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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第九章 魔法使いダグラスの罠
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2 コールライトの歪み #ケント

(俺、何やってんだろう)


 野宿の火から少し離れた木の下で、ケントはため息をついた。


(クリスの指示は『マリーを守れ』だけど、それは読み違いなんだから、早く都に戻るべきなのに)


 一緒にビジル市に行くと言ってしまった。

 事件を解決する、とも。

 マリーが、強い魔法使いに命を狙われているビジル市のカジノ客たちを放置できない、ケントとはここで別れると、譲らなかったから。

 もう無理やり連れて行こうかとも思った。


 ダグラスと王家の全面戦争。

 ただでさえ圧倒的戦力を誇るダグラス勢。

 クリスが何と言おうと、Aランク魔法使いで、監査局を支えてきたケント抜きで戦うなんて無茶をさせられるわけがない。


 それでも。

 この後に及んでも。


『マリーが好意を寄せる幻のケント』を、やめられなかった。


 火のそばに座るマリーをちらりと盗み見ると、彼女も落ちこんでいるようだった。

 ケントに無理をさせたと、気にしているのだ。


 ケントが、マリーに嫌われたくないだけなのに。


(ダメだろ、これじゃあ)



「マリー」


 ケントは、マリーのそばに行って、声をかけた。

 うつむいていたマリーは、びくりとして、縮こまった。


 カジノ長者のマイクは少し離れたところで物思いにふけっていた。明日、ビジル市に戻る恐怖に耐えているようだ。


「これを…視てくれないか」


 ケントは、魔法石の入った袋をマリーに差し出した。

 マリーは動かなかった。


「その、傷んでいるものはないか、きみの目で視て欲しいんだ」


 言葉を足すと、マリーは顔を上げ、おどろいた顔をケントにむけた。

 魔法使いじゃない者が、魔法石を使えるか視て欲しいなんて、おかしいから。

 なぜと聞かれたら、もう全部話そうと思った。

 魔法石をマリーにあずけて。

 マリーは、迷うように唇を引きむすんだ。

 そして。


「いいよ」


 ケントのおかしな願いを、問いつめることなく、引き受けた。

 魔法袋を開け、中の魔法石をひとつずつ検めていく。


(きみも…俺の話を聞いたら今の関係が終わると…『今』を引き伸ばしたいと思ってくれているのか…?)


 ケントは、嬉しいのに胸が痛むような、落ち着かない気持ちになった。


「これ…!」


 複雑な思いを抱えるケントの横で、マリーがおどろきの声をあげた。

 手にしていたのは、紫色のフローライトだ。

 王家から特別に貸与されている石で、石をよく視る者なら、その媒介能力の高さにおどろく。

 こんな石を持つケントは何者なのか。そう問いつめられることを、ケントは覚悟した。


「こんなに状態のいい石、初めて…!」


 マリーは、感激した様子で言った。


「え?」

「すっごくいい使い方されてる!」


 そう言って、マリーは眩しそうにフローライトをながめた。


(そうか、マリーには石の希少性に関する知識がないんだ。それに……マリーの魔法媒介能力を基準に視たら、どんな魔法石もささやかなものになるよな)


「ほかのも、いい使い方されてる石ばっかり……もしかして、これまで生きてきた時間のほとんどを、魔法石の物色に費やしてきたの?」

「そ…そんなことはない、はずだけど」


 それらの石を使ってきたのは、ケントで。


(俺の使い方を褒められたんだよな。なんか照れるな)


「み、視てくれてありがとう」


 恥ずかしくなったケントは、お礼を言って、魔法石の入った袋を、ふところにしまった。

 それから。


「そういえば、コールライトには寿命みたいなもの、あるのかな」


 ふと思いついて、ケントは言った。

 魔法使いダグラスが開発した人造魔法石コールライトは、天然石と異なるところがあるのだろうかと。


「分からない」


 マリーの答えは簡潔だった。

 さっきの笑顔も消えてしまった。


「分から…ない? 視えないってことか?」

「人の手が作ったものだから、天然石にはない歪みがあるの」

「ゆがみ?」

「うん。あんたには言っておこうかな…」


 そう続けたマリーに、ケントはハッとした。

 悲しみ、苦しみ。

 そういった感情を内包した、痛々しい表情をマリーが浮かべていた。


『きみも俺と一緒に来るんだ』

 そう言ったケントに、

『あなたとは行けない』

 と、答えたときと同じ顔。


「コールライトの歪みは、使い手の心を汚染していると思う」


 勇気をふりしぼったマリーの告白は、ケントの心にストンと落ちた。

 コールライトの開発者にして、使い手。魔法使いダグラス・ウォーレン。


「そう…か。俺も違和感はあったんだ。昔はもう少し話ができたっていうか……あそこまで歪んでなかった」


 直近の一年で比べても、ダグラスの狂気はひどくなっていた。

 マリーが息をのんだ。

 賛同を得られるとは思っていなかったのだろう。

 一般的にダグラスは『悪の化身』で片付けられるから。


「ケント」


 涙まじりにマリーが言った。


「コールライトは使い捨てだと思う」

「使い捨て…!?」

「あたし…感じたのに。コールライトを封印したあのとき。これは使ったら効力を失くす石じゃないかって…感じたのに、受け入れられなくて。あのとき視えたもうひとつの方…歪みのせいにしたの。彼の凶行はコレのせい、これさえ持って逃げればって…ただ、逃げたの。この一年、ずっと逃げ続けた…!」

「マリー、もういい…!」


 自分を激しく責めるマリーに、ケントは叫んだ。

 ギュッと、強くマリーを抱きしめる。


「でも…あの人は今も大量の…」


 ダグラスは、今も大量のコールライトを持ち、使っている。

 ケントの腕の中で、マリーは切れ切れに懺悔の言葉をつむぐ。

 きっと、この一年の間、魔女マリーを追うふりをして、ダグラスは裏でよからぬ企みを進めたはず…その時間稼ぎに利用された…そう思っているのだ。


(だけど、マリー。きみがくれた一年で、監査局も強くなったんだ)


 一年前なら、手も足もでなかった相手に、今なら一矢報いてやれると思う。


「いいんだ…マリー。教えてくれてありがとう。あとは俺がやるから。きみの涙を…この一年を、無駄になんかしないから」


 決意を込めてケントが言うと、マリーはしゃくりあげなから泣きはじめた。

 離れた場所で物思いにふけっていたマイクも、泣き声に気付いて、どうしたのかと声をかけてきそうになったので、ケントは睨んで黙らせた。

 今は、マリーの気がすむまで泣かせてあげたいと思った。


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