114_レギンレイヴの真意_その2
レギンレイヴの目的は、全ての人々が幸せに生きていける世界を作ること。それを聞いてヴァーリがレギンレイヴに食って掛かる。
「はぁ……!? 真逆のことをしてるじゃねぇか。レーヴァテインで人類全員が死ぬように誘導してたんだろうが」
「それは……心苦しいことではあるのですが、魔力の確保にどうしても必要で……。私は夢の狭間に、永遠に続く平和で安らかな世界を作りたいのです」
少しだけ話が見えてきた。
レギンレイヴは夢の狭間に、彼女の箱庭を作ろうとしているのだ。
レーヴァテインと黄金の林檎で引き起こる爆発は化学反応ではない、魔力の爆発だ。魔力の爆発に巻き込まれた物質は、一度魔力に還元される。
それだけの魔力をもってすれば、夢の狭間に新世界を作ることも可能だろう。
「私は人々を殺したいわけじゃないんです。私の管理する平和な世界で幸せに暮らしてほしいんです。だから現実空間の肉体をレーヴァテインで消滅させて、消滅させたときに得られる魔力で夢の狭間に楽園を作ります。
肉体が滅ぶ瞬間に、全ての生命の精神を夢の狭間へ転移させれば誰一人として犠牲は出ません。まさに滅ぶ瞬間に……というのは非常に困難ではありますが、時空を制するタウィル・アト=ウムルである私なら可能です。
夢の狭間は管理者がいなくなると泡のように消えてしまう不確実な空間ですが、消えないように私が未来永劫管理します。窮極の門という特殊な空間で生きる私に寿命はありません。永遠に管理できるから、夢の狭間に作った楽園は消えません
"夢見"という技術をご存じでしょうか? 夢の狭間は夢と現実の性質を併せ持つ場所。"夢見"を使って様々な改変を行えば、自在な問題解決が可能なのです。
食料を巡って争うなら、私が食料を与えます。領土を巡って争うなら、私が土地を増やします。この宇宙が死する真なる終末を迎えるまで、私があらゆる人々の平和と幸せを約束します。
どうか皆さん、私の願いを理解していただけませんか? 協力してもらえませんか……?」
"夢見"はつい最近、邪悪な心子さんが使っていたのを目の当たりにしたばかりだ。"夢見"を使うのには才能が必要だが、今のレギンレイヴは数百の精神が歪に融合した存在だ。その中に"夢見"の才能の持ち主が何人も含まれていたのだろう。それらが寄り集まって、レギンレイヴは史上最大レベルの"夢見"の使い手になっていた。
さらにタウィル・アト=ウムルであるレギンレイヴなら、ヨグ=ソトースからサポートも受けられる。机上の空論を掲げているのではなく、本当に実行可能な計画として彼女は語っていた。
けれど僕たちは誰もレギンレイヴに賛同しなかった。
レギンレイヴは1人ずつ説得を試みる。
「成大心子さん。貴方は私の管理する楽園でなら、そんなに頑張らなくてもいいんです。元いた世界で自分だけが生き残ってしまった。だから頑張らないと、なんて思いを抱える必要はありません。肩の荷を下ろして、普通の人として生きていけます。問題が起きても私が全て解決しますから」
「……すみませんが、お断りします。『どうして僕だけが生き残ったのだろう。生き残ったのだから頑張らないと』なんて思いを抱えているのは事実です。僕以外の誰かが何とかしてくれないか、と思ったこともあります。サバイバーズギルトと言うのですよね。
けれどたった1人に世界を管理される、という不自然な状況を看過できません。貴方の匙加減や価値観1つで全てがひっくり返される、そんな世界には同意できません」
続いてレギンレイヴが標的としたのはヴァーリだ。
「ヴァーリさんは生まれてからずっと戦乱の日々を過ごしていますよね。戦争終結後もコールドスリープから起こされては争いばかり……。
でも、私が管理する世界なら戦う必要はありません。穏やかで平和な時間が続きます。生き残るために殺さなくてはならない世界はもう終わりです。自分が生き残るためにあの人が死ななければならなかった、なんて思う必要は無いんです」
「まあ、そういうことを思うことはあったよ。だが願い下げだ。なんつーか、オーディンと大差ねぇよお前。そりゃ戦乱の世の中よりはマシなんだろうさ。でもな、お前の望む世界のためにめちゃくちゃしたのは許せねぇ。
お前の暗躍で、今まで何人が犠牲になってんだよ。誰が世界を滅ぼしてお前の世界へ連れて行ってくれと言ったよ。
出来上がるものが違うだけで、無理やり自分の思想を押し付けてる。お前は俺を無理やり産ませたオーディンと変わんねぇよ。だからお前が作る世界に俺は賛成できねぇ」
ヴァーリに断られたのは一番予想外だったのだろうか。
「それでも……何と言われても皆さんを幸せにしたかったのです」
とレギンレイヴは小さく呟く。
次にレギンレイヴが問いかけたのは季桃さんだ。
「晴野季桃さん。この中で貴方が一番、平穏の大切さを実感しているはずです。他の方々とは違って元はただの一般人なのですから。エインフェリアになってから経験した、争いや戦いは苦しかったでしょう。人の死は、仮に敵対者のものであっても悲しかったでしょう。
このパラレルワールドの楽園ではなく、貴方の出身パラレルワールドの楽園を望むなら、そちらへ行ってもらうことも可能です。穏やかな日常がどれほど重要なものか、貴方ならわかるでしょう」
「それはわかる……。わかるんだけどね。誰かに押し付けられて得るものでもないって気持ち……伝わるかな。神から与えられたり施されたりするものじゃなくて、自分たちの日常は自分たちで用意するものだと思うんだ。
悲しいことが少ない方がいいのはもちろんだけど。でも人は知恵を出し合って改善していけるから、神様なんかに頼らなくてもやっていけると思うの。
マクロな視点で言えば、国にもよるけど、犯罪率とか、飢饉による餓死とかも減ってたり。ミクロな視点だと……私個人の話になるけど、両親とよく喧嘩してたのが解決したりね。だから自分たちで何とかするから、押し付けはお断りなんだ。
というか、私に聞くのは絶対人選ミスだよ! 私は人間至上主義のお婆ちゃんと思想が近いらしいんだからさ! 神からの施しとか反発するに決まってるじゃん!」
レギンレイヴは続いてヒカちゃんに尋ねる。
「私の精神が入り込んでいるこのヒカルさんとは異なる、そちらのヒカルさん。貴方は私と近い気質を持っていますよね。そうでなければ、私が力や知識を与えて侵蝕することができませんから。
平和な世界の大切さを、私と同じくらい理解しているはずです。私と同じくらい平和な世界を切望しているはずです。貴方は私に協力してもらえますか?」
「……前までの私だったら協力したかもね。呪いの件もあって、1人でいることが多かったから。みんな平和で平穏で、不幸なことが起こらない暮らしを望んでいるんだって、ぼんやりと考えてたの。
でもエインフェリアとしてユウ兄たちとやっていく中で、想像してたよりいろんな人がいることを知っちゃったから……。みんなが一緒に幸せになることはできないって、気づいちゃったんだ。
例えば戦争が大好きなオーディンとか、妻のためなら何でも犠牲にできてしまうリーヴさんとか。争って自分の優秀さを父に示したい偽バルドルとか、全てを蔑んで嘲笑いたい心子さんの邪悪な別人格とか……。
今挙げた人たちの望みって、私が望む、争いのない平和で安全な世界と両立できないもん。相反する望みを持つ人がいるとき、貴方はどうするつもりなの?」
「みんなが幸せになれるように、世界を分割します。夢の狭間に作る世界は1つでなくとも問題ありません。適切に管理すれば、きっと全員を幸せにできるはずです」
「それでも無理……じゃないかな。人の望みって複雑だもん。そんなに綺麗に分割できない。最後には1人ぼっちになっちゃう人もでてきそう……。人と接しないことが望み、みたいな状況に追い込まれる人だっているし。呪いがあった頃の私とかね。
確かに争いや不幸は減るだろうけど、それは平和で幸せなのかな……。レギンレイヴさんがみんな幸せになってほしいって考えてるの、すごくわかるの。私も同じように思ってるもん。
争いや不和を起こす人なんて隔離して排除してしまえって考える人もいて、それが間違ってるとも言えないけれどさ。現実でも極端な例を挙げれば、犯罪者を刑務所に隔離してるわけだし。
結論を出すことから逃げてるって言われたらそうなんだけど……。何が最善なのか私も全然答えを出せそうにないんだけど……。
でも、貴方のやり方じゃうまくいかないと思う。だから私は賛成できない」
4人に断られたレギンレイヴは悲しそうな表情を浮かべた。残りは僕だけだ。僕の答えは決まっている。
「……では最後、久世結人さんはどうですか?」
レギンレイヴが僕に問いかけたのはそれだけだった。彼女は僕の世界のヒカルと接する機会が多かったから、僕がなんと返事するかわかっているんだろう。
「別世界の僕を見ればわかるけど、僕は約束のために世界より自分を優先するような、そんな善良とは言い難い人間なんだ。だからキミの行いを非難するような資格は無いと思うし、キミがみんなのためを思って頑張ってきたことも否定はしない。
僕が言えるのは、その身体をヒカルに返してもらう。それだけだ」
僕がそう告げると、銀の鍵を通じて僕の脳内へ直接、僕の世界のヒカルが抗議してきた。
実はみんながレギンレイヴと言葉を交わしている間、僕は銀の鍵を通じて、表層には意識が出てきていない僕の世界のヒカルと交信していたのだ。
(言うべきことがもう1つあるでしょ!)
と僕の世界のヒカルはご立腹のようだ。
僕としてはヒカルが無事ならそれでいい。それ以上言うことはない。だけどヒカルが話してほしいというので、1つだけ内容をつけ加えることにした。
「もう1つだけ言わせてもらうね。レギンレイヴ、僕はキミのためにキミを止めてみせるよ」
「私のため……? 何を言って……」
レギンレイヴは怪訝そうな顔をしている。それもそうだろう。彼女は自覚していない。認識しているのは僕の世界のヒカルだけだ。
「銀の鍵を通じて、ヒカルが僕に伝えてくれたんだ。キミの精神がどうなっているのかをね。自覚が無いようだけど、キミの精神はボロボロだ。いつ崩壊してもおかしくない。
世界を滅ぼして楽園を作り上げても、キミの精神は力尽きる。寿命が無いから永久的に夢の狭間を管理できると言っていたけど、無理なんだよ。
そうなったら完全に終わりだ。キミが作った楽園は崩壊して空間ごと消滅し、最期には何も残らない真の終末が訪れる。そんな結末はキミも望んでいないだろう? だからキミのために、キミを止めてみせる」
「そんな……! 信じません、そんなこと! それが本当だったら、私は何のためにこれまで……!」
精神が融合する前の本来のレギンレイヴだったら、今の話を聞いて計画を中止できたんじゃないだろうか。
「嘘つき、嘘つきです! そんな嘘をついても騙されません!」
「僕は絶対に嘘はつかないよ。嘘は約束を守るのに一番不要なものだから。約束しよう、レギンレイヴ。僕はキミの望まない、真の滅びを阻止してみせる」
僕を批難しながらも、レギンレイヴは青ざめていた。計画の破綻を理解していながら、彼女は止まれなくなっている。
数百人もの精神が歪に融合した結果、平和を実現したい気持ちだけが先走っていて、レギンレイヴは正常な判断を下せていない。既に彼女の精神はそれほどまでに壊れていた。
「私は……! みんなが幸せに暮らせる世界を作ります! 争いで誰も傷つかない、平和な世界を! タウィル・アト=ウムルになる前からずっと見てきました! 戦争で辛い思いをする人たちを! 人々が苦しんで、痛くて、悲しむ姿はもう見たくないんです! 邪魔を……しないで!」
相手が神でも、僕よりもヨグ=ソトースの力を使いこなしていても、負けるつもりはない。
(ユウ君、私もついてるから! 絶対にレギンレイヴを止めようね!)
銀の鍵を通じて、僕の世界のヒカルが応援してくれている。
こんな状況で、義兄として負けられるはずがない。