116_VSレギンレイヴ_その2
(過去改変って、どのくらい改変されたのかヒカルはわかる?)
(有利に立ち回れるように、戦法を変えたくらいだと思う。過去を変えて、適切な戦い方をしてたことにしたんだよ。あまり改変しすぎると、ヨグ=ソトースに怒られちゃうみたいなんだよね)
過去改変を行う前に、レギンレイヴは賭けだと言っていた。それほど自由に改変できるわけでもないのだろう。
どのような影響があるのか事前に把握することも難しいらしい。悪手を選んでしまったら改変前よりも劣勢になる危険性すらあるようだ。とりあえず今回について言えば、レギンレイヴは賭けに勝った様子だけど。
改変前のレギンレイヴは僕たちから適切な距離を保ちつつ、攻撃と防御をバランスよく織り交ぜながら戦っていた。
細部は異なるが、ヒカちゃんの戦い方に似ていた。
まあレギンレイヴの戦い方がヒカちゃんに似ているのではなくて、ヒカちゃんの戦い方がレギンレイヴに似ているのだろうけど。ヒカちゃんはレギンレイヴから記憶をもらっていたから、影響を受けていたのだろう。
おそらくは改変前の戦い方がレギンレイヴの本来の戦い方だ。そのせいで僕たちは彼女の戦い方に既視感を感じていて、有利に立ち回れていた。
だけどレギンレイヴはそれでは勝てないと理解して、防御を捨てて攻撃に特化した戦い方に切り替えたのだ。
レギンレイヴの苛烈な攻め方に押されて、僕たちは対応が後手に回っている。こちらに重大な被害が出ているから、これまで以上に防御や回復行動へ手を回さざるを得なくなり、攻撃に転じることができない。
「これでどうですか!」
レギンレイヴが尋常じゃない速度で接近してきて、僕に槍を振り下ろす。さすがに一撃じゃ僕の張った障壁を貫くことはできないが、2度、3度と攻撃を加えるだけで打ち壊される。
恐るべきは、この攻撃は彼女にとっては必殺技でも何でもないということだ。
タウィル・アト=ウムルの権限で自身の時間を数倍に加速しているが、ただそれだけ。障壁を破る連撃は、彼女の通常攻撃でしかない。
これはまずい。正面から戦っていたら、どう考えても押し切られる……!
「レーヴァテインを使います!」
心子さんがレギンレイヴに向けて、レーヴァテインで攻撃をしかける。あくまで牽制程度の魔力しか込めていないので、もしレギンレイヴに当たったとしても決着が付くほどの威力じゃない。
それなのにレギンレイヴは大げさと言えるほどに距離を取って回避した。しかも空間転移も使わずに。
時間を加速しているから、それで十分と考えた可能性もあるけれど……。もしかして、空間転移や障壁を張る余裕が無いのか?
レギンレイヴは改変前も時空操作によって加速していたが、今はそれよりもさらに早い。タウィル・アト=ウムルとしての権限を全て使えるなら、もっと余裕があったのだろう。だけど今は半分をヒカルに取られている上に、そのヒカルが妨害してきている。
以上のことを念頭に置いて考えると……。おそらくレギンレイヴは、かなり無理をして時間を加速させ続けていると思われる。防御に回す余力がないなら、僕たちが反撃に転じることができれば簡単に形勢が逆転するはずだ。
今のレギンレイヴは近接攻撃を主体にして戦っている。
それに対応できるとしたら、僕と季桃さんだ。僕は相手の攻撃を捌いて反撃する戦い方に長けているし、季桃さんは身体能力や動体視力が飛び抜けて優れている。
レギンレイヴの高速戦闘についていける可能性があるのは、僕たち2人だけだろう。
ヒカちゃんとヴァーリに上級ルーン魔術である『ソールの運行』『ウルの恩寵』『スカディの婚姻』を使ってもらう。どれもこれも、身体能力の強化に関するルーン魔術だ。
ルーン魔術で身体能力を強化した状態でも、1対1でレギンレイヴに抗うことはできない。でもみんなで協力すれば、レギンレイヴに反撃できるチャンスが生まれてくる。
人数差があるせいで、レギンレイヴも僕たち全員を一度に倒すことはできていない。全員が倒されなければ、僕たちはルーン魔術やトートの剣で傷を癒して、何度でも立ち向かっていくことができる。
「もう立たないで! 貴方たちを殺したくないんです!」
そんなことを言われても、僕たちが諦めるはずがない。傷を癒すことはできても失った血が戻ってくるわけでもないし、酷い苦痛に心が折れそうになることもある。
それでも僕たちは確実にレギンレイヴへダメージを与えていく。このままいけば僕たちが完全に力尽きるよりも、レギンレイヴが倒れる方が先だろう。
当初はレギンレイヴにも余裕があったが、もう彼女にもほとんど余力は残されていない。レギンレイヴは泣きそうな顔で、それと同時に決意を秘めた表情で、手に持っていた槍を頭上に掲げる。
「……殺したくない。でも、平和な世界のために負けられない。グングニル! 絶望を貫き壊して!!」
そしてレギンレイヴは、僕に向けて槍を投擲した。原理はロキがやっていたことと同じだ。けれどこちらの方が威力は何倍も上回っている。
当たれば間違いなく即死。障壁を張っても一瞬で打ち砕かれるだろう。ロキが投げてきた剣は、障壁を張れば一瞬だけ勢いを止めることができたが、これはそんなレベルじゃない。
しかしどれだけ威力が高くても、空間転移で避けてしまえば問題ない。そう考えて、僕は空間転移を発動する。
もちろん今は転移封じをされているわけでもない。超高速で向かってくる槍を避けるのは空間転移でも至難の技だったが、僕は無事に回避した。
ロキがやっていたように"門"を使って槍を転移させて、もう一度攻撃してくるかもしれない。でもその対策方法はもうわかっている。僕はレギンレイヴよりも先に"門"を生成して、レギンレイヴが投げた槍をどこか遠い場所へと転移させた。
これで大丈夫なはず。
(ダメ! ユウ君、避けて!!)
銀の鍵を通じて、僕の世界のヒカルが警告を発した。それに従って、僕は反射的に空間転移を再度発動する。
その直後、僕が先ほどまでいた場所を槍が通過した。ギリギリで回避できたが、非常に危なかった。転移させたはずの槍が戻ってきて、再び僕を襲ってきていたのだ。
僕がどこに槍を転移させたのか、レギンレイヴは見抜いたのか……? それでレギンレイヴは槍をこの空間に戻して、再び僕を狙った……?
そんなことを考えていたが、槍は速度を維持したまま再度進路を変えて僕に襲いかかってきた。転移させなくても曲がるのか!?
いったい何がどうなって……。
僕は混乱していたが、レギンレイヴが投擲した槍に秘密があるらしい。季桃さんが叫んで教えてくれる。
「グングニルってさっき言ってたよね!? それってオーディンが使ってた武器の名前だよ! 投げたら絶対に敵に当たる神の槍なの!」
オーディンは窮極の門で死んだのだから、その遺品をレギンレイヴが持っているのは当然だ。
おそらくはオーディンが仕込んだ最高の魔術がグングニルにはかかっている。ルーン魔術と時空操作魔術が複雑に絡み合った一品で、グングニルは空間転移でどこかへ捨てられても自発的に戻ってきて敵を貫くのだ。
レギンレイヴが転移封じをしないのは、転移封じをするとグングニルの追尾能力も失われるからだろう。時間加速に力を割きすぎて、転移封じを発動する余裕が無いのかもしれないが。
そのおかげで僕は回避に空間転移を使える。けれど僕の機動力以上にグングニルの追尾能力は優れていた。
僕はどうにかしてグングニルを避け続けるが、グングニルはいつまでも追いかけてくる。障壁を張って防ごうとしても、貫き壊してしまい何の障害にもならない。
いつかはグングニルに貫かれて僕は死ぬ。グングニルを止められるとしたら、タウィル・アト=ウムルにだけ生成できる特別な障壁くらいだろうか。
(ユウ兄は絶対に死なせないもん!)
僕の世界のヒカルがタウィル・アト=ウムル特性の障壁を僕に張ろうとするが、レギンレイヴに妨害されて生成できないようだ。ヒカルが障壁を作るためには、僕の助力がいる。
でも僕はグングニルを避けるだけで精一杯で、ヒカルのサポートをする余裕がない。
「ごめん心子さん! 転移を頼む!」
「ええっ!? ちょっと急に無茶を言いますね!?」
1回だけならともかく、連続転移は心子さんには難しい。一度でも発動に失敗すれば、心子さんも僕と一緒に死ぬ。
そんな極限の状態だったが、心子さんは僕を連れまわしながら必死にグングニルから逃げ回ってくれた。窮極の門は空間転移を行いやすい空間という性質も味方をした。
(やった! 障壁ができたよ、ユウ君!)
グングニルを受け止める一瞬だけではあるが、僕の世界のヒカルは障壁を作ることに成功した。凄まじい音を立てながら、グングニルは障壁に衝突して動きを止める。
その様子を見てレギンレイヴが驚愕の声を上げた。
「これでもダメなの!? きっとまだ、他の戦法があるはず……!」
レギンレイヴが魔力を練って再びヨグ=ソトースから力を引き出した。また過去改変を行うつもりだろう。
僕はヒカルと協力して過去改変を妨害しようとするが、うまくいかない。
次に改変された状態は、それほど僕たちが劣勢というほどでもなかった。
僕たちも傷を負っているが、レギンレイヴもかなり傷を負っている。
先ほどよりはレギンレイヴの傷が少ないが、全体的に見れば僕たちの方が優勢とも言えるくらいだった。
それに今回は過去改変の妨害に失敗してしまったが、少し手応えがあった。
(少しずつコツが掴めている気がするんだよね。私、頑張るよ!)
とヒカルの意気込みもばっちりだ。
過去が改変されたとしても、僕たちがレギンレイヴを追いつめているのに変わりはない。あと少しで勝てる。そんなところまで状況は進んでいた。