4 星降る夜を越えて #ケント
「今日の分は集まったかの」
しゃがれ声の彼女は、開かれた窓から入って来た。
白く塗りたくった顔と真っ赤な口紅がまったく似合っておらず、目を背けたくなるような強烈な存在感の老魔女だった。
頭が悪く、自己中で、ランクばかり高く、制御不能な災害魔女。
(そういえば、この魔女、瞬間的に気に入らないと思った人間はクリスタルに変えるって話だったな)
「なんだ、おまえたちは!」
老魔女が気色ばむ。
ケントは、魔法の縄を投げた。
呪文を唱えるより早く、使い手の運動神経・相手の運動神経に関係なく、魔法使いだろうと誰だろうと確実にお縄にしてくれる便利道具。ケントが開発し、監査局の活動を支えたもの。
「監査員か! いきなり拘束するとは卑怯な!」
「そうしないと、あんたに問答無用でクリスタルにされるだろうが」
捕縛した老魔女が興奮して叫ぶので、ケントは言い返した。いきなり人を殺しにかかるのは老魔女の方だと。
「なればよい。妾と、妾の認めた人間以外、みんなゴミ屑じゃ。綺麗なクリスタルにしてもらえるだけありがたいじゃろ」
「悪いが、俺はあんたの考えには賛同できないんだ。彼の奥さんはどこにいる?」
「知らんの」
つーんと老魔女はそっぽを向いた。
それから、なぜか思い直したようにケントを見た。
「そうだ。監査局のブ…なんとかも来ておるじゃろ。妾を捕まえるのに、相応の魔法使いを用意しておるはず…」
「魔法使いはいません! それに、あたしたち、監査員でもありません」
そこで、マリーが口をはさんだ。
「バカを言うでない、小娘が! 妾はAランク魔女、ダグラス様の『妻』ぞ!?」
「は!? 全然相手にされずに出入り禁止を言い渡されたんでしょ!?」
「あれは何かの気の迷いじゃ。魔法使いの王たるダグラス様にふさわしい魔女は妾以外おらん。今作っている魔法装置が完成すれば、イチコロじゃ!」
「呆れた…! なんなの、その考え。誰がどう見たって、ダグラスが執着して追いかけてるのは魔女マリーじゃない!」
「こ…の小娘、言ってはならんことをっ! クリスタルに変えてくれる──魔法が使えんっ! きいぃっ!」
縄をかけられた老魔女が、じたじたと暴れた。
(うん。これは話し合っても無駄なやつ)
マリーと老魔女のやりとりを聞いたケントは、そう結論を出した。
*
「うわあ~、すごい星! なんだか空に吸いこまれそう!」
今にも降って来そうな、満点の星空を見上げ、マリーが歓声をあげた。
今日は朝から老魔女の拠点を検めたりするなど、老魔女逮捕の後処理の一日だった。
宿の主人の妻はケントの予想通り、老魔女にクリスタル像に変えられてしまっていた。
魔法で石に変えられても元に戻す魔法があるというのはお伽話で、石に変えられた人間はその瞬間に死をむかえる。
号泣する主人をマリーがなぐさめ、はげまし、少し前向きになったことが、せめてもの救いだ。
ちなみに、老魔女が精気を集めて作っていた装置は、ただの美容液精製装置だった。本人は媚薬のつもりだったらしい。
そんなこんなで、宿を出たのは夕刻だった。
宿の主人はもう一泊(無料)勧めてくれたのだが、マリーが星を見たいと言って、出発したのだった。
「本当に星がたくさん! あ、でも、ここまで星が多いと北の星が分からないかも」
星空の下で、軽やかなマリーの声が響く。
地上は真っ暗で、顔も見えないが、声や、衣ずれの音から機嫌の良さが伝わってくる。
「ああ、それなら、あの一際明るい三つの星を目印に探せばいい」
「あ、本当! 分かった! ありがとう、ケント!」
マリーは嬉しそうに笑った。
ケントもつられて、気分が高揚してきた。
だから。
「なあ、マリー。こんな星の話を知ってる?」
自然とそんな風に話し始めてしまったのは、星の海の中で、上機嫌なマリーをもう少し感じていたかったから。
*
「あ、朝日が昇るよ」
マリーの声と同時に、山の稜線からまぶしい光があふれ出した。
もともと星の話が好きなケントだが、マリーもよく聞いてくれたから、つい夢中になって語ってしまった。
「ね、ねえ、ケント」
名前を呼ばれて、となりに座るマリーを見ると、なぜか緊張した顔をしていた。
「? どうかした?」
「あのね、会ったばかりのころ、言ってたでしょ。その…星を見ながら一晩語り明かすところから始めたいって」
(えーと…言ったっけ、そんなこと。それに『始める』って、付き合うことを『始める』って意味か…?)
「ごめん。それ、俺、覚えてない」
「な、なんだ。そっか」
正直にケントが答えると、マリーはがっかりした様子だったが、それ以上、食い下がってはこなかった。眠たそうに目をこする。
ケントも、眠かった。
「そこの木の下で少し寝よう」
ケントが提案すると、マリーは素直にうなずいた。もう限界が近いらしい。
木を背もたれにして座ると、マリーはすぐに寝息を立て始めた。
ケントは、自分もマリーのとなりに座った。
すると。
「ん…」
マリーがケントの肩に頭を寄せてきた。
驚いたものの、それを不愉快だとは思わなかった。
ぬくもりも、重みも、くすぐったさも。
そう、どちらかというと嬉しくて。
ケントは襲い来る眠気にまぶたを閉じた。
──ああ、たしかに。ここから始まる恋は、理想かもしれない。
最後にそう思って、ケントは意識を手放した。




