101_ムスペル教団の本部へ
僕たち5人を相手に奮闘していた別世界の僕だったが、さすがに限界はある。勝敗はもはや決したも同然だった。
僕は別世界の僕に告げる。
「僕たちの勝ちだね。もうキミに勝ち目はない」
しかし、別世界の僕はまだ諦めていないようだった。
「いいや、まだだ! 僕は絶対に、祈里さんが待つ元のパラレルワールドへ帰る! そのためにムスペル教団なんかとも手を組んだんだ。この程度の状況で諦めるわけにはいかない。キミも僕ならわかるだろう? 僕が約束を破るわけがないって」
別世界の僕が何を言いたいのか、僕にはわかる。
僕は絶対に約束を破らない。僕は嘘つきの両親と同じにはならない。傍にいるとか守るとか、そう約束してくれたのに突然1人にされる辛さと悲しさ、そして喪失感を僕は知っている。父さんと母さんはすぐに帰ると言ったのに、いつまでたっても帰ってこなかった。
「それなのに祈里さんと結婚の約束をして、一緒にいると約束して……。1人にしないって約束した僕が帰らないわけにいかないだろ!!」
「動機はわかったよ。でもどうしてそれがムスペル教団の味方をすることに繋がるんだ!? ムスペル教団は世界を滅ぼすんだぞ! しかもキミはこのパラレルワールドだけじゃなくて、他のパラレルワールドでもそうしてきたんだろ!? どうして!?」
「パラレルワールドを滅ぼすことが、元のパラレルワールドに戻してもらう条件だから。1つ滅ぼす度に一定期間だけ元のパラレルワールドに戻してもらえる。タウィル・アト=ウムルには勝てなくて、譲歩された条件がそれなんだ」
苦渋の表情を浮かべながら、別世界の僕はそう証言した。
タウィル・アト=ウムルに他のパラレルワールドを滅ぼせと指示された。ということはつまり、別世界の僕は異なるパラレルワールドのオーディンに遣わされた兵士であることを意味していた。
オーディンは別世界の自分自身との戦争を望んでいる。ロキと代理戦争中だというから、まだオーディン同士の戦争は始まっていないものだと思い込んでいた。しかし別世界の僕の証言を信じるなら、限定的ではあるけれど既に始まっているようだった。
もしかすると、彼はオーディンが別のパラレルワールドへ派遣した1人目の兵士なのかもしれない。タウィル・アト=ウムルに挑んだということは、彼はムスペル教団にも勝った可能性が高い。彼がいたパラレルワールドは、彼がムスペル教団を倒したからこそロキとオーディンの代理戦争が終結し、オーディン同士の戦争という次のステップへ進んだと考えられる。
ヴァーリが別世界の僕を睨んで問い詰める。
「てめぇは別世界のオーディンの手下ってことかよ。それで諦めねぇのはいいけど、ここからどうする気なんだ? もう立っているのもやっとだろ」
「奥の手を切らせてもらう。あまり見せたくなかったけどね」
そう言うと別世界の僕は"2本目の銀の鍵"を取り出した。
心子さんが驚愕の声をあげる。
「2本目!? 使い手として認められている銀の鍵を2つ持っているのですか!?」
「この2本目は、エインフェリアとして召喚されたパラレルワールドで出会ったエインフェリアの祈里さんからもらった銀の鍵だよ。お互いに元の世界に戻ろうって、それで任命してくれたんだ。
……その祈里さんはもう亡くなったけどね。エインフェリアの祈里さんから受けた厚意のためにも、僕は帰らないといけない。絶対に……。銀の鍵よ、僕を導け! 逆巻く運命よ、変転しろ!!」
別世界の僕は2本の銀の鍵を使い、僕と心子さんが発動していた転移封じをこじ開けようとする。
銀の鍵の本数が同じなら、基本的な出力は同じだ。だけど不意を突かれたこともあって、僕たちの転移封じは強引に打ち破られてしまった。
「仕切り直し……いや、僕を追ってこい! 僕もお前たちを倒して、黄金の腕輪を確保しなきゃならないんだ。こうなったらムスペル教団を全面的に巻き込んでやる。1人じゃお前たちを倒せないなら、ロキやルベドと一緒にお前たちを潰してやる」
別世界の僕はそう言い残して、どこかへ転移していった。発言から察するに、ムスペル教団の本部だろう。
「ねぇユウ兄。追ってこいとか言ってたけど、どうやって追うの?」
「戦いの途中で彼に探知魔術をかけておいたんだけどさ、僕たちが追ってこれるように、わざと解除してないみたいだね。これなら転移で追うことは可能だよ」
でも本当に追っていいのか? どう考えても罠でしかない。季桃さんもそれを指摘してくる。
「これ絶対罠だよね!? だってムスペル教団には敵がたくさんいるんだよ!? ロキ、ルベド、別世界の結人さんの3人だけでも大変なのに、エインフェリアもそこそこいるはずだしさ!」
季桃さんの言うことはもっともだ。
別世界の僕は各個撃破されることを恐れている。先ほどの戦いで、僕たちがロキを倒せるほどの力を持っていると彼は理解したはずだ。ムスペル教団の戦力を少しずつ削っていけば、僕たちが勝てる。
きっと別世界の僕も、エインフェリアとして最初に召喚されたパラレルワールドでは、ムスペル教団の戦力を削り取るような戦い方をしたのだろう。彼はその経験を元に、ムスペル教団の戦力を集結させるという僕たちが嫌がる戦略を取ろうとしている。
やはりこのままムスペル教団に突っ込むのはやめた方がいいのだろうか。でも実は、ムスペル教団の本部へ今すぐ突入することで得られるメリットが僕たちにもある。
いろいろと考えた結果、僕は決断を下した。
「行こう、ムスペル教団の本部へ。この状況をロキとルベドが想定していたとは思えないから、今なら奇襲になるはずだ。この混乱に乗じて一気に制圧するのが一番勝算が高い。時間をかけるほどムスペル教団が体制を固めてしまうからね。今ならきっと、本部にいるエインフェリアの数も少ないはずだよ」
僕の提案に心子さんも賛同してくれる。
「僕も同じ意見です。それに加えて、今は別世界の結人さんが消耗しているのも大きいですね。ムスペル教団の戦力として特に警戒すべきは、ロキ、ルベド、別世界の結人さんの3人です。その三大戦力の一角が弱っているのは見逃せません」
別世界の僕は僕たちがどれほど強いのか、ロキとルベドに伝えるはずだ。ロキたちが常に行動を共にするようになってしまったら、どうせ3人同時に相手することになる。
相手にする人数が同じなら、1人でも弱っている方が良いに決まっている。
僕と心子さんの説得で、本部へ突入する方向で話がまとまっていく。
「シミュレーションのロキになら一度勝ってるわけだし、そう考えると無理ってほどでもないのかな?」
「じゃあチャンスなんだから行かなきゃ! ここが正念場だね」
「ようやくロキをぶち殺す日が来たか。あいつに人生を狂わされたやつらの分も全部ぶつけてやろうぜ」
季桃さん、ヒカちゃん、ヴァーリも納得したようだ。そうと決まれば、敵に体制を整えさせないために少しでも早く転移した方がいい。
別世界の僕につけた探知魔術を参照しながら、僕はムスペル教団の本部の近くを目指して空間転移を発動した。
別世界の僕のすぐ傍へ直接転移しなかったのは、転移直後に集中砲火を受けることを避けるためだ。もしすぐ傍へ無防備に転移したら、僕たちが偽バルドルに仕掛けたのと同じことをされていただろう。
ムスペル教団の本部は大きなお屋敷のような建物だった。探知魔術の反応から考えると、別世界の僕は本部の最奥にいるようだ。
本部に侵入した僕たちを数人のエインフェリアが出迎える。けれど、予想以上にエインフェリアの数が少なかった。ヴァーリが笑うように言う。
「やっぱりムスペル教団側は迎撃の用意ができてねぇんだろ。この程度なら銀の鍵を使えるこっちが圧倒的に有利だ。さっさと蹴散らしちまおうぜ」
人数で劣る僕たちは、増援が増えて囲まれるのが一番まずい。多少無茶な攻め方でもいいので、さっさと敵の数を減らすのが先決だ。
「ルーン魔術で一気に片づけちゃうね!」
ヒカちゃんが惜しみなくルーン魔術を連発する。
使っているのは主に、中級ルーン魔術の『動きを縛る吹雪』と上級ルーン魔術の『ラーンの網』だ。どちらも広範囲を攻撃するルーン魔術なので、多数を相手に効果が大きい。
他にもヒカちゃんは、普段はあまり使っていない上級ルーン魔術の『ウルの恩寵』と『スカディの婚姻』も使っていた。
ウルとスカディは北欧神話に伝わる狩猟の神の名前だ。魔術の効果としてはどちらも似たようなものだが、狩猟の神の能力を疑似再現する……とでも言えばいいのだろうか。反射神経や集中力を瞬間的に高めてくれる効果がある。
筋力は増えないので身体強化とは違うのだが、周囲の把握能力や気配の察知能力が大きく向上するので、相手の隙をついて攻撃できるチャンスが増える。
攻撃回数が増えれば、敵を倒すスピードも早くなる。囲まれないように次々と敵を倒さなければいけないこの状況で、非常に頼りになるルーン魔術と言えるだろう。
もともとの身体能力が高い季桃さんと、自身も狩人としての経験を持っているヴァーリとの相性は特に良い。2人はまさに一方的と評せる勢いで、ムスペル教団のエインフェリアを倒していった。
「よし、全員倒した! 私たち、エインフェリアの中でもかなり強くなってるよね」
シミュレーションではあるが、僕たちは神話時代のエインフェリアや巨人とも戦っている。元々の才能もあるだろうが、他のエインフェリアと比べて濃密な経験をしてきたのは間違いない。
とりあえず目についた奴らは全滅させた。まだ屋敷の中には潜んでいるかもしれないが、遭遇した端から倒していけばいいだろう。
別世界の僕はもちろん、ロキとルベドも本部のどこかにいるはずだ。おそらくは別世界の僕と一緒にいるのだろう。そこまで辿り着いて、決着をつけなければならない。