16_心子さんの探し人
「心子ちゃんが魔術師だったこと、優紗ちゃんほどじゃないけど私もショックかも」
社務所まで戻ってきたとき、季桃さんがそう呟いた。
「裏切られたって感じるわけじゃないんだけど、私たちを襲ってる化け物と同種の存在を使役してるって考えるとね」
心子さんはしばしば優紗ちゃんと一緒に晴渡神社へ来ることがあり、季桃さんとも面識があったという。
あくまで優紗ちゃんの同伴といった感じだったので特別に親しかったわけではないそうだが、そこそこの付き合いはあったそうだ。
「心子ちゃんと北欧の神々が敵対してる可能性について、きっと大丈夫って結人さんは言ってたけど本当にそう思う?」
「心子さん本人が敵対している可能性は本当に低いと思うよ。でも心子さんが何らかの組織に所属していて、その組織が北欧の神々と敵対している可能性はあるかもね」
優紗ちゃんがいる場では楽観的な見解でとどめたが、僕の考えを全て述べるならば季桃さんに今話した通りだ。
心子さん本人は北欧の神々やエインフェリアについて、伝承以上のことを知っているように見えなかった。
だけど、心子さん本人がスコルの子を従える手段を開発したのでなければ、心子さんにその手段を教えた人物や組織が存在するはずだ。
その人物や組織が、北欧の神々と敵対していないとは断言できない。
「その組織がスコルの子をけしかけて、エインフェリアを襲っているってこと?」
「エインフェリアを襲ってくるスコルの子は、誰にも使役されていない野生のスコルの子、という可能性もあるけどね」
「その方がいいなぁ。姉妹で争わせたくはないしさ。仮に心子ちゃんが北欧の神々と敵対している組織に属しているとしたら、心子ちゃんをこっち側に引き抜けたらいいんだけどね」
少なくとも、僕たちが北欧の神々を裏切って心子さん側につくのは現実的ではない。
神々に取られた大切なものを返してもらえなくなってしまうし、裏切ったエインフェリアを北欧の神々が放置するとも思えない。
僕たちが北欧の神々を裏切った場合、神々から信頼を得ているエインフェリアに追われ、始末されることになりそうだ。
「そういえば心子さんってどんな人なの? 優紗ちゃんからしか聞いてなかったから、季桃さんからも聞きたいな」
「どんな人って言われると難しいけど、まぁ優紗ちゃんによく似てるよ」
季桃さん曰く、優紗ちゃんと心子さんは姉妹という言葉では片づけられないほどよく似ているという。
容姿や声も双子のようにそっくりだが、性格も能力もよく似ているのだとか。
努力家だとか、正義感が強いだとかも一緒。
運動がよくできるのも、頭の回転が速いのも一緒。
ただし、能力面は何をやっても少しだけ心子さんが上回る。
例えば運動能力であれば短距離走や持久走は心子さんの方が少し速かったり、IQテストでは心子さんの方が成績が少しよかったり。
「お姉ちゃんは自分の上位互換って優紗ちゃんが言っていたのはそういうことか。結構気にしてるみたいだね」
「容姿が双子レベルでそっくりなのも影響してるみたい。姉妹というより双子って感覚に近いんじゃないかな」
年齢差があるから、同じように努力をしていても優紗ちゃんの方が下回るのは仕方のないことだろうが、当人からするとそれで納得できるものではないのだろう。
「私からすれば2人とも何でもできちゃう天才だから、気にする必要はないと思うんだけどね。あの2人とクイズ本で遊んだときの、手も足も出なさ加減たるや……」
季桃さんは当時のことを思い出したのか、悔しさを通り越して呆れたような顔をしている。
日本の年代別死亡率やその死因がすらすらと出てくるくらいだし、優紗ちゃんと心子さんは地頭がいいだけじゃなく知識量も豊富なのだろう。
「あと心子ちゃんについて言うとしたら、学生生活の傍らで探偵の活動をしているくらい? 心子ちゃん自身が人を探してて、そのついでにやってるみたい」
「ちなみに探してるのってどんな人?」
「昔お世話になった人らしいよ。わかってるのは名前くらいだったかな。確か……結人だったような」
結人? 僕と同じ名前だ。
別に珍しい名前じゃないし、一致することもあるよな……?
「ちなみに苗字もわかったりする?」
「ええと……久世、だったかな?」
「僕と同じ名前だ」
「えっ? 同じ名前ってどういうこと?」
「だって僕の名前は久世結人だから、心子さんが探している人と同じ名前でしょ?」
「えぇー? 全然違うよね?」
季桃さんは僕の言っていることが本当にわからないようで、困惑しながら首をかしげている。
「もしかして、認識阻害魔術ってエインフェリア同士でも発動してる? 認識阻害魔術は姿だけじゃなくて、名前も正しく認識できていないのかも」
「そういうこと!? だから会話が噛み合わなかったんだ」
この仮説が正しければ、季桃さんは僕の名前と姿を間違った状態で認識しているはずだ。
だから心子さんが探している『久世結人』と、僕の名前が一致していることに気づかなかった。
「あれ? でも私、結人さんのこと正しく呼べているよね? そうじゃないと認識がおかしいことに前から気づけるはずだし。それに生前から友達だった優紗ちゃんのことは正しく認識できてるよ」
「僕を正しく呼べているのは、その辺りは認識がズレていても補完されるんじゃないかな。優紗ちゃんについては……認識阻害魔術の発動には何か条件があるとか?」
少し都合の良い推測ではあるが、エインフェリア同士でも認識阻害が起きていると考えなければ、説明できない事態が起きているのは間違いない。
「ヒカルなら詳しいこともわかるかな。認識阻害魔術について最初から知っていたし」
「そうかもね。シャワーから戻ってきたら聞いてみようか」
しばらくしてヒカルと優紗ちゃんがシャワーを浴び終えて社務所まで戻ってきた。
「ねぇヒカル。認識阻害魔術ってさ、もしかしてエインフェリア同士でも認識が阻害されるのかな?」
「えっ! えぇぇ……。な、なんでそう思ったの!?」
僕の質問に対してヒカルは目を泳がせまくっている。
ヒカルの様子から察するに、エインフェリア同士でも認識が阻害されているのは間違いなさそうだ。
僕はヒカルと優紗ちゃんに対して、季桃さんが僕の名前を『久世結人』だと正しく認識できていないことを説明した。
するとヒカルは観念した様子で白状する。
「なるほどなー。そういうバレ方することがあるんだ」
「ということは、やっぱりエインフェリア同士でも認識が阻害されるんだね」
「エインフェリア同士っていうのはちょっと違うかな。まあだいたいあってるけど」
エインフェリア間で認識阻害が起きるかどうかは、エインフェリアになった順番が関係しているという。
詳しく言えば、自分よりも先にエインフェリアになっていた相手に対しては認識阻害が起きるのだ。
「認識阻害魔術がエインフェリアの裏切り対策になってる話を前にしたよね。それの延長なんだよ。裏切り者にエインフェリアの情報を持ち逃げされないためにさ」
「自分より先にエインフェリアになっていた相手にだけ認識阻害が起きるのはどうして?」
「北欧の神々の下で長く戦っている古参の人には、新米のエインフェリアを正確に把握してほしいからだね。だから先輩にだけ発動するというより、後輩には発動しないんだよ」
神話時代の戦争を生き残った神は6人しかいない。
だから神々が全てのエインフェリアを直接管理できているわけではなく、ある程度はエインフェリア同士に任せているらしい。
もしエインフェリアに裏切り者が出た場合、神々から信頼されている古参のエインフェリアが対処するのだ。
神々は全てのエインフェリアを正しく認識できるので、古参のエインフェリアに裏切り者が出た場合は神々が直々に対応する仕組みになっているという。
ちなみに優紗ちゃんと季桃さんの間で認識阻害が起きていないのは、同時にエインフェリアになったからのようだ。
「じゃあ僕は優紗ちゃんと季桃さんよりも先にエインフェリアになったのか」
「そうだよ。だから季桃さんはユウちゃんのことを正しく認識できなかったの」
僕とヒカルはどっちが先にエインフェリアになったんだろう。
少なくともヒカルは僕のことを正しく認識しているはずだ。そうでなければ、僕を義兄だと認識できない。
でも僕は記憶が無いから、生前の記憶と照らし合わせてヒカルを正しく認識できているか判断できない。
ヒカルが先か、もしくは優紗ちゃんと季桃さんのように同時にエインフェリアになったかだけど……。
「もしかしてヒカルって僕より先にエインフェリアになった? 僕が最初に目覚めたとき、なぜか初対面のフリをしていたよね。それって僕がヒカルを正しく認識できないことを知ってたからじゃない?」
「そうだよ。数分くらいだけど、私が先なの」
ヒカルは今まで我慢してたことを爆発させるような口調で話を続ける。
「だからさ! ユウちゃんに記憶があったとしても、ユウちゃんは私がヒカルだと認識できないの! 私がヒカルだと言っても、ユウちゃんには偽物にしか見えないの! 私だって好きで初対面のフリをしてたわけじゃないから!」
あの謎の行動にはそんな理由があったのか……。
「ずっと打ち明けたかったの! やっと言えたー! 義妹を名乗る不審者にならないように初対面設定を貫く予定だったのに、ユウちゃんと一緒に生き返れたのが嬉しくて失敗しちゃったんだよね」
「そういえば認識阻害魔術の条件について話しても大丈夫だったの?」
「混乱を防ぐために、自分で気づいたエインフェリアには話していいことになってるの」
本来であれば、大切なものを返してもらうより後のタイミングで教えてもらうことらしい。
僕たちはいろいろとすっ飛ばして教えてもらったことになるだろう。
認識阻害魔術について聞くべきことはもう無さそうだ。
話がひと段落したところで優紗ちゃんが僕に尋ねてくる。
「結人さんってお姉ちゃんが昔お世話になった人と同じ名前なわけですけど、探している本人の可能性もあるんでしょうか。心当たりはありますか?」
「どうだろう……。昔って、いつ頃の話なの?」
「私が物心ついたときには探しているようだったので、たぶん15年くらい前ですね」
15年前となると、僕は9歳の小学生だ。
さすがに記憶も曖昧なので、僕が忘れているだけという可能性もあるけれど……。
というか、当時の心子さんは4~5歳くらいかな?
そんな幼い頃に出会った人を探し続けているなんて、よほどの恩があるのだろう。僕はそんな何かをした覚えは無い。
「正直なところ、まったく心当たりは無いなぁ。そもそも年齢的に僕と一致してるの?」
「どうなんでしょう? お姉ちゃん、探している人の年齢についてはなぜか伏せるんですよね」
優紗ちゃんに話していないなら、たぶん誰にも話していないだろう。
何か事情があるのだろうが、よくわからない。
『久世結人』という名前は同姓同名の別人がいてもおかしくない名前だし、偶然の一致かもしれない。
けれど、僕はこの一致に奇妙な縁を感じずにはいられなかった。