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102_衝突の直前

 襲ってくるエインフェリアたちを蹴散らしながら、僕たちはムスペル教団本部の最奥へと辿り着く。そこにはやはり、別世界の僕、ロキ、ルベドの3人がいた。


 彼らの傍らには、2つの物品が置いてある。


 1つ目はレーヴァテインが封じられた箱だ。レーギャルンと呼ばれるこの箱を開けなければレーヴァテインは手に入らない。ただし、箱を開く正規の手段は神話の時代に失われてしまっている。無理やりこじ開けるためには、膨大な量の魔力が必要だ。


 そしてもう1つは不老になれる神具である黄金の林檎だ。黄金の林檎は膨大な魔力を秘めている。これを使えば箱をこじ開けて、レーヴァテインを手に入れられるだろう。


 ただし黄金の林檎を使ってこじ開けた場合、黄金の林檎は消滅してしまう。黄金の林檎なしでは、レーヴァテインを使った自爆攻撃が窮極の門にいるオーディンまで届かない。


 だからムスペル教団は、黄金の林檎に匹敵する魔力を有したアイテムを、もう1つ必要としていた。


 僕たちは互いに睨みあうが、一触即発とはならなかった。前座を楽しむような様子でロキが声をかけてくる。


「貴方たちが偽バルドルを倒して黄金の腕輪を手に入れたって本当? じゃあオーディンとやってた代理戦争は私の勝ちになるのかしら。私の代理人であるルベドがまだ生きていて、オーディンの代理人である偽バルドルは死んだわけだしね」


 ロキとオーディンの享楽に興味はない。僕はロキの言葉を切って捨てる。


「代理戦争の勝ち負けなんてどうでもいいよ。黄金の腕輪は僕たちが手に入れた。同じように、レーヴァテインも僕たちがもらう」


「あーもう、あなた大嫌いよ。私とオーディンの戦争を邪魔しちゃってさ! あなたたちをさっさと殺して、奪った黄金の腕輪でレーギャルンをこじ開けて、レーヴァテインで黄金の林檎に火を点けておしまいにするわ」


 確かに黄金の腕輪は、黄金の林檎と同じくらいの魔力を秘めている。別世界の僕が黄金の腕輪を狙っていたのは、箱をこじ開けるための魔力を確保するためだったようだ。


 実は黄金の林檎や黄金の腕輪と同じ程度の魔力を持っている神具はもう1つある。ヒカちゃんに呪いをもたらしていた黄金の首飾りだ。


 だけどこのパラレルワールドの黄金の首飾りは、ヒカちゃんが戦乙女として覚醒するために使われてしまった。ヒカちゃんが元々持っていた黄金の首飾りも、彼女の出身パラレルワールドに置き去りになってしまったため、このパラレルワールドには存在しない。


 そう考えると、このパラレルワールドは別世界の僕にとっては相当に不利なパラレルワールドだと言えるだろう。なぜかといえば、偽バルドルから黄金の腕輪を奪うより、ヒカちゃんから黄金の首飾りを奪う方が簡単だからだ。黄金の首飾りが消失しているパラレルワールドだったせいで、彼は相当に遠回りを強いられていたのだろう。


 ヒカちゃんがルベド改め、リーヴに問いかける。


「あの、その……。……本名もわかってることだし、リーヴさんって呼んだ方がいいのかな。あなたはどうしてオーディンに復讐しようとしているの……?」


 それは僕も気になっていた。


 シミュレーションで見た過去のリーヴは、母親が画策していた復讐に賛同していなかった。あくまで付き添い。そういうスタンスだったはずなのに。


 まあ、だいたい想像はつくけれど……。


「……妻が殺されたとき、私も狂っただけだよ。母と同じようにな。オーディンがパラレルワールドの自分と戦争をしたいなどとおかしなことを望むから、私の妻は殺されたのだ。


 妻はレギンレイヴの子孫だった。戦乙女になれる人物だった。だから……。オーディンは戦乙女を用意するために、偽バルドルに命じて私の妻を殺したのだ! さ妻だけじゃない! 私の子や孫も、レギンレイヴの本体との相性が良く、戦乙女の資質を持っていた者は何人も殺された! 許せない、許せない!! 本来であれば、私は家族と共に穏やかに暮らせていたのに!! 私の血の一滴までも、全て使ってオーディンに復讐してやる。殺してやる……!!!」


 リーヴは話し始めは冷静な様子だった。けれど話しているうちに当時のことを思い出したのか、どんどんと我を失って声を荒げながら激昂する。


 その姿は、シミュレーションで見た彼の母親とそっくりだった。


「僕たちもキミたちも、オーディンを倒すという目的は一致してる。別世界の僕は少し違うのかもしれないけど、いっそ共闘すれば世界を滅ぼさなくてもいいんじゃないか?」


 僕はそう提案したが、ロキに一蹴される。


「何言ってるの? 無理よ無理。ここにいる全員が束になってもオーディンには勝てないわ。元々信じられないくらい強かったけど、タウィル・アト=ウムルになった今はめちゃくちゃよ」


 全員でかかってもオーディンには勝てないなんて、そんなことありえるのか? 僕が懐疑的な表情を浮かべていると、ロキが補足してくる。


「あなたにわかりやすく言うなら、オーディンは素の状態で旧支配者レベルよ。タウィル・アト=ウムルになった今なら、下位の外なる神に匹敵するんじゃないかしら」


 旧支配者というのは、魔術師が邪神の強さをランク分けする際に使う呼び方だ。


 ロキと偽バルドルは旧支配者にギリギリ届かないくらいに分類されると思う。なので彼らより強いオーディンが旧支配者レベルというのは想定していた。


 でも、下位だとしても外なる神はやばい。


 ヨグ=ソトースは外なる神の副王と呼ばれるような存在だから、例として挙げるのは不適切だけど……。でも分類するならそこだとロキは言っているのだ。


 話を理解していないヒカちゃんたちはよくわからないって顔をしているが、知識を持っている心子さんは青い顔をしている。


 まあでも……正直なところ、ロキの話は話半分に聞いていた方がいい。たぶんオーディンは、外なる神ほど強くない。


 なぜそんなことが言えるのか。それは僕の世界のヒカルとレギンレイヴの本体が、オーディンに抗うことができているからだ。2人が抗ってくれていないと、僕たちは偽バルドルと戦っている最中に銀の鍵を封じられて、とっくに死んでいる。


 僕の世界のヒカルがなぜかヨグ=ソトースから力を引き出せていることを考慮しても、外なる神に抗うには力が足りない。


 そう考えると、やはりせいぜいが旧支配者クラス。オーディンは外なる神ほどは強くない。オーディンに心酔しているロキの言うことなので、誇張した表現になっているのだろう。


 僕の分析を知ってか知らずか、ロキはオーディンについて話を続ける。


「というわけで、オーディンはとっても強いのよ! だからせめて相打ち狙いで、レーヴァテインと黄金の林檎を使って爆撃するんだから。爆発と共にオーディンへ届け! 私の愛とルベドの恨み! って感じ? 

 これなら絶対にオーディンを殺せると思うんだけど、それでもあの人なら防いでしまうのかしらね……? 『さすがロキだね、生まれて初めて命の危機を感じた。やはりキミとの戦争が一番楽しいよ』とか思ってくれないかしら」


 レーヴァテインと黄金の林檎を使った爆撃は、外なる神の最上位であるヨグ=ソトースですら自身への攻撃と認識するほどの威力だ。


 それなら下位の外なる神を殺すことも可能かもしれないが……。ロキの言う通り、防いでしまう可能性も十分高い。


 あの爆撃の威力は下位の外なる神が死ぬか死なないか、ちょうどその境目くらいだと思う。旧支配者レベルなら確実に死ぬだろう。


「まあ、そろそろ始めましょうか。貴方たちを殺して、黄金の腕輪を奪って、レーヴァテインであの人に私の愛を伝えるんだから!」


 ロキがそう宣言したとき、別世界の僕がヒカちゃんを見つめていることに僕は気づいた。実は彼はさっきから何度もヒカちゃんに意識を向けている。


 これで何度目だろう? どういう意図があるんだ?


「ねぇ、別世界の僕。ヒカちゃんに何かあるの? キミは何度かヒカちゃんのことを気にしているよね」


「キミが知ることじゃないよ。さあ決着をつけようか。僕はこの世界を滅ぼして、自分のパラレルワールドへ帰る。それが祈里さんとの約束を守る、唯一の道だから!」


 これまで経験したどの戦いよりも厳しくなるのは間違いない。僕は覚悟を決めて、銀の鍵を握りしめた。


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