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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第七章 女詐欺師の誘惑
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7 おばさん魔女のひとりごと #グローリア

サンドラとヘレン(と彼)の因縁のお話。おばさん魔女視点です。

読まなくて大丈夫です。

「先生」


 ヘレンが、圧をふくませた声でグローリアを呼んだ。

 置物詐欺事件を解決し、食事の誘いをケントに断られ、宿泊する宿に戻った後のことだ。


(あらあら、お嬢様はご立腹ね)


 グローリアは、小さく苦笑した。

 もともと家庭教師と生徒という関係があり、先生と呼ばれているグローリアだが、上下関係はヘレンの方が上だ。なぜなら、彼女が伯爵令嬢で、グローリアの主だから。


「昨夜、ブラウン・イーグルだけ呼び出したときに、何かの包みを渡してたわよね? 何を渡したの? 彼、先生に怯えて逃げたように見えたんだけど」


 ヘレンの指摘に、グローリアは、ふふん、と胸をはった。


「それはもちろん、今の彼に必要な教本と、教本の実践に必要なものよ。男性がきちんと知らないと、辛い思いをするのは女性だもの。あと、マリーさんにも、彼はあなたのことが好きよって、背中を押してきたわ。本当は二人そろったところで最後の仕上げをしたかったのだけど」

「…お節介が過ぎない?」


 ヘレンは渋い顔をして言った。

 まだ若いヘレンは、他人の恋愛への口出しに抵抗があるらしい。


「私はそうは思わないわ。あそこまで進展を考えられない二人は、多少強引に背中を押す人でもいないと、あっさり別れて、後に残るのは『あのときこうしていたら』って未練だけよ。せっかく彼がいい方に変わろうとしているのだから、このまま終わるのはもったいないじゃない」


 我ながらおばさん臭いと思いながらも、グローリアは自分の考えを述べた。

 ヘレンは、やはり、納得しかねるようにため息をついた。

 彼女はケントとマリーの現状について、グローリアよりも情報をたくさん持っているから、その辺りの懸念もあるのかもしれない。

 ただ、グローリアも、聞いていなくても、ある程度の予想はついている。


(ブラウン・イーグルの魔力が消せるなら、マリーさんが魔女でもおかしくない)


 そこから導き出される答えは、中年魔女として名を馳せてきた魔女マリーだ。


(私のささやかな魔法にも感嘆していた彼女が、一体どうやって凄腕の魔女を演じてこられたのだろうとは思うけど…あの年頃の流民で、あの美貌で、男性に襲われた経験がないなんて、普通ならあり得ない)


 逆に中年女性姿で生きてきたというなら色々納得がいくのだ。

 それに、監査局にとって、魔法使いダグラスが執着する魔女マリーは、重要な切り札。それこそ、秘密裏にケント(エース)を動かす理由にもなるというもの。


(でも、だからこそ、当人たちが恋愛感情を持て余している状況は良くないわ)


 実際、サンドラの詐欺被害者になったわけで。

 マリーの正体を予想した上でのお節介なのだ。


「ブラウン・イーグルがいい方に……ねえ。サンドラを見て魔法石を連想するとか、ブラウン・イーグルはブラウン・イーグルって感じがしたけど」


 グローリアの考えにヘレンは呆れ声で言った。


(あら。お嬢様は、ブラウン・イーグルに不満があるようね)


 たしかに、ケントにはまだまだ頑張る余地がある。


「ふふっ、でも、人とコミュニケーションが取れるようになってたわ。大きな進化じゃなくて?」

「そこは…まあ」

「それにね、人は変わるとはいっても、全く別人に生まれ変わることはできないの。どんなに変わっても、誰しも変わらない自分の芯があるものよ」

「うん…それは分かる」

「さて、と。私たちも都へ帰りましょうか」


 グローリアがそう言うと。

 途端、ヘレンは固まった。自分の直面する現実を思い出したらしい。


「う……うぅ~……」


 ヘレンはがっくりとうなだれる。


「…精気を集めていたのがAランク魔女で、引き際を探っていたサンドラに後始末を押し付けられたのは痛いわね」


 グローリアが言った。


 そう。今回の光る置物押し売り詐欺は、母魔女から精気集めを命じられ、その手段が思いつかず、途方に暮れていた魔法使いの悩み相談にサンドラが乗ったところから始まっていたのだ。

 そして、逮捕できたのは詐欺実行犯のレナードと、置物製作を担当していた息子魔法使いだけ。


 母魔女は詐欺には関わっておらず、自身の拠点にいるという。逮捕した息子魔法使いに虚偽の報告をさせ、今日のところは詐欺グループの壊滅を隠した。が、そう何日も使える手ではないし、多くの人々の手に渡った精気を吸い取る置物の問題を解決するには、結局、元凶である母魔女の捕獲が必須。


「サンドラは売上金を持って逃走(おいしいとこどり)するし、厄介なAランク魔女の問題は出てくるし…わたしならサンドラを捕まえられるって、啖呵切って来たのに…!」


 危険度の増す都の外への遠征をヘレンの恋人が嫌がる中、強引に押し切って出てきたのだ。

 ヘレンには何が何でも成果が必要だった。


「ああもう、ブラウン・イーグルが! 奴が木偶の坊だからいけないのよ! 先生ならサンドラを逃がしてないわ! あいつがマリーを被害者にするからいけないのよー!」


 やけを起こしてヘレンが叫ぶ。


「あらまあ、人のせいにするなんてあなたらしくないこと。彼、嫌がらずに魔女の捕獲を引き受けていってくれたじゃない」

「やめて先生、アレの肩もたないで! サンドラがわたしに何て言ったと思う!?」


 駄々っ子のようにヘレンは言った。


(ふふっ、ブラウン・イーグルはとんだトバッチリね)


 ヘレンが本当に怒っているのは、ブラウン・イーグルではない。


「都に引きこもってろとか、わたしに不愉快な思いをさせたくてやったことだとか…」


 サンドラへの悪口をまくしたて始めたヘレンに、グローリアはこっそり苦笑する。


 もともとヘレンは、サンドラのこととなると必要以上にムキになった。

 と、いうのも。優れた視る目、人心掌握術、頭の回転の速さ…。もしサンドラが真っ当な性格で監査員なら、ヘレン以上の優秀さを発揮することは間違いない。同じ女性で、同じ土俵にいる者への対抗心なのだ。


「まあまあ、もうキスの件は忘れてさしあげたらよろしいではありませんか。あまりいつまでも根に持つのは…」


 話を収めようとグローリアが発言すると。


「先生、黙って! 不意打ちの魔法だって、華麗にかわしてキッチリ反撃できる人なのよ! あの女の邪悪なキスだけ『不可抗力』って、おかしいでしょう!?」


 ヘレンの怒りの矛先は、サンドラから恋人へと移った。


(スペックが高いせいで『不可抗力』を納得してもらえないのは辛いわねえ…)


 グローリアは、心の中で、少しだけ彼に同情する。もっとも、お嬢様一番のグローリアなので、ほんの少しだけだが。

 サンドラや恋人への不満が止まらないヘレンを横目に見ながら、グローリアは思う。


(お嬢様はいつか気が付くかしら。負けを認めて、尻尾を巻いて逃げたのはサンドラの方だってこと)


 もちろん、これは、グローリア個人の勝手な憶測だ。


 ただ、都におけるサンドラの詐欺とヘレンの摘発は、恋の鞘当て合戦の側面が確かにあった。

 ずっと、サンドラにとって、世の人々は、簡単に彼女に踊らされるつまらない存在で、いたぶるくらいしか価値のない『畜生共』だっただろう。サンドラにとって彼は、初めて、彼女と対等に並び立てる『人間』だったに違いない。


 ところが、彼には『虫』がついていた。

 そんなこんなで繰り広げられた恋の鞘当て合戦は、サンドラが都を去ることで決した。

 彼が、ヘレンの真っ直ぐな心を愛していたから。そして、それは、サンドラが決して持ちえないものだったから。


(お嬢様と彼を追い詰める切り札に気付きながら、それを振りかざすことをせず、都を去った…負けを認めたサンドラの潔さを、私は評価してあげたいけど………お嬢様に言ったら、また発奮するわね)


 なにせサンドラは、身を引く代わりに、最大級の嫌がらせをやらかしていったのだから。


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