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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第七章 女詐欺師の誘惑
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6 マリーの知らない詐欺グループ逮捕劇 #ヘレン

都から来た男装の監査員視点です。

読まなくても大丈夫です。

「ごきげんよう、ブラウン・イーグル」


 男装の監査員ヘレンが仕事上の呼び名を呼ぶと、彼はあからさまにビクッと体を震わせた。


 これは、マリーたちと出会った初日の夜。

 ヘレンは、同じ監査局に勤める仕事仲間のケントだけを呼び出したのだ。


 場所は、宿の一室。急遽、ベッドルームとは別に応接間のある部屋を取りなおすことになったわけだが、女性の寝室に男性は呼べないし、秘密保持の観点から考えると、致し方のない措置といえよう。


(まさかコレがブラウン・イーグルだなんてね。サンドラを見て魔法石を連想する馬鹿と美少女の組み合わせで分かったけど…)


 応接間のソファに案内しながら、ヘレンは彼をまじまじと見つめた。


 最上位Aランク魔法使い、ケント・ブラウン。監査局を支える魔法道具を大量生産する重要な人材だが、コミュ障で人嫌い。魔力の強さもさることながら、常に周りを威嚇する怖い顔で悪目立ちしていた人だった。

 …かつては。


 それが、今はどうだろう。険がないどころか、至って平凡、無害そうな、特徴のない男。


(ホント、顔付き変わりすぎでしょ)


「えっと、その、これはだな…」

「あなたが女性と旅をしていることは聞いているわ。局長の承認事項に口は挟まないわよ」


 どう言い訳したら良いかも分からず、わたわたするケントに、ヘレンはサクッと言い放った。


「そ、そうか」


 ケントがホッとする様子を確認した後、ヘレンは本題を切り出した。


「早速だけど、今回の詐欺の話をするわ。マリーの前では話さなかったんだけど。あの置物の真の意図は、持ち主の精気を奪うことなの」

「ああ、術式を読めば分かる。だが、量的には微量で、持ち主の健康状態に害を成すほどじゃない」

「そうね。でも、多人数を対象にすれば、精気を集める側には、意味のある行為になる。今回、サンドラを追討することになったのも、二週間ほどの間にあちこちの町を渡り歩いて、大量の置物を配り回ったからよ」

「そう…なのか」


 自身の現状追求はないと分かり、一度はホッとしていたケントだが、そこからまた、じわじわと緊張し始めた。

 元のケントを知る相手、マリーの不在。こういった状況が、彼本来のコミュ障を引っ張り出してきたらしい。


(この人なりにマリーとの二人旅をずっと頑張ってきたんだろうし、ここは大目に見てあげますか)


「それで、明日のことなんだけど。サンドラを捕まえた後、光る置物を製作してる魔法使いも捕まえたいの。…できたら、あなたと私の組み合わせで」

「まあ、精気を集める魔法使いなんて、下手したら最強クラスの奴が出てくるしな。ただ、マリーは、安全な場所にいろと言って、おとなしく聞いてくれるタイプじゃないんだ」

「だから、サンドラ逮捕で『事件は終わった』感を出して、グローリア先生に置物の持ち主解除をしてもらうってことで、マリーを現場から外すの。どうかしら?」

「ああ、それなら、たぶん。ただ、その…今の俺は基本的に只人だから」


 魔力のオーラを消しているから、『監査局のブラウン・イーグル』としての働きを期待されても困る。

 おどおどしながらも、できないことはキッチリ主張してくるケントに、ヘレンは笑いそうになった。


(魔力消しの魔法のこととか、マリーさんとの二人旅のこととか、本来ヒラ監査員が知るはずのない超機密情報をわたしが知ってること、どうしてスルーできるのかしら)


『彼』からは、何度ケントに話そうとしても、毎回その話題を潰されるのだと聞いている。その話題だけを回避するなんて器用な芸当をやってのけるのは、勘付いていて、聞きたくないと拒否している証拠だろう。…ヘレンが彼の恋人だと。


「問題ないわ。あなた(ブラウン・イーグル)は万が一のときの保険。私も色々準備してきたし、自力で事件を解決するつもりだから」


 軽くヘレンが答えて、その夜は解散した。


  *


 翌日。

 ヘレンは、サンドラに念願の手錠をかけ、彼女たちの拠点まで案内させた。


「彼は気難しくて癇癪持ちで、あたし以外の人が近づくのを嫌うの。そうねえ、この手錠を外してくれたら、あたしが彼に手錠をかけてきてあげるわよ」


 仲間の魔法使いが籠もる部屋の前まで来たところで、サンドラが言った。

 実に分かりやすい。自分一人逃走する魂胆だろう。

 その場にいたのは、ヘレンとサンドラ、ケントとレナードだった。


「その必要はないわ。今、この魔法道具で部屋ごと魔法封鎖したから」


 ヘレンが胸元のブローチを指してそう言うと、サンドラが片眉をあげ、性根の入った目でヘレンをにらんだ。


「準備がいいじゃない、ヘレン」

「不本意ながら、あなたとは因縁が深いから」

「本当にそうね…あたしとしたことが、本気になっちゃったわ」


 そこで、サンドラはスッとヘレンの耳元に口を寄せた。


「二ヶ月前に都で『彼』としたキス。あんなのは不意をついて唇を合わせただけのもので、キスに入らないと言えばいいのに。そうしたらあたしもこう答えるから。あんたに不愉快な思いをさせるためにやったことで、あたしの目的はもう達しているのよってね。可愛げのない、ヘンリエッタお嬢様」

「!?」


 解釈の余地の少ない言い回しに、ヘレンは青ざめた。

 色々な考えが頭をめぐり、目の前のことに気をまわせなくなる。


 カチリ。

 小さな金属音がして、サンドラの手から手錠が外れた。


「都にいたときに鍵を頂戴してたの。同じ鍵を使い回すなんて爪が甘いわよ」


 そう言うと、サンドラはあっという間に廊下の窓際まで移動した。


「サンドラ!」

「あたし、あんたとは金輪際会いたくないのよ。だから、『彼』との企みをバラされたくなかったら、お嬢様は大人しく都に引きこもっていなさいな! ごきげんあそばせ!」


 言いたいことだけ言うと、サンドラは、窓を乗り越え、ひらりと飛び降りた。


「ちょ──ここ、二階………!」


 ヘレンは慌てて窓に駆け寄った。

 サンドラは、窓の下に停めてあった馬車に悠々と着地していた。


(やられた……!!)


 さあっと、頭から血の気が引いた。

 おそらくサンドラは、こうなることを見越して、あらかじめ逃走準備をしていたのだ。

 馬車はすぐに走り出し、街の角に消えていった。追いかけることは不可能。

 痛恨の、主犯格取り逃がし。


(ウソでしょ? ここまで来て、またサンドラだけ逃すなんて…!)


「どうしてサンドラを止めなかったの!?」


 思い余ったヘレンはケントに詰め寄った。


「手出しするなと言ったのはそっちだろう?」


 ケントは当然のように、そう答えた。


「ああもう、そうだけど! あなたには臨機応変って言葉がないの!?」


 ヘレンはケントに八つ当たりした。


ヘレンは偽名で、ヘンリエッタが彼女の本名です。

彼女の事情につきましては、「伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者」をお読みいただければ幸いです。

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