28_VSヨグ=ソトースの娘_その1
僕たちはヨグ=ソトースの娘の討伐計画についてカラスたちに報告した。
その際、記憶を失う前の僕が心子さんと交友関係を持っていた可能性も一緒に話したところ、カラス達は興味を示してきた。
「久世結人、お前がスコルの子を捕らえる方法を知っているという話は本当なのか?」
「はい。捕獲道具の作成方法は久世結人が知っている、と言っていました」
カラスは自分達の知らない魔術を使う心子さんへ異様に熱を上げている。
この話題に食いついてこないはずがなかった。
「僕の記憶が戻れば、心子さんが用いる魔術について、すぐにわかるかもしれません。スコルの子についても、手がかりを得られる可能性が高いでしょう」
「つまり、特例として大切なものをすぐ返還してほしい……ということか?」
僕が頷くと、カラスたちは悩む素振りを見せ始めた。
「確かに久世結人の記憶を戻せば、我々にも利益がある」
「だがしかし、これまで上げてきた戦果は基準に達していない」
「スコルの子についての情報や、ヨグ=ソトースの娘を発見した功績で代替できないか?」
「なるほどな……」
しばらく2羽で議論した後、北欧の神々にお伺いを立てに行くのか「しばし待て」と言い残して一時的に飛び去って行った。
5分ほど待つとカラスは戻ってきた。
「結論から述べると、ヨグ=ソトースの娘を討伐すれば、お前たち全員の質を返還しても良いことになった」
「ヨグ=ソトースの娘は強大な力を持つ怪物のようだからな。数としては少ないが、これなら他のエインフェリアたちにも面目が立つだろう」
条件付きではあるが、カラスたちから言質が取れた。
それに僕だけではなく、ヒカルと季桃さんの大切なものも返してもらえるという。優紗ちゃんはトートの剣で質を奪う魔術を打ち破ったので、特に何もない。
早期に返還することで北欧の神々にメリットがあるのは僕だけなので、全員分を返してもらえるとは思っていなかった。
季桃さんも「私たちもいいんだ!?」と驚いている。
「お前達に質を返還したあと、久世結人と成大優紗は我らの主であるバルドル様に謁見してもらう。覚えておくように」
バルドル……。確か、神話時代の大戦争を生き残った神の1人で、生き残った神々のリーダーをしている神だったはずだ。
そんな神様と謁見とは、良いことだろうか。それとも触らぬ神に祟りなしというやつだろうか。
どちらにせよ、決まったことは仕方がない。
会うのはヨグ=ソトースの娘を倒した後なのだから、まだ先のことでもある。
それにしても、僕だけじゃなくて優紗ちゃんも呼ばれているのはなぜだろう?
優紗ちゃんも不思議そうに、カラスに尋ねる。
「結人さんだけでなく、私も呼ばれているんですか? 私はスコルの子や魔術については何も知りませんが……」
カラスは優紗ちゃんの疑問には答えなかったが、代わりにヒカルが予想を述べた。
「たぶん、トートの剣のことだと思うよ。それもかなり異例の出来事だからさ」
「あぁなるほど。質を奪う魔術とか、いくつか神々の魔術を破っちゃいましたしね」
言われてみれば、優紗ちゃんがトートの剣で神々の魔術を打ち破ったのは大事件じゃないか?
スコルの子も千年以上も正体が掴めない怪物だけど、神々の魔術が破られたことだって同じくらいなかっただろう。
スコルの子は正体が掴めずとも対処は既にできているのだから、それよりは魔術を破られた方が重要度は高そうに見える。
それなのにカラスたちの態度を見ると、魔術破りの方がおまけのような扱いだ。
スコルの子はそれほど重要なのだろうか。
……もしかしてスコルの子というよりは、心子さんが使っている魔術への関心が高いのか?
ルーン魔術には心子さんが使っていたような、空間転移の魔術は存在しないとヒカルが言っていた。
北欧の神々は、空間転移でやりたいことがある? もしくは行きたい場所がある?
ダメだ、これ以上はわかりそうにない。
カラスからの話が終わると、最後にヒカルがカラス達に質問をした。
「質が返還された後は、私のことをみんなに話してもいいですか? 記憶を取り戻したユウちゃんには、特に説明した方がいいと思うので……」
「いいだろう。質を返還したエインフェリアには開示して良いことになっているしな。我らが止める理由はない」
「そうですか! ありがとうございます!」
ヒカルが僕たちに話した方がいいこと? まるで検討がつかない。
呪いの話は優紗ちゃんに既にしているので、ヒカルが話そうとしているのはまた別件のはずだ。
非常に気になるが、聞けるのはヨグ=ソトースの娘を倒してからだ。
◇
カラスと交渉してから数日の間、僕たちはヨグ=ソトースの娘討伐に向けて検証と戦闘訓練を重ねていた。
ヒカルの調査によると、ヨグ=ソトースの娘の封印は現時点で7割ほど破られているらしい。
完全に破られるまではまだ猶予があるようだが、時間が経過するほどヨグ=ソトースの娘は成長して力を増す。
僕たちの練度向上速度と敵の成長速度を考えると、今日で決着をつけるのが最善だろう。
「ユウちゃん。私たち、ヨグ=ソトースの娘に勝てるかな?」
「必ず勝てるよ。そのための準備もしっかりしたことだしね」
「ありがとね。そう言ってくれると本当に勝てそうな気がしてくるよ」
ヒカルはあれからルーン魔術の猛練習を重ね、中級のルーン魔術を安定して発動できるようになった。
魔石もグレードアップして、中級のルーン魔術を発動できるようになっている。
意外だったのは魔石の種類自体は増えていないことだ。
1つの魔石で下級と中級のルーン魔術を両方扱えるらしい。ラインナップは次の通りだ。
太陽の魔石:『炎の弾丸』『異常状態を正す』
霧雨の魔石:『傷を癒す』『障壁を張る』
イチイの魔石:『打たれ強くなる』『気絶回復』
年の魔石:『気絶回復』『魔術的強化を解除する』
雹の魔石:『氷の弾丸』『動きを縛る吹雪』
僕と季桃さんが太陽の魔石、優紗ちゃんが霧雨の魔石を持つ予定になっている。
『異常状態を正す』魔術は、ヒカルがヨグ=ソトースの娘が吐いた毒液の浄化に使った魔術だ。今回の戦いにおいて最も重要な魔術になるだろう。
『障壁を張る』魔術は、ヒカルが初めて中級のルーン魔術を発動させたときに見せてくれたやつだ。こちらの攻撃はそのまま通して、敵の攻撃だけを受け止める障壁を張ることができる。
『気絶回復』魔術はイチイの魔石と年の魔石に同じようなものがあるが、どちらも気絶状態から即座に目覚めさせる魔術だ。ただし、イチイの魔石で使える方は中級のルーン魔術である。
どちらも目覚めさせるときに傷を癒す効果が付いてくるのだが、イチイの魔石は一度に複数人にかけれる分、癒し効果は低いらしい。年の魔石は1人しか対象にできないが癒し効果が高い。
戦闘中に気絶してしまうとそのまま死につながるため、死を避けるための緊急用魔術なのだが……。当然、使う機会が無い方が好ましい。
『魔術的強化を解除する』魔術はまだ実戦で使ったことはない。この魔術を使えば『打たれ強くなる』魔術や『障壁を張る』魔術の効果を打ち消すことができるが、今回は出番はないだろう。
そして最後、『動きを縛る吹雪』魔術は、落とし子を見つける直前の模擬戦でヒカルが使っていた魔術だ。一定範囲に吹雪を起こし、複雑な動きを取れなくさせることができる。
破壊力は『氷の弾丸』魔術に劣るものの、効果範囲と妨害能力に優れた魔術だ。特に妨害能力はヨグ=ソトースの娘にも一定の効果があることがわかっている。
『動きを縛る吹雪』魔術ではヨグ=ソトースの娘の再生能力と比べて大きく劣る威力の攻撃しかできないが、適所で使い分けることでより安全に戦えるようになるだろう。
◇
僕たちは作戦の最終確認をした後、洞窟の最深部へ向かいヨグ=ソトースの娘と対面した。
何度見ても、そのおぞましい姿には気圧されてしまう。
僕たちの10倍以上はある大きな身体を持ち、エインフェリアにすら致命的な被害をもたらす毒液を放出するヨグ=ソトースの娘は恐ろしい。
でも僕たちは勝てるように対策をしてきたつもりだ。
絶対に勝つという闘志を持たなければ、勝てる戦いも勝てなくなるに違いない。
「みんな、作戦通りに!」
僕は3人が覚悟を決めて頷いてくれたのを確認すると、ヨグ=ソトースの娘の正面に立ちはだかった。
僕が攻撃を受け止めて、その隙にヒカルと季桃さんがルーン魔術を行使。優紗ちゃんは隙を見て近接攻撃を仕掛ける。
役割分担は最初にヨグ=ソトースの娘と戦ったときとほぼ同じだ。
けれど、もちろん前とは違うこともある。
「ユウちゃん、障壁いくよ!」
ヒカルが僕に『障壁を張る』魔術を使ってくれた。
前回は『打たれ強くなる』魔術を使っていた部分だ。
障壁は魔術の対象とした1人に自動で追従して、一定回数だけ敵の攻撃を防ぐ。
規定の回数を超えた分は全く防いでくれないが、回数が残っている間なら完全に防いでくれるのが他の魔術には無い強みだ。
前回使った『打たれ強くなる』魔術では、ヨグ=ソトースの娘の強烈な一撃には効果が薄かった。
回数が少ないけれど強烈な一撃には『障壁を張る』魔術、一撃は軽いけれど手数が多い場合は受け止められる回数制限が無い『打たれ強くなる』魔術が効果的なのだという。
『障壁を張る』魔術は中級魔術だ。ヒカルが中級魔術を安定して発動できるようになったおかげで僕の負担が軽減され、耐えられる時間が大きく伸びた。
僕が攻撃をより長くひきつけられるということは、優紗ちゃんが攻撃に転じられる機会も多くなる。
以前より効率的にダメージを与えられるはずだ。あとはヨグ=ソトースの娘の再生能力を上回れるかどうか……。
もし再生能力が上回る場合、僕たちに勝ち目はない。
僕がヨグ=ソトースの娘の尻尾を受け止めた直後、優紗ちゃんが飛び出して斬りかかる。
「いけます、いけますよ! トートの剣のおかげで確実に傷を負わせられています!」
優紗ちゃんが歓喜の声を上げた。
トートの剣が持つ邪神特効能力なら、ヨグ=ソトースの娘の再生能力を上回れるようだった。
あとは初戦のときに危うく全滅しかけた毒の噴水に対応できるかだが、それはさほど心配していなかった。
始めてくらった時でさえ、安定はしないもののヒカルの中級ルーン魔術によって解毒はできていたのだ。
今の僕たちは安定して使える解毒手段を全員が持っている。
ヒカルは安定した自分自身のルーン魔術、優紗ちゃんはトートの剣、僕と季桃さんはアップグレードした太陽の魔石だ。
前述したように、太陽の魔石でも『異常状態を正す』魔術で解毒ができる。
もしヒカルが気絶してしまったとしても、他の人が解毒をできる。この意義は大きい。
初戦のときに僕がヒカルをかばうことができなければ、あそこで全員が死亡していたかもしれないのだ。
とはいえ、僕はヨグ=ソトースの娘の攻撃を受け流すだけで精一杯で、最もヨグ=ソトースの娘へダメージを与えられる優紗ちゃんは攻撃に専念したい。
なので基本的にはヒカルと季桃さんが解毒を担当し、僕と優紗ちゃんは2人が対応できない状況に追い込まれた場合の保険だ。
十分に対策を練ってきた僕たちは、ヨグ=ソトースの娘に対してかなり有利に戦えていた。
「もしかして、トートの剣なら尻尾を切断できる? 必殺! 聖邪滅殺斬!!!」
優紗ちゃんの斬撃によってヨグ=ソトースの娘の尻尾が切り離される。
これにはヨグ=ソトースの娘もただでは済まないようで、今まで僕たちが聞いたことのないような咆哮を上げていた。
「さすが優紗ちゃんだね」
「ありがとうございます! 部位破壊は巨大モンスターを狩るときの醍醐味ですよね」
尻尾はヨグ=ソトースの娘にとって重要な攻撃手段の1つだった。
それが失われた今、警戒すべきは毒液くらいのものだ。爪や牙による攻撃もあるが、それは僕一人でも難なく捌ききれる程度でしかない。
ヨグ=ソトースの娘には再生能力があるため、放っておけば尻尾は再び生えてくるのだろう。
実際、少しずつではあるが、肉が盛り上がるようにして尻尾は再生していた。
しかし尻尾の再生に力を割り振るためなのか、身体全体の再生速度は目に見えて落ちている。
優紗ちゃんのトートの剣だけじゃなく、ルーン魔術による攻撃でもダメージを負わせていることが十分にわかるほどだ。
大きな成果をあげた僕たちは心持ちに余裕ができていた。
このまま押し切れば勝てるだろう。