5 戦いの火蓋は切って落とされた #ケント
木の幹を背もたれに寝ていたケントは、胸ポケットに入れた魔法石の振動で目を覚ました。
クリスからの緊急連絡要請だ。
すでに日は高く、昼をまわっていることが分かる。
マリーは、ケントの肩に寄りかかったままの状態で、まだ寝ていた。
星を見ながら二人で徹夜してしまったから、無理もない。
ケントは、マリーの頭をそっと持ち上げた。
「ん…ケント?」
「悪い、起こしたな。俺、ちょっと用を済ませてくるから、マリーはここにいてくれ」
「うん、行ってらっしゃい」
まだ眠そうな声でマリーはうなずいた。
*
魔法石を使った遠距離通信でクリスを呼ぶと、すぐにつながった。
「なにかあったのか?」
ケントは勢い込んで言った。
『ええと…すみません。下手に他所から聞く前に知らせた方がいいかと思っただけで、緊急というほどでもなかったのですが』
「なんだ、そうなのか」
ケントはホッと胸をなでおろした。
しかし。
『ダグラスが単身で王城に来たんです』
「は? ダグラスが城にって、どういうことだよ? 許可証なしに王都へは入れないはず…」
クリスの告げた内容に、ケントは肝を冷やした。
王都は昔から、魔法使いを拒む土地だった。魔法使いが足を踏み入れると、呼吸困難になり、死に至るのだ。ただし、特別な鉱石を身につけることで魔法使いでも入れるようになる。
つまり王都は、視る者が魔法使いを管理するのに都合のよい土地だったため、王都に選ばれた場所だった。
現在、鉱石…入都許可証は番号をふるなどして、王家が完全に管理している。鉱石の採掘場もしかり。
『許可証と同じ働きをするものを、自力で作成したということでしょうね。前から作れると明言していましたし』
クリスはこともなげに言った。
「そりゃ、言ってたけど!」
自分が再び王都の地を踏むときは、特別な鉱石の代用品を発明したときだと──魔法使いダグラスは。
しかし、いくら天才魔法使いでも、鉱石の代用品を作るなんて、別次元すぎると思った。
「ぶ──無事なのか!?」
『ええ。宣戦布告しにきただけですから』
「宣戦布告?」
『王都を襲撃されたくなければ、三日後にミルキー山脈のふもと、レイバン台地まで来て総力戦を、と。帰り際、許可証のない魔法使いを阻む王都の護りを、ダグラスが新たに開発した強力な魔法石コールライトで無効化していったので、こちらとしては受けて立つしかないでしょう』
「おい。緊急事態じゃないか!」
ケントは叫んだ。落ち着いているクリスが信じられなかった。
さっきの許可証の代わりも大概だが、王都の護りの無効化はそれ以上のインパクトだった。
なんといっても規模が違う。前者は人間一人分、後者は王都全体にかかる土地の特性を変容させるわけだから。
難易度だって、必要な魔力量だって、桁違いに跳ね上がるはずだ。
ところが。
『すぐに攻めこめる状態にしておきながら、人の少ないところを戦場に選んだり、三日も猶予をくれるというんですから、そう悪くはないですよ』
クリスは、落ち着いた発言を繰り返す。
(えええ? そうなのか?)
ケントは混乱した。クリスが、昔から肝が座っていることは知っていたが、それでも理解し難かった。
『ケント。大事な話をしますよ』
ふいにクリスの口調が強くなった。
『要はマリーさんです。ダグラスの狙いは、王家との全面戦争というより、あなたを動揺させ、焦らせること。落ちついて、マリーさんの話を聞いて下さい。──あ、すみません。呼ばれたので、もう行きますね。とにかく、あなたはマリーさんと話し合って下さい』
「おい、クリス!?」
ケントはクリスを呼んだが、それきり、返事はかえらなかった。
仕方なく、混乱する頭を落ち着かせるために、聞いた話を思い返し、考えを整理してみることにした。
「ええと…つまり、開戦は三日後、戦場はレイバン台地…いや、待てよ。ダグラスが新たに開発した強力なコールライトって言ったよな。それって、マリーの能力は用済みってことじゃないのか?」
ダグラスがマリーを狙い続けたのは、マリーの持つ魔法石の力──強大な魔法媒介能力で王都の護りを無効化するためだ。
どくん、と心臓がはねた。
背中を冷たい汗がつたう。
「やばい──あいつ、読み違えてる。マリーは要なんじゃない。俺を前線から外す枷だ」
ここからラストスパートです。
頑張ります!




