3 姐と、約束の再会 #マリー
「姐さん!」
ビジル市についたマリーは、すぐにサジッタ一座をたずね、イライザと再会した。
「マリー!」
再会の抱擁を交わしたあと、イライザが異変に気付いた。
「ケントはどうしたんだい?」
「あ…えと、ビジル市で今、カジノのお客さんが殺される事件があるでしょ? それで、マイクさんっていう、犯人に狙われる可能性がある人と一緒に、その事件の対策本部に行ってるの」
「あんたたち、また事件に巻き込まれてんのかい?」
イライザは呆れたように言った。
「う…うん。姐さんは、その事件のこと、何か知ってる?」
「あたしが知ってるのは、街のみんながしてるような噂話だけだよ。それより、マリー。ケントとはどこまでいったの?」
「へっ!? どどどどこまでって…」
「聞いたわよ。男女の一般客が星の谷で高ランク魔女を捕まえたって。あんたたちのことでしょ? あの宿に泊まったからには、当然…」
「なんにもないよ? だいたい魔女捕まえるので大変だったんだから!」
マリーがそう言うと、イライザは落胆顔になった。
「あんた──情けないわね。いいわ、姐さんが一から鍛え直してあげる」
「いらない!」
マリーは思わず大声を出した。
イライザがキョトンとする。
「ごめんなさい。ケントとは別れる。ううん、一緒にビジル市に来てもらっちゃいけなかったの…」
「マリー、なに言って…」
「あたし、最低なの」
ポロポロとマリーは涙をこぼした。
「サンドラに…別れ話を聞きたくなかったら黙ってろって言われて、本当に黙って、話をさせてしまったの。ケントは急ぎで行くところがあるのに……」
「ええと…つまり、そのサンドラの話を聞いて、この街の事件に巻き込まれたワケね?」
要点を得ないマリーの話から、イライザは状況を汲み取ってくれた。
マリーは涙をぬぐい、コクリとうなずいた。
「だって、聞いちゃったら、あたしは放っておけないし。それでも、ケントとはお別れして、事件にかかわるのはあたしだけでいいと思ってたのに、ケントは……」
ケントはマリーを見放せないと、自分のことを後回しにして、一緒に来てくれた。
「あたしは、ずるくて汚くて、本当にどうしようもないの」
「マリー、そんなことないよ」
妹分の懺悔に対し、姐イライザは即座に否定する。
そんな姐の愛情を嬉しく思うものの、身内の擁護受け入れは、マリーには難しかった。
「そんなことあるの! だって、嬉しいんだもん。一緒にいる時間を伸ばせて。そして──嫌だと思ってるの。事件が解決してしまうことが。マイクさんや、たくさんの人が怯えているのに」
「バカな子」
頑ななマリーを、イライザは抱き寄せた。
「あんたの考えは汚いんじゃない。ただ、ケントが好きなだけ。どうして事件が解決したら別れるの。ずっと一緒にいたらいいじゃないか。ケントはあんたを守るためにここまで来てくれたんだろう?」
腕の中にマリーを収め、優しく頭をなでながら、イライザが言った。
安心できるぬくもりの中で、マリーの目にまた涙がにじんだ。
双眸から熱い雫が溢れそうになるのを、かろうじて堪え、マリーは口を開いた。
「無理だよ、姐さん。あたしは、ケントと一緒に行けない」
「どうしてさ?」
「だって………あたしはもう、逃げないって決めたから。どんな形になっても、決着をつけるって………決めたから」
そう告げると、抱擁が強くなった。
「あんなクソじじいのためにあんたの人生を棒にふるってのかい!? そんなの、誰も望んでないんだからね!?」
マリーをギュッと強く掻き抱き、イライザが叫ぶ。
胸に、あたたかい気持ちが広がった。
(…ありがとう、姐さん)
このぬくもりを、力に変えていきたいと思った。
「姐さん。『あたし』が望んでるの。どうしても…赦せないの」
魔法使いダグラスのことを。
マリーは、静かな口調のまま言った。イライザの肩がふるえる。
「本当に…バカな子………」
「ねえ、マリー」
しばらく、黙ってマリーの髪をなでていたイライザが言った。
「嫌な話になるけど……あんたは、ケントにひどい嘘をつかれているとは思わない? その嘘を知ったら、彼を嫌いになると──そうは思わない?」
「そんなこと! ケントがあたしを嫌うことはあっても、あたしがケントを嫌いになることは絶対にない!」
マリーは、ずっと抱きしめてくれていたイライザから距離を取って、反論した。
「どうかな。彼はあんたを魔法で拘束した、卑怯な加害者だよ」
「ちがう! ケントは加害者なんかじゃない。だって…」
そこで一度言葉を切ると、マリーは一方を指さした。
「姐さん。ケントね、あっちにいるの」
「どういうことだい?」
「分かるの。拘束の魔法の機能で。ケントのいる方向とか距離感が。ケントと出会ったあの日──口では魔法を解いてって言いながら、心の中ではホッとしてた。これで独りじゃない、彼とつながってるんだって……救われた。だから、どんな嘘があっても関係ない。ううん、嘘のおかげでここまで一緒にいられたんなら、あたしはその嘘に感謝するよ」
「そう……」
イライザは、悲しそうに微笑んだ。
マリーがケントに救われたのは、ケントと出会う前のマリーが孤独すぎたせいだから。
「……ねえ、マリー。ひとつだけ、あたしのお願い聞いて」
「ね…姐さん……?」
「ひとつだけでいいの。ケントにあんたの想いを伝えて」
「し…知ってるよ。あたしの気持ちくらい」
ふいとイライザから顔をそむけ、マリーは言った。
「じゃあ、あんたは、ケントがあんたを好きって、分かってる?」
「う………た、たぶん」
「ほらね。そうじゃないかと思っても、なかなか自信が持てないだろう? 言葉で伝えるって大事なんだよ。だから、伝えて。でないと、ケントも可哀想だよ。彼にこの先を生きていってほしいなら、中途半端な別れ方はしちゃダメ。分かった?」
優しくも厳しい姐の忠言に、マリーは苦い気持ちでうなずいた。




