113_レギンレイヴの真意_その1
相談した結果、レーヴァテインは心子さんが持つことになった。
トートの剣があるとはいえ、心子さんは攻撃手段に乏しい。それを補うための補助武器として使ってもらうのが狙いだ。
心子さんは自身がナイアラトテップであることを理由に辞退しようとした。こんな強力な神具をナイアラトテップに持たせていいのか、と。でも僕たちは心子さんを信頼しているし、僕たちの中で魔道具を最も上手く扱えるのは心子さんだ。彼女にレーヴァテインを任せるのが一番戦力になる。
最終的に心子さんが折れてレーヴァテインの所有者が決まった。きっとレギンレイヴとの戦いで役立ててくれるだろう。
エインフェリアとしてこの世界に呼ばれてから、本当に様々なことがあった。
ヒカちゃんや季桃さん、ヴァーリ、心子さんとの出会い。
ロキやリーヴ、偽バルドル、別世界の僕との争い。
それでもここまで辿り着いた。
ようやく僕は、僕の世界のヒカルと再会できる。
レギンレイヴに負けるわけにはいかない。僕たちは決意を固めてタウィル・アト=ウムルの御前へ乗り込んだ。
◇
「辿り着いてしまいましたか……」
「ヒカル……?」
探知魔術の反応を頼りにやってきたが、レギンレイヴの姿が見つからない。なぜか僕の世界のヒカルだけがいる。
だけどヒカルの様子がおかしいかった。
話し方も、仕草も、ヒカルのものじゃない。ヒカルの姿をしているけど、彼女は誰だ……?
「キミは……レギンレイヴなのか?」
「その通りです。この身体はヒカルさんのものですが、彼女の精神は裏に沈んでいて表には出ていません。今まで貴方たちのことは間接的に存じておりましたが、こうしてお会いするのは初めてですね」
元の心子さんと邪悪な心子さんのような状態になっているのだろう。身体の主導権をレギンレイヴが握っていて、ヒカルの精神は隠されている。
いったいどうしてそんなことに? まさか、間に合わなかったのか……?
絶望に打ちひしがれそうになった僕だったが、ヒカちゃんの言葉で正気を取り戻す。
「浸食が完了してるわけじゃないと思うよ。たぶん、レギンレイヴがそっちの私の身体の中にいるのは侵蝕とは別の要因だと思うの。侵蝕されているってだけで邪魔ができるなら、私だって浸食されているんだからレギンレイヴの妨害ができたはず。でも、私はできないの」
レギンレイヴの精神が僕の世界のヒカルの身体に入り込んでいたから、今まで妨害できていたということか?
でもそもそもどうしてレギンレイヴが入り込んでいるんだろう。
「私がヒカルさんの身体に入り込んでしまったのは、久世結人さん、あなたのせいですよ」
「僕のせい……?」
僕に心当たりはまったく無い。でもレギンレイヴがこの状況で嘘をつく理由も無い。
レギンレイヴが告げる。
「貴方はエインフェリアになる際、貴方の世界のヒカルさんを強引に巻き込みましたね。そのとき、戦乙女という仕組みに不具合が生じたのです。
通常であれば、私が力と知識を与えて侵蝕する戦乙女は1人だけ。しかし結人さんがヒカルさんを巻き込んで連れてきたせいで、戦乙女が2人になりました。
同時に2人の戦乙女を侵蝕できるように私はできていません。事故が起きて、精神のみの存在である私はこのヒカルさんの身体に入り込んでしまいました」
「レギンレイヴが精神のみの存在ってどういうことだ?」
レギンレイヴの本体は初代レギンレイヴを核として、これまで力を受け継いできた戦乙女たちの精神が歪に交じり合った存在だ。
初代レギンレイヴには肉体があったはず。寿命についてもタウィル・アト=ウムルであれば、超越できるはずだ。そうでないと、黄金の林檎を持っていなかったオーディンはどうやって生き永らえるつもりだったんだという話になるから。
レギンレイヴは疑問に答えてくれる。隠すつもりも、有耶無耶にするつもりも無いのだろう。
「元々は他の戦乙女と同様に、私も肉体を持っていたのですけどね……。どうして私がここにいるのか、なぜタウィル・アト=ウムルとなったのか、話しましょうか。それで全てがわかるはずです」
そんな言葉から始まったのは、彼女が過ごした長い年月についての独白だった。
僕たちは静かにそれを聞いていく。
「オーディンは別世界の自分と戦争をするための戦力として、エインフェリアを集める計画を立てていました。エインフェリアを作り出すには戦乙女が最低でも1人必要です。そして計画の要である以上、すぐ傍に置いておきたい。
そこで彼は戦乙女を1人、窮極の門へ連れていくことにしました。
本来であればブリュンヒルデという戦乙女を連れていく心算だったそうですね。ブリュンヒルデはオーディンに目をかけられていましたし、強い男への執着が強く、側近に最適だったのでしょう。
しかしブリュンヒルデは竜殺しの英雄シグルドを巡る争いの中で死んでしまいました。だからその代役として、偶然近くにいた私が窮極の門へ連れていかれることになりました。
戦乙女はオーディンの戦争を補佐するために生まれた女神。個人差はあれど、戦乙女は戦いや争い、そして戦争で武勲を立てた者を好みます。
けれど私は戦乙女でありながら……。多くの人が傷つく戦争を、どうしても好きになれなかった……!
窮極の門は幻夢境と同じく、肉体ごとでも精神のみでも存在可能な空間です。ですが精神のみとなってしまった私は、精神のみでは存在できない現実空間に帰ることができません。オーディンは私が逃げ出さないように、私の肉体を破棄して精神だけを窮極の門へ転移させたのです。
精神だけとなった私は何もできないまま、エインフェリアを作らされるだけの存在となっていました。
ですが、ある日のこと……。オーディンがヨグ=ソトースの怒りを買って自滅したのです。
角度の時空ティンダロスに潜む者たちと戦争をしようとして、こちらの次元に招き入れようとしていたのですよ。要は外患誘致です。貴方達が晴渡神社と呼ばれる場所で戦ったミゼーアの先端など、些事と呼べる規模での戦争を画策していたのです。
オーディンはもっと盛大に、この次元と角度の次元の全面戦争を想定していました。異なるパラレルワールドの自分すら打ち倒した後、全てのパラレルワールドの頂点に立った後の戦争相手として、角度の時空に住む者たちを予定していたのです。
ですがヨグ=ソトースはそれを望んでいませんでした。ヨグ=ソトースはこの時空そのものと言えますから、角度の時空と全面戦争なんて自分の身体をズタズタにされるようなものです。
だから危険思想を持っていたオーディンは粛清され、代わりに私がタウィル・アト=ウムルになって力を手に入れました。
私はタウィル・アト=ウムルになってからこれまでずっと、レーヴァテインと黄金の林檎でこの世界を焼いてもらうように暗躍してきたのです。
精神のみの存在であることは変わりないため、取れる手段は限られていましたが……。ヒカルさんのような子を侵蝕して、少しずつムスペル教団が有利になるよう誘導することはできました。
その努力が実を結んで、ようやくムスペル教団が勝利するはずだったのに。やっと私の願いが叶う目前だったのに……。
それなのに……貴方が自分のパラレルワールドのヒカルさんをエインフェリア化に巻き込んだから……。
事故が起きて、精神のみの存在である私はこのヒカルさんの身体に入り込んでしまいました。さらに肉体がヒカルさんのものであるせいか、タウィル・アト=ウムルの力の一部をヒカルさんに奪われたのです。
私が侵蝕すべき相手が……ヒカルさんが2人いるから、何もかもが異常な状態にあったのです」
今の状況はわかった。
僕の世界のヒカルがヨグ=ソトースから力を引き出せていたのも、タウィル・アト=ウムルの権限を使っていたのなら納得だ。銀の鍵以上に力を引き出せていたのも、それが理由だろう。
でも……レギンレイヴはなぜ世界を滅ぼそうとしているのか。それをまだ彼女は話していない。
「キミの最終的な目的を話してくれないか。キミはヒカルと同じような優しい気質の持ち主なんだろう? それなのに、どうして世界を滅ぼそうとしているんだ」
「そうですね……。信じていただけるかはわかりませんが、私は何かが憎くて世界を滅ぼすわけではありません。争いは嫌いですし、私の願いに賛同していただけるなら、今からでも協力関係にすらなれると思っています」
一呼吸をおいてから、レギンレイヴは真剣な面持ちで告げた。
「私の目的は、"全ての人々が幸せに生きていける世界を作ること"なんです」