ=ソトースの娘_その2

 僕たちはヨグ=ソトースの娘の尻尾を切断し、敵からの攻撃も安定して凌げている。

 この調子ならば勝てると感じた僕たちだったが、その見積もりは甘かった。


 ヨグ=ソトースの娘が新たな攻撃をしてきたわけではない。

 急に再生速度が上がったわけでもない。


 持久力の問題だった。


 尻尾以外にも優紗ちゃんの攻撃によって切り落とされている部位が多数あるにも関わらず、未だに死ぬ様子が無い。

 やはり邪神の落とし子というだけあって相当な生命力を持っているのだろう。


 僕たちはヨグ=ソトースの娘からの攻撃を安定して凌げているが、それはルーン魔術を使えるからだ。

 もし魔力が尽きて、『異常状態を正す』魔術を使えなくなったら、毒の噴水1つで僕たちは壊滅してしまう。


 一応、ルーン魔術が使えなくなっても優紗ちゃんのトートの剣で解毒はできる。しかも剣そのものに力があるらしく、優紗ちゃんの魔力はほとんど消費しないらしい。


 けれど、剣に力が溜まるのを待つ必要があるそうで、浄化の力を連発することはできないようだった。

 それに攻撃も回復も優紗ちゃんに頼りきりではさすがに勝てない。


「待って待って! ちょっとあいつ、毒液吐きすぎじゃない? そろそろ毒の量があいつの体積を超えそうなんだけど!?」


 そう叫んだのは季桃さんだった。


 言われて気づいたが、確かに異常な量だ。

 毒液を吐くということは、身体のどこかに毒液を溜めこむ器官があるのだろう。


 器官の中に毒液を溜めているのなら、毒液の量はその器官の体積が上限だ。それなのにヨグ=ソトースの娘は、自分の身体の体積以上に毒液を放出しようとしている。


「魔術的な力によるものとか……? 僕たちが使っている氷の弾丸魔術だって、何も無いところから出現させているよね」

「ううん、そういった力を使っている形跡は無いよ! 物理的なものだと思う!」


 僕の推理はヒカルによって否定される。

 魔術による力じゃないなら、やはり体内に毒液を保管する器官があるはずだ。


 そうなると考えられる可能性は1つしかない。


「毒液は吐き出す直前に合成されているんだ。合成前後で体積が爆発的に変わる物質なんだよ!」

「なるほど。ヨグ=ソトースの娘の体内には、体積の小さな合成前の物質が貯めこまれているから、身体の体積以上に毒液を吐けるのですね」


 僕の出した答えを、優紗ちゃんはすぐ理解してくれた。


「下手に臓器を傷つけると体内に残っている毒が一斉に合成されてしまう危険性があるね。残量によっては毒の洪水が起きるかもしれない」

「でも攻撃しないわけにもいきませんよね。できる限り、それらしい臓器がありそうな箇所は避けて攻撃します!」


 優紗ちゃん以外もルーン魔術でダメージを与えられるとはいえ、解毒のことを考えるならできるだけ温存したいのも事実だ。

 ヨグ=ソトースの娘への攻撃はほとんど優紗ちゃんに依存しているので、臓器を傷つけないかどうかは優紗ちゃん次第だ。


「優紗ちゃんは毒の原料がある器官がどこかわかりそう?」

「一応の目星はついています。蛇やサソリもそうですけど、毒を出す部分と作る部分はそう離れてないんですよ」


 ヨグ=ソトースの娘は蛇のようにもアルマジロのようにも見える異形の化け物だ。けれど、どちらかといえば蛇に近いかもしれない。

 蛇と似たような所に毒袋があるならば、それは頭部付近のはずだ。優紗ちゃんもわかっているようで頭部を避けて攻撃を加えている。


 ヨグ=ソトースの娘も生き物なのだから、頭を打ち砕けば死に至るだろう。

 けれど頭部に攻撃できない以上、決着まで時間がかかりそうだった。



 それからしばらくして……。

 ヨグ=ソトースの娘はなぜ生きているのかわからないほど切り刻まれていた。でもまだ生きている。


 やはり頭部を攻撃できないのが問題なのか。

 出血量から考えればいつ絶命してもおかしくは無いはずだ。


 けれど僕たちの魔力もほとんど尽きてしまっている。

 このまま押し切るか、それとも撤退するべきか考えなければならない。


 しかし、撤退して再挑戦したところで勝てるのか?

 今のヨグ=ソトースの娘は完全では無いけれど封印された状態だ。封印が破られればより強くなるのは間違いない。


 封印が破られた状態で、果たしてヨグ=ソトースの娘の再生能力を上回る攻撃ができるのだろうか。

 僕たちだけでは勝てないとカラスに報告して、他にもエインフェリアを派遣してもらったところで、トートの剣を使えるのは優紗ちゃんだけだ。


 守りを増やすことはできても、攻撃を増やすことはあまり期待できない。

 それに僕たちだけで倒せないなら、大切なものを返してもらうという話も立ち消えになるだろう。


 僕個人としては、多少無理をしてでもこのまま倒してしまいたい。

 記憶を取り戻せば僕は約2年の出来事を思い出せるだけでなく、魔術知識も取り返せる。


 魔術知識があれば、今後ヒカルたちを守っていく上でどのように立ち回るのが最適なのか判断する助けになるだろうし、戦う力そのものにもなる。


 エインフェリアとして戦っていく以上、死とはいつも隣り合わせだ。

 僕が記憶を取り戻せば、誰かが死ぬ可能性を少しでも減らせるかもしれない。


 だけどそのために今ヒカルを、季桃さんを、優紗ちゃんを危険に晒すのか。

 僕の記憶にそこまでの価値があるのか……。


 季桃さんも僕と同じように悩んでいるようだ。彼女も自分の大切なものを取り戻したいんだろう。

 勝てそうだから押し切りたい、けれど本当に大丈夫なのかと不安そうな表情を見せている。


 実際に聞いてみると、やはり僕と同じ気持ちだった。

 ヒカルはどう考えているのだろう。僕がヒカルの方を見ると、ヒカルは答えてくれた。


「私の気持ちとしては、早くユウちゃんに記憶を取り戻してほしいかな。でもそのために無理もしてほしくない……。どうするかはユウちゃんに任せるね」


 早く僕に記憶を取り戻してほしい、か。

 そうなると僕、ヒカル、季桃さんはこのまま倒したいと思っていることになる。


 あとは優紗ちゃんだが、彼女については確認するまでもない。

 ヨグ=ソトースの娘をこのまま倒してしまいたいと、最も強く考えているのは優紗ちゃんだからだ。


 もともと、ヨグ=ソトースの娘は心子さんが1人で対処しようとしていたものだ。

 エインフェリアではない心子さんがどうするつもりなのかはわからないが、おそらくはスコルの子などの怪物を使役して戦うつもりだったのではないだろうか。


 心子さんが従えていたスコルの子は普通の人間に比べれば遥かに強力な怪物ではあるが、エインフェリアである僕たちよりも弱い。

 数を揃えれば多少はマシになるだろうが、それでも勝算がほとんど無い戦いになるだろう。


 心子さんがヨグ=ソトースの娘といつ戦うつもりなのかはわからないが、封印が完全に解ける前には決行するはず。

 僕たちがカラスに増員を願い出て、新メンバーの到着を待って、そこから作戦を練り直して、うまく連携が取れるように戦い方を調整して……。そんなことをしているうちに心子さんがヨグ=ソトースの娘と戦ってしまうだろう。


 要するに、心子さんを確実に守るには、今日倒すしかないのだ。

 最善は心子さんと協力関係を築くことだったのかもしれないが、認識阻害魔術が邪魔で、そのための信頼関係を築けなかった。


 とにかく優紗ちゃんに投げかけるべき言葉は、このまま戦いを続行するかの問いかけではない。

 一緒にヨグ=ソトースの娘を倒そうという決意こそが必要だ。


「優紗ちゃん、心子さんのためにも絶対にここで勝とう!」

「ありがとうございます! 絶対に勝ちます!!」


 優紗ちゃんは力強く、勝利への意思を宣言した。


 僕たちに必要だったのは、絶対に今日決着をつけるという決断だったのかもしれない。


 考えてみれば先ほどまでの優紗ちゃんは、僕たち3人と姉の心子さんのどちらの命を優先するか、といった状況に置かれていた。

 それが優紗ちゃんの動きを鈍らせていたのだろう。


 僕が優紗ちゃんに声をかけてから、優紗ちゃんは鬼神のごとき活躍を見せ、ついにヨグ=ソトースの娘は動かなくなった。


「倒せた……? 倒せました!!」


 触手の一本も動くことはないようで、ヨグ=ソトースの娘が絶命したのは間違いない。

 今までは驚異の再生力で何度も回復していたが、その力ももう働いていない。


「やったねユウちゃん! これで記憶が戻るね!」


 そういってヒカルが飛びついてくる。

 僕はそれを受け止めながら、勝利を実感していた。


 優紗ちゃんと季桃さんも、一息ついた様子でお互いを労っていた。


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