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103_VSムスペル教団_その1

 戦いの火蓋が切られ、全員が同時に行動を開始した。


 最初に行動を終えたのは別世界の僕だ。なんせ、エインフェリアですら目視できない速度で早撃ちするのだから、気づいたときには攻撃が終わっている。


 でもまあ、これは威嚇射撃のようなものだ。あらかじめ障壁を張ってあるから、むやみやたらな攻撃が届くはずもない。別世界の僕も当然それはわかっている。どちらかと言えば、この発砲音が戦いの合図となったと表現した方が適切かもしれない。


 僕たちはここに辿り着くまでに、彼らと戦うための作戦を決めていた。


 僕とヒカちゃんでロキを抑え、季桃さんとヴァーリで別世界の僕を倒す。心子とリーヴには1対1で戦ってもらう。これ以外の作戦は考えられない。


 この布陣にした一番の理由は、ロキを抑えられるのは僕とヒカちゃんの組み合わせしかないからだ。


 時空操作魔術とルーン魔術を高いレベルで使いこなすロキを相手取るには、こちらも時空操作魔術とルーン魔術を駆使する必要がある。


 時空操作魔術は心子さんも使えるけど、彼女はエインフェリアじゃないからロキの相手は無理だ。心子さんはロキの牽制程度の一撃で即死させられてしまうだろう。また、ルーン魔術は魔石と魔術起動装置でも発動できるけど、魔石に応じた特定の魔術しか発動できないから自由度が低い。様々なルーン魔術を柔軟に使えるヒカちゃんでなければ心許なかった。


 僕たちがロキを最も警戒しているのは間違いないが、残りの割り当てもしっかり意味がある。別世界の僕に季桃さんとヴァーリをあてがった理由だが、これは旧き印の弾丸対策だ。


 別世界の僕が行う射撃の瞬間を、少しでも見極めることができるのは季桃さんだけだ。そして、旧き印の弾丸をまともに受け止められるのはヴァーリだけ。エインフェリアじゃない心子さんにも旧き印は効果が無いが、彼女はトートの剣で守られているとはいえ、当たり方次第で銃弾が普通に致命傷になる。


 最後はリーヴについてだが、彼を自由にしておくのも恐ろしい。彼はエインフェリアではない人間だが、それでもエインフェリア数人を同時に相手できるだけの実力がある。


 リーヴを牽制する役が必要だ。というわけで、その役目を担う人材として心子さんに白羽の矢が立った。それに心子さんだってリーヴに負けていない。心子さんならリーヴと真正面から戦っても、良い勝負になるはずだ。


 それにリーヴは竜の血のおかげでどんな攻撃でも傷つかないとも評される強靭な身体を持っているが、心子さんには竜の血に対抗するための秘策があった。そういうわけで、彼女なら必ずリーヴを倒してくれると僕は信じている。


 というか、彼女がリーヴを倒してくれないとかなりまずい。


 僕とヒカちゃんの2人だけではロキを相手に長くは持たないし、別世界の僕は弱っているとはいえ、季桃さんとヴァーリだけでは決め手に欠けるだろう。


 心子さんがリーヴを倒して季桃さんたちに加勢し、その勢いで別世界の僕を倒してくれないと、いずれ僕たちはロキに蹂躙されてしまう。この戦いは心子さんとリーヴの勝敗が全体に波及すると言えるだろう。


 もちろん、心子さんがリーヴに勝ってくれるまでに、僕とヒカちゃんがロキに倒されないことが前提としてあるけれど。


 ロキは黒い霧のルーン魔術を駆使して、僕とヒカちゃんを追い詰める。しかし僕たちはシミュレーションのロキと戦ったことがあるおかげで、うまく対処することができていた。


 そんな僕たちの様子を見て、ロキが呟く。


「なんか違和感があるわね。まるで私の戦い方を知っているような感じ。もしかして別のパラレルワールドの私と戦ったことがある? いや、違うわね。うーん……。夢の狭間を利用して、過去の私と戦ったとかかしら」


 相変わらず、ロキは察しが良すぎる。どうして戦う姿を見ただけで、そこまで完璧に正解を当てられるんだ。


「そういうことなら、昔の私じゃできなかったことをしようかしら。片目を捧げた代わりに、私も知恵をつけたのよ」


 ロキはまず、中級ルーン魔術の『魔術的強化を解除する』魔術で僕たちの障壁や強化を剥ぎ取った。さらに黒い霧の魔術で僕たちの動きを阻害してから、懐から取り出した短剣を大きく振りかぶる。


 よし、今回は黒い霧で銀の鍵を封じられなかった。その辺りの成功率はほぼ変わっていないみたいだ。


 けれどここまでの行動は、シミュレーションのロキと同じ。違うとしたら、ここからだ。


「私がオーディンの一番なのよ! 私がオーディンの戦争相手を務めて、彼から寵愛を受けるのよ! そのために、みんな死になさい!」


 ロキが持てる全てを注ぎ込んで、短剣を投擲した。その威力は過去のロキよりもさらに強力で、銀の鍵で生成した障壁すらものともせずに貫いて、あらゆるものを粉砕するだろう。


 だけど今は誰も転移封じをしていない。それなら空間転移で回避すればいいだけだ。


 ロキが投擲した射線上に、僕以外誰もいないことは確認してある。そういうわけで、僕は空間転移でロキの攻撃を回避した。


 ……けれど、それで終わりじゃなかった。


 投擲した直後、ロキは転移のための"門"を2つ生成した。僕が回避した短剣は"門"の片割れに吸い込まれ、もう片方の"門"から僕へ目掛けて飛び出してくる。


 僕はそれも再び回避するが、また新しい"門"が生成されて、再び剣が僕に飛来する。ロキはそれだけじゃ飽き足らず、さらに短剣を取り出して、2本、3本と続けて投げてきた。


 一発でも当たれば死んでしまう即死攻撃を何本も延々とループさせてくるなんて! もうめちゃくちゃだ!!


 当初は僕の排除を優先していたロキだったが、途中で焦れたのか標的をヒカちゃんに変える。ヒカちゃん1人では絶対に避けられない。僕はヒカちゃんの傍に一度転移をしてから、彼女を抱えて再び回避を再開する。


 僕が普段使っている空間転移は、転移に巻き込める有効範囲が結構狭い。だからヒカちゃんを転移で逃がすためには、彼女の傍に一度近づく必要があった。いつもみんなで空間転移をするときはみんなに集まってもらっているが、それも同じ理由だ。


 幸い、ロキは僕とヒカちゃん以外は狙ってこなかった。もし僕たち以外を狙った場合、リーヴと別世界の僕を巻き込む危険があるからだろう。


 ロキがこの場において飛びぬけて強いから、一見するとムスペル教団側に分があるように見える。けれど実際のところは、ムスペル教団側にも余裕はない。何かの間違いでロキが味方を巻き込んでしまったら、一気に形勢が逆転して僕たちが勝利する。


 それがわかっているからロキは僕とヒカちゃんだけに注力しているのだ。ロキは可能であれば銀の鍵を使いこなしている僕、そうでなくても僕をサポートしているヒカちゃんを倒したい。どっちかを倒すことができれば、ムスペル教団側の勝ちが確定する。


 ロキが投げた短剣を止めるのは不可能に近い。障壁をぶつけてやっても、障壁が瞬時に粉砕されるだけで終わる。さすがにぶつかった直後は少し減速するけど、ロキが投げた短剣はロケットのように加速を続けているから、すぐに元の速度に戻る。


 そうなるとロキが"門"で再射出できないように、短剣をどこか遠くへ転移させるしかないだろう。でも僕にそんな余裕はなかった。そもそも高速で動いている物体を転移させるのは非常に大変なのだ。1本ずつ対処するならともかく、空間転移で回避しながら、複数を同時に対処するのは失敗する可能性が高い。


 ロキも5本の短剣を制御するのが限界のようで、苦し気な表情を浮かべながら"門"を生成して僕とヒカちゃんに攻撃している。

 シミュレーションのロキがこの戦法を使ってこなかったのも頷ける話だ。あのときは転移を封じてある環境下だったこともあるだろうが、もっと単純に、当時のロキにはできなかったんだろう。


 ともかく、僕は自力で短剣を排除できそうにない。ヒカちゃんもルーン魔術で撃ち落とそうとしてくれるけど、なかなか難しい。


「心子さん、フォローを頼む!」


「承知しました!」


 僕に余裕が無いなら、心子さんに頼むしかない。彼女になら"門"を作ってもらって、ロキが投げた短剣をどこかへ捨ててもらえる。


 しかし"門"を作ろうとしている心子さんに、リーヴが割り込んだ。


「私を前にしてよそ見とは、随分と嘗められたものだな!」


 リーヴは彼の背丈ほどもある大剣を軽々と振り回している。彼自身が2メートル近いので、剣もそれくらい大きい。


 リーヴは人間とは思えないほどの剛力で心子さんを追いつめていた。彼が一撃を放つごとに、床や壁が崩れ落ち、粉砕される。それと同時に『炎の弾丸』魔術なども駆使して、微塵も隙を見せない。


 竜殺しの英雄と評される父の才能は、息子であるリーヴにも備わっていた。


「行け! ティンダロスのもの共よ!」


 心子さんは壊れた銀の鍵を掲げて、その中に封じていたスコルの子を解き放つ。スコルの子を使役する心子さんを見たのは、認識阻害魔術のせいで僕と優紗ちゃんと衝突したとき以来だ。


 なぜ心子さんがあまりスコルの子を使役しないかといえば、スコルの子があまり強くないからに他ならない。スコルの子の戦闘力は一般的なエインフェリア以下。今この場においても、大してあてにはできないだろう。


「そのような雑魚で止められると思うのか!!」


 リーヴが大剣を横薙ぎに振るうだけでスコルの子は倒されて、角度の時空ティンダロスへと逃げ帰ってしまう。


 スコルの子を一撃だなんてリーヴは本当に人間かと疑いたくなるが、事実なのだから仕方ない。オーディンに復讐を果たすために、数千年も鍛錬を続けてきた結果なのだろう。ルーン魔術による身体強化込みのようだが、それでも恐ろしい。


 でも心子さんはスコルの子をけしかけた目的は達成できたようで、高らかに宣言する。


「少しでも時間を稼げれば十分なんです! 結人さん! 今、"門"を作ります!」


 心子さんは時空操作魔術で"門"を作成する。ロキが投擲していた5本の短剣うち2つだけ、心子さんが生成した"門"に吸い込まれて姿を消す。その調子で残りも全部消してほしいところだが、邪魔が入った。


「それ以上させるか!」


 そう言って心子さんを妨害したのは別世界の僕だ。ヴァーリのせいで拳銃の射線は通っていないが、ヨグ=ソトースの拳なら射線は関係ない。


 ヨグ=ソトースの拳には殺傷能力が無いため、心子さんにダメージはなかった。けれど彼女を吹き飛ばして、"門"の生成を妨害するだけなら十分だった。


 でも心子さんはいい仕事をしてくれた。短剣が2つも減ったなら、後は僕自身で対処できる。


「銀の鍵よ、僕を導け! 逆境を打ち破る道を切り開け!」


 僕も"門"を生成して残りの短剣を遠くへと転移させる。


「まさか対処されるなんてね……」


 大技を放った直後で疲弊しているようで、ロキは息も絶え絶えにそう呟いた。


 この戦いの流れは、僕たちの方が掴んでいる。


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