115_VSレギンレイヴ_その1
レギンレイヴは大きな槍を抱えて僕たちに突撃してくる。
僕の世界のヒカルの肉体で動いている以上、身体能力はエインフェリアと同等のはず……。それなのに彼女はロキよりも素早く、力強い。
おそらくはタウィル・アト=ウムルの力で自身の時間を加速させることで、戦闘能力を補っているのだろう。この時間加速は銀の鍵では再現できない。タウィル・アト=ウムルにしかできない芸当だ。
時間を加速することで得られるメリットは、行動速度が早くなるだけじゃない。物理学のエネルギー計算式から考えると、攻撃の威力は速度の2乗に比例する。例えば2倍の速度で動けば威力は4倍、3倍の速度で動けば威力は9倍だ。
ルーン魔術による身体強化の影響も複雑に絡み合うので、物理法則をそのまま当てはめられるわけでもないけれど。それらをすべて駆使して、レギンレイヴはエインフェリアの身体で北欧の神を超越した戦闘能力を発揮していた。
僕と季桃さんで前衛を務めているが、季桃さんが悲鳴を上げる。
「うわぁ! これは長く持たないよ! みんな攻撃! とりあえず攻撃して!」
「任せとけ! 全弾当てる勢いで撃つ!」
長く持たないなら季桃さんが言ったように攻撃して短期決戦を狙うしかない。時間加速で回避能力は上がっているだろうが、撃たれ強さは変わらないので早期撃破は十分狙えるだろう。
ヴァーリが矢を番えてレギンレイヴを狙う。そして彼は可能な限りの連射速度で、次々に矢を射出する。
しかしレギンレイヴは一切避ける素振りを見せなかった。矢はそのままレギンレイヴに命中するかと思いきや、直前で不可視の障壁に遮られてしまった。
この障壁は僕たちが銀の鍵で生成しているものとは格が違う。リーヴが銀の鍵の模造品で生成していたものと同等の障壁だ。ヒカちゃんが中級ルーン魔術の『魔術的強化を解除する』魔術で障壁を搔き消そうとするが、効果がなかった。
「貴方たちの攻撃は届きませんよ。タウィル・アト=ウムルの権限で生成した障壁は特別です。突破することは絶対にできません」
「それはどうでしょうか。レーヴァテインなら、きっと突破してくれるはずです!」
心子さんが大量の魔力をレーヴァテインに注ぎ込んで、レギンレイヴに向けて放つ。しかし障壁はびくともしない。
「そんなっ。これでもダメだなんて!」
「たとえ貴方たちの魔力を全てレーヴァテインに注ぎ込んだとしても、障壁に傷をつけることすらできません」
レーヴァテインは僕たちが撃てる最強の攻撃だ。それが完全に無効化されたと知って、僕たちの間に動揺が広がる。
「時間が経てば自然と消えたりしないのかな……? リーヴと戦っているときはそうだったよね」
ヒカちゃんがそう苦し紛れに呟いた。しかしレギンレイヴが否定する。
「あれは貸し与えた力だったからですよ。私が自分で行使するなら、制限はありません。いつまでも障壁を維持することができます」
さすがはタウィル・アト=ウムル。ヨグ=ソトースの使者、もしくは代行者とも評される存在だ。銀の鍵とは比べ物にならないレベルでヨグ=ソトースから力を引き出すことができている。
こちらの攻撃は一切届かず、相手だけが僕たちに攻撃できる状況だ。僕たちが今まで戦った中で最も強かったのは偽バルドルとロキだが、彼らと戦ったときですらここまで一方的ではなかった。
僕たちの切り札であるレーヴァテインすら効果が無かった以上、打つ手が無いように見える。でも僕たちの本当の切り札はレーヴァテインなんかじゃなかった。切り札はもっと別にあったのだ。
僕は銀の鍵を通じて、僕の世界のヒカルに呼びかける。
(ヒカル、聞こえるかい?)
(聞こえるよ、ユウ兄! 私が内側から妨害すればいいんだよね。でも1人じゃ無理だから、銀の鍵を通じて私に力を貸してくれないかな)
(それくらいはお安い御用だよ。一緒に頑張ろうね)
(うん!)
こうして近くでやり取りしてわかったことなのだが、ヒカルはレギンレイヴからタウィル・アト=ウムルの力を一部どころか、ちょうど半分奪っていた。
1つの肉体に2人の精神が入っているのだから、当然といえば当然かもしれない。でもタウィル・アト=ウムルの力を半分奪っていても、レギンレイヴと同じ土俵に立てたわけじゃない。
レギンレイヴは神で、ヒカルはエインフェリアだ。格が違うから、それだけでレギンレイヴの方が優位になる。それにタウィル・アト=ウムルとしての経験にも数千年レベルで大きな差がある。
そこを僕が銀の鍵を通じてヒカルをサポートすることで、差を埋める。
これでも僕は、銀の鍵や時空操作魔術においては天才らしいのだから、きっと大丈夫。違ったとしても、そうやって自分を鼓舞して実力以上の力を発揮しないと差が埋まらない。
僕もヒカルも1人じゃレギンレイヴに届かないだろう。いや、2人で力を合わせてもレギンレイヴの方が間違いなく上だ。
でもそれでも、レギンレイヴが張っている障壁を取り払うことくらいはできる。
「銀の鍵よ、僕を導け! 僕とヒカルを繋ぐ標となれ!!」
「障壁を消された!? ……もしかするとこうなるかもしれないって、思っていました。あなたとヒカルさんが奇跡を起こすかもしれないって。だからリーヴさんをけしかけて、時間を稼いでいる間に浸食を終えたかったのに……。間に合わなかった」
レギンレイヴは悲しそうな顔をする。
「平和のために、私は負けるわけにはいきません。もう……手加減できません。殺してしまうかもしれません。……だからできるだけ早く、降参してください」
先ほどまでのレギンレイヴは、絶対に負けるはずがなかった。一方的に無力化できるはずだから、僕たちを殺さないように手心を加える余裕があった。
でも僕とヒカルによって、レギンレイヴが負ける可能性が生まれたのだ。
ここまでは前哨戦。ここからが本当の戦いと言えるだろう。レギンレイヴは空間転移で僕たちから距離を取り、槍を構える。
「まとめてお相手します! ヨグ=ソトースの力をここに! 一網打尽です!!」
原理としては邪悪な心子さんがやっていたのと同じだ。空間転移で斬撃だけを飛ばす高等技術。だけどその精度と威力は邪悪な心子さんとは比べ物にならないほどに鋭い。
回避するのは不可能じゃないけど、ほとんど無理だ。僕と心子さんで手分けして障壁を作り、レギンレイヴが放った攻撃を防ぐ。
もし初見だったら対応できなかったに違いない。でも一度見たことがある技だから対処できる。
今まで僕たちが経験してきた全てを動員して、ようやくレギンレイヴにくらいついていける。
障壁を剥がしたとはいえ、時間加速によって行動速度が増しているレギンレイヴに攻撃を当てるのは至難の業だ。まずは動きを封じる必要がある。中級ルーン魔術の『動きを縛る吹雪』、上級ルーン魔術の『ラーンの網』を当てることができれば、レギンレイヴを鈍らせることができる。
この2つのルーン魔術は攻撃範囲が広いのも特徴だ。おかげで比較的ではあるが、当てやすい。
僕とヴァーリでレギンレイヴの逃げ場を無くし、ヒカちゃんと季桃さんにルーン魔術を当ててもらう。
「そんなっ。追い込まれた!」
レギンレイヴは咄嗟にルーン魔術で障壁を張るが、ヴァーリが連続で矢を撃つことで障壁を消滅させた。そのままレギンレイヴは『動きを縛る吹雪』と『ラーンの網』に2重に搦めとられる。
その隙を逃す心子さんではない。
「全力全開の一撃をいきます!!」
レーヴァテインを構えて、レギンレイヴに向けて魔力を爆発させた。これは勝負あっただろう。
タウィル・アト=ウムルだからなのか、無防備な状態でも多少はダメージが軽減されていた。それでも被害は甚大だ。
レギンレイヴはまだ倒れてはいない。でも目に見えて動きが鈍っていた。こんな状態ではまともに戦えるはずもない。レギンレイヴ自身にもその自覚があるようだった。
「そんな、このままでは負けてしまう! こうなったら賭けに出るしか……!!」
どうやら切り札を切るようだが、何をするつもりだ?
レギンレイヴが魔力を練ってヨグ=ソトースから力を引き出す。今まで感じたことの無いほど、莫大な力が渦巻いているのを感じる。
これはまずい……! 何をしようとしているのかはわからないが、発動されれば最悪の事態に陥ることは容易に想像できる。
「レギンレイヴに何もさせるな! 一気に畳みかけるんだ!」
しかし僕たちの奮闘も虚しく、レギンレイヴは切り札を完成させた。ヨグ=ソトースから引き出した力が弾けた瞬間、辺りの様子は様変わりしていた。
まず、レギンレイヴの傷が癒えている。軽傷はあるが、先ほどのような致命的なダメージは負っていない。回復したというよりは、そもそも攻撃を受けていないかのようだ。
対する僕たちは満身創痍だった。特に季桃さんとヴァーリは一度気絶していたようで、ふらふらしている。ヒカちゃんと心子さんがルーン魔術やトートの剣を使ってみんなを治療し、懸命に戦線を立て直しているところだった。
一体何が起こった……?
先ほどまでこちらが優勢だったはずなのに、いつの間にか形勢が逆転している。
「ユウ兄、どうしよう。どうやったら勝てるかな……? 少しはダメージが通ってるけど、全然攻撃できる隙が無いよね」
「どうにかこちらから攻めていく手立てを見つけなければなりませんね。レーヴァテインを使えるタイミングがあれば良いのですが……」
ヒカちゃんと心子さんがそんなことを僕に言ってきた。何を言っているんだ……? さっきまで僕たちが攻撃をしている側だったし、レーヴァテインだって完璧な形で撃ち込むことに成功した。
まるで最初から今までずっと劣勢だったかのような発言だ。
(ユウ君、聞こえる?)
僕の世界のヒカルが銀の鍵を通じて、声をかけてくる。
(聞こえるよ。何が起こったのか、ヒカルはわかる?)
(うん……。過去改変、だね。ほんの少しだけ、過去を改変されたみたい)
僕が改変前の出来事を覚えていられるのは、ヒカルが守ってくれたかららしい。
ただレギンレイヴを追い詰めただけでは、過去を変えて無かったことにされてしまう。
僕とヒカルが妨害すべきは特殊な障壁だけじゃない。過去改変の妨害も併せてやっていく必要があった。