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皆殺しの日

「フッ。ここまでのようだな。勇者よ、確かに貴様は人類の希望だ。だが……希望は所詮希望でしかなかったというわけだ」


 魔王城。その玉座の間で高笑いする魔王・グリムダウン。


「まだだ、まだ諦めるな! たかが魔王一体……もう四天王も倒した、後一歩なんだぞ!」


 俺はそう仲間達に活を入れる。だが、皆もう満身創痍だ。


 左腕を失った『狂戦士』のバーディ。もうすぐ二十年の付き合いだなと笑い合った仲だ。


『世界を救ったら、オレ彼女作るんだよぉぉ!』


 旅立ちの時、そう叫んでいた。ツンツンの赤髪が女を怖がらせるんだという事実は酒の肴だった。


「ハッ……ユーヤ。オレの専売特許は両手武器の扱いなんだよ。このザマでどうしろってんだよ?」

「右腕だけで戦え。口でくわえろ。足で振れ。何なら投げつけろ!」

「お前は昔からそうさ。いつだって諦めねえんだ……」


 もうその瞳に燃えるような光はない。あと少し、あと少しなんだぞ……!


「勇者様……もう、魔力が残っていません。大陸一の聖女である私なんかを仲間に加えてくださったのに……申し訳ありません……」


 後ろから聞こえるのは、この世界で最も魔力を内蔵していたクリスフィード聖国の巫女……ミーシャ。


 人々を殺し続ける魔王を倒したい、皆が安心して笑っていられる国を自分が作ると言い出して聞かなかったのを連れてきた……いや、付いてきたのだった。


 そして、最後まで戦い抜いてきた。彼女に癒やしてもらった傷は数知れない。きっとミーシャの治癒魔法が無ければ俺たちは魔大陸のそこらで死に絶えていただろう。


「だったらその杖でぶん殴れ! もう回復する時間だって惜しい。俺たちがここで倒れたら人間界は地の底だぞ!?」

「貴方は……本当に、勇者ですね。ですが、私は聖女だなんて呼ばれる存在ではなかったようです」


 いつだって儚げな笑顔を絶やさなかったミーシャが、もう涙を零しながら杖を取り落としてしまった。


「ユーヤ。もーダメだって……せめて、エルフ族の自爆魔法でも覚えてりゃよかったなー。ま、あたしは異色褐色のダークエルフだから、そんなん教えてもらえるわけねーけどねー」


 明るく聞こえるかもしれない。だが、その声はもう細々しくて聞き取るのも必死なほどだった。


 純白を善とするエルフ族でありながら褐色肌に生まれたトゥイ。どうせならデッカイ事をしたいと、そしてその類い希なる身体能力に目をつけた俺たちが声をかけたのがきっかけだった。


 もうそれも懐かしい話。それからトゥイの活躍が新聞に載る度にエルフ族からの風当たりが柔らかくなったと照れくさそうにニヒヒと笑っていた。


「お前まで、って、そのヤケド……」

「あは、ヤケドなんてもんじゃないっしょ。体半分灼かれたんだよ? 動けやしねーあたしなんか、足手まといにしかならんってば」


 くそっ、くそっ、くそっ……!


 もう魔王城には水音が鳴るほどの血の海ができあがっていた。全て、俺たちのものだ。


 かくゆう俺は?


 聞くまでも無い。頭部は三分の一無くなっている。足は抉られた一本のみ、腕は指先くらいなら動かせる。せめて声を張る喉があった無事を喜ぶべきか。


 だが、生きている。生きているじゃないか。


「生きてるなら、諦めるな!」

「口先だけで我に勝てるなら苦労は無いという話だ、勇者よ。もう良いのでは無いのか? 支配下にあった魔族はほとんど貴様が殺してしまったではないか。もう十年は我も動きを取れん。痛み分けといこうではないか」


 そんな甘言に乗るものか。そらみろ、奴の背後から漆黒の禍々しい魔力が膨らんできている。確実に、ここで俺たちを全滅させるつもりだ。


「何だってしてやる……お前を殺すためなら、俺は何だってしてやる!!」

「せめて、無様に散れ――『闇の怨色』」


 その巨大な暗黒の太陽を目にして……それでも俺は、俯かなかった。


「俺は、魔王を殺す――人類の希望なのだから!」


 それが爆ぜる瞬間。


 まるで時が止まったかのように……いや、本当に止まっている。何だこれは。走馬灯とかそう言う奴か?


 馬鹿言うな。俺は死んだりしない。そんなものは見ない。


――あなたの覚悟、しかと見届けました。魔王を殺すためなら何でもする。そうですね?


「……か、神様……?」


 それは、俺が勇者という職業を授かった時にも聞こえてきた声だ。もう、十数年ぶりの再会となるか。


 そうだ、俺は神の御子。なら、こんな絶望的な状況からだって――!


――あなたは、今まさに真の勇者として覚醒しました。その恩恵を授けましょう。


 脳内に焼き付く見たことも聞いたこともない魔術コード。それはやがて……『時魔法』という術名として染みついた。


――好きに時を戻し、進め、操るといいでしょう。それこそが歴代魔王を倒してきた術なのです。


「は、はは……これなら、確かになんだって――」


――ただし、使用条件もあります。


 そして、同時に発生した魔力。それは俺の全身……いや、魂に焦げ付いた。もう決してこの枷は外れる事はないだろう。そんな気がした。


「使用条件。それは……?」


――『仲間を皆殺しにする事』


 瞬間、魔王など引けを取らない怖気を感じた。そんな魔法と、呪いが、俺の存在に。


――なんだってする。そうでしょう? それでは、人類の希望である勇者よ。後は任せましたよ。


 ……。


 …………。


 ………………。


 なんだ。


 なんだ、これは?


 もう十何年も旅も修羅場も宴も共にしてきたあいつらを殺して。


 そして、世界を救えって?


 どこの悪魔だ。何が神だ。そんなものが君臨する世界なら……。


『ユーヤの兄ちゃん! 妹の仇、絶対にとってくれよな!』

『勇者様だけが、人間の希望なのです……!』


 聞こえてくるのは、かつてくれた言葉達。


『そなたが倒れたら、もう人類はおしまいだ。酷なことを強いている事を言っているのは分かっている。だが……!』

『王! 王たるものが土下座とはいかなる事態ですか!?』

『民の平穏のためなら、泥水でもすすってやる! じゃが、儂に魔王を殺せる力はないのだ……!』


 ……そうだよな。俺たちは、人類の希望なんだよな。


 歴代の勇者達がそうしてきたなら、俺もそうすべきだ。きっと、感情さえ無視すれば至極簡単な条件だ。


 どうせこのままじゃ死ぬんだ。なら、三人を殺して俺が魔王を殺して、それで、それで……世界は、平和に……平和、に。


「……できたら苦労しないっての……」


 師匠に何度負けても涙は出なかった。道半ばで果てた仲間達を弔った時も涙は出なかった。助けられなかった人達の悪夢にも泣きはしなかった。


 それが、人類の明日に繋がるのなら、と。


「っ――! 貴様、今……何を得た?」


 どれだけの間、混乱していただろう。


 気付いたのは流石魔王とでも言うべきか、ああ、なるほど。今、神様が『時魔法』を使った証拠か。


 なるほど、あの魔法さえ『無かった事にしてしまう』力。これは確かに最強だ。


「……」

「ど、どこへ行く!?」

「仲間達の事くらい、見てもいいだろ」


 俺はそこで、初めて魔王に背を向けた。向けてしまった。


 背後にいたのは、自分達の体よりも俺がどうしたのかと目を見張る仲間達。


「なあ、俺たちさ。頑張ったよな。もう、いいよな。俺たちがここまでしてどうにもならなかったんだ。最初から無理だったって話だよな?」

「……テメエ、ユーヤ! 何言ってやがる!? 今、何か力を得たんだろ!?」


 そう叫ぶのは、かつての炎を瞳に取り戻したバーディ。


「ど、どうしてしまったのですか? 貴方なら、絶対に諦めないと……今、確かに神様の気配がしましたよ!?」

「ああ、まあそうなんだけどな。もう、いいかなって」


 その言葉に初めて怒った顔を見せる聖女。そこには殺意さえあった。


「……ユーヤ。も、いいの? ほんとに?」

「ほんとーに。勇者なんかやってらんね――」


 瞬間、俺の欠けた頭を殴ったのは、隻腕になったバーディだった。


「ちげえだろ!? オレ達はいくらでも諦めていいんだよ。でもな、オレはお前の事だけは決して諦めなかった! それだけは信じてた! それをこの期に及んで何言ってやがるんだよ!? あぁ!?」

「何か手があるなら……諦めたくないです! 私は魔力を無くしても聖女です! なら、勇者の仲間として生きたいのです!」

「あたしもさー。ほんとは諦めたくないんだよ? でも、体動いてたん、あんただけじゃん。なのに、なんでそんな事ゆーの?」


 数々の言葉が、他の何よりも痛かった。そうだよ、こいつらだって諦めたくなんてないんだ。それが勇者パーティというものだ。


 だけど。


「その力を使うためには、お前ら全員を殺さなきゃなんねえんだよ! 俺の手でな!!」


 人生最大の、初めての、怒声が出た。抑えきれなかった。非情への涙も、理不尽への怒りも、仲間達への想いも。


「ふっ、はは! ははは! なるほど、そういう事か。貴様、神からあの恩恵を受け取ったな? なら、我は殺せまい。貴様はどこまでも甘いからなぁ!」


 魔王の、勝ち誇ったような声。


 そうだ、そうだよ。俺は、ここにいる中で一番弱い。俺が悪者になればそれでいいだけの話なのに、それができない。


 だけど、俺は……。


「俺は、人間界よりも……お前達の方が、大事だ……好きなんだよ……」


 俺には、できない。できるはずがない。なら、もうここまでだ。もう、負けたんだ――


「……おい、テメエら。いいよな?」

「はい。最期に辛い思いをさせてしまいますが」

「いーんじゃない? 本望だよー」


 だが、覚悟を決めたのは三人の方だった。


「ねー、ユーヤ。あたしはどうせ戦えないし、魔王に勝っても負けても死んじゃうし、どうせならさ、人想いに、一思いにあんたの力にならせてくんないかな?」

「トゥイ……本気で、言ってるのか?」

「うん。だってさ、あたしだって、あんたを死なせたくないんだもん」


 だから、とトゥイは辛うじて動く右腕を広げた。


「キスしながら、殺してよ」

「――っ!」


 目は瞑らなかった。逸らしてはいけないと思った。だから、剣を、魔王に向けるべき剣で胸に抱いたトゥイの首筋を刺した。


 もう、動けない。今度こそトゥイは死んでしまった。俺が殺してしまった。


「なのに、なんで、そんな幸せそうな顔して死んでんだよ……!」


 その俺の手をミーシャが掴んだ。そこには、いつも通りの儚げな笑みがあった。


「諦めずに死ねたから。愛した貴方の力になるために殺されたからですよ。その、照れますけど……私は、接吻はいいですから、このまま斬ってくれませんか? 最期くらい、手を繋いでいたいのです」

「分かった、分かった……!」


 その手のぬくもりが消えていく。当然だ。心臓を一突きしたのだから。


 ミーシャも殺した。殺した。殺した。


 そして、がしっと俺の肩を組んできたのは、親友のバーディだった。


「ようやく、これで正真正銘……テメエの片腕になれそうだぜ。俺の両手分、頼むぜ。な、相棒」

「……ああ、もう……迷わない」


 そして、バーディとコップで乾杯するように……笑顔のまま、刃を突き合わせた。


 ……。


 鮮血にまみれた俺に、この世のモノとは思えない力が沸いてくる。ボロボロだった全身が一瞬で元通りになる。なるほど、これが『時魔法』。最強だ。


「……もう、お前だけだ。魔王」

「貴様は……その力の意味を知らんようだな。ここで我が逃げ出せば貴様はただの仲間殺しッ――!?」


 魔王は、今更気付いたようだ。自分の体が、いや、自分の『時』が固定されている事に。


「仲間達を殺して得たチャンスだ。手放したりするもんかよ。使えるようになった瞬間に今出来る全てを使った」

「なっ……!? 未知の魔法を、全てだと!?」

「諦めろ、ここでお前は死ぬ」

「……ふっ、はははははは! なるほど、なるほど……」


 魔王は、死に際まで不敵に嗤っていた。


 ――貴様が、次の魔神か。


 ◇


 終わった。全てが終わった。俺の勇者としての道のりはここで終わりを迎える。


 もう魔物が人間界を襲う事はない。魔族が人間を喰らう事はない。魔王が人類を支配する事もない。


 達成感、など微塵も無い。俺はもう、汚れてしまった。仲間の血でどす黒く、この世で最低最悪の存在になった。そんな奴の帰還を、誰が望む?


 すると、ふと周囲の空間がゆがんでいのを感じた。魔王が死んだから、魔大陸は死ぬのか?


 まあ、もういいか。


「俺も、逝くのかな……きっと、あいつらと同じ所へは行けないだろうけどさ」


 もう俺は笑わない。もう泣かない。そんな人間らしい権利は失った。


 ああ、神様。まだ俺を見ているなら……。


「神よ、どうか我を許す事なかれ――!」


 だが……俺は確かに分かっていなかった。『時魔法』の神髄というものを。


 ◇


 次に目を開けた瞬間、俺はいつの間にか昔懐かしい村の広場に立っていた。年も十いくつかの頃の景色……。


「おーい、ユーヤ。そんなとこで何してんだよ。また稽古しようぜ!」


 そこにあったのは、つい先ほど殺した、まだ若いバーディ。その顔を、直視できない。


 全てを使った……なら、世界そのものも戻った?


「俺はまた、繰り返すのか……? この『時魔法』で、やり直せってのか……?」


 その日から俺の、新たな旅が始まる事になった。その先の人生に名をつけるとしたら。


 それはきっと、悲劇だ。







 だが、悲劇の結末がバッドエンドになるとは、神も悪魔も知るまい。俺は、絶対に諦めない。皆で笑ってその先へいけるまで、諦めたりはしない。


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