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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第七章 女詐欺師の誘惑
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5 お節介母さんの強力な後押し #マリー

「はい、これでいいわ」


『優しいお母さん』といった雰囲気の、三十代後半の魔女が言った。名をグローリアと言う。ヘレンと一緒に都からやってきた監査員だ。

 魔法不正監査局は、視る者と魔法使いがペアで動く組織なのだという。


「ありがとうございます」


 マリーは頭を下げ、お礼を言った。

 グローリアは、マリーに持ち主設定された置物の魔法を解除してくれたのだ。

 凄腕の魔女マリーと騒がれた身でありながら、グローリアの手際の良さに、マリーはただ感嘆するばかりだった。


(監査局のこと…これまで毛嫌いしてきて申し訳なかったな)


 魔法武力に対抗する魔法武力だと、その一面しか見て来なかった。

 けれど、ヘレンにしろ、グローリアにしろ、弱い人々を守るために一生懸命走っていた。誇りをもって監査局の仕事をしていた。


「後はヘレンとケントくんが戻ってくるのを待つだけね。ほかの仲間の逮捕もしなきゃいけないから、少し時間がかかると思うわ」

「そうですね」

「ところで、マリーさんは、これまで、知らない男性に声をかけられたこと、何回くらいあるの?」


 暇つぶしのつもりだろう。グローリアが世間話を始めた。


「え? ええと…ええと…たくさん?」


 マリーは、真面目に数えようとして、数え切れないことに気づき、あきらめた。

 十日あまり滞在したシェイド市では、アルバイトをして、一人歩きも多かったから、実はよく声をかけられていた。

 シェイド市を旅立った後は、基本ケントと一緒にいたが、すれ違いざまに振り返られたり、凝視されたり、ケントを無視して話しかけられたりした。

 すべて相手にしなかったが。


「流民の女は…娼婦扱いですから」


 自嘲気味にマリーは言った。

 流民は、定住して生きる人々の鬱憤のはけ口だ。姐イライザのような売れっ子舞姫にでもならない限り、『何をしてもよい存在』と扱われる。


「それはまあ…そういう側面もあると思うけど、でもそれだけじゃないと思うわよ。だって、マリーさん、とびっきり美人だもの」

「び…美人? あたしが?」

「そうよ。男性から、たくさん言われてきたでしょ?」


 たしかに、レナードからも言われた。バーでお酒を飲んでいたときに。『きみみたいな綺麗な子』と。


「リップサービスですよ」

「まあまあまあ、なんてこと。これは彼の責任ね」


 グローリアは大げさに嘆いた。


「ケントは別に…」

「ふふ、私は『彼』と言っただけでケントくんとは言ってないわよ」


 不用意な発言をすかさず突っ込まれ、マリーは「はぅっ」と唸った。

 なんてことだ。

 我ながら迂闊が過ぎる。いや、グローリアがすごいのかもしれない。

 監査員だけあって相談慣れしているし、恋愛話はめっぽう好きそうだ。百戦錬磨の恋愛マスター…そんな匂いがプンプンする。


「好きなんでしょう?」


 ストレートな問いを受け、マリーはうなずいた。

 恋愛マスター相手に、誤魔化せる気はしなかった。


「それは……でも、ケントはあたしのことなんて」

「そんなことないわよ。彼、バーであなたが他の男性についていったこと、怒ってたじゃない。身勝手だとは思うけど、彼もあなたのことが好きなのよ」

「と…とても信じられません」

「やっぱり彼の責任ね。彼がふりむいてくれないから、自分には魅力がない。マリーさん、そんなふうに思ってない?」

「え…」


 グローリアの指摘に、マリーはドキリとした。

 言われてみれば、最近、ケントの評価ばかり気にしていた。

 いくら美人だと他の人から言われても、右から左へ流れていくだけ。


「いいわ、ケントくんに言ってあげる。ちゃんと想いを伝えて、恋人になった上で、彼女の行動に口出ししなさいってね」

「わああああっ! やめて下さい! 絶対にやめて下さい!!」


 マリーは叫んだ。

 そして、グローリアの印象を訂正した。

『優しいお母さん』ではない。

『お節介母さん』だ。


 そのあとも、グローリアから、あなたは愛されてる、勇気を出してと猛プッシュされ続けた。


  *


 サンドラを逮捕し、事件の後片付けに行っていたケントとヘレンが戻ってきたのは、昼過ぎだった。


「ごめんなさいね、マリー。少し手間取ってしまって。でもおかげさまで、全部解決したわ。ありがとう! ね、一緒にご飯でもどう?」

「はいっ」


 マリーはふたつ返事でうなずいた。

 ところが。


「マリー、行こう」


 ケントは不機嫌に言った。

 有無を言わさずマリーの手を取って引っぱる。


「ちょっと、ケント、失礼だよ? ケントってば!」


 マリーは抗議したが、ケントは聞く耳を持ってはくれなかった。

 どんどん歩いていく。


「ヘレンさん、グローリアさん、ごめんなさい!」


 仕方なくマリーは、ヘレンたちに頭を下げた。

 二人は嫌な顔ひとつせず、笑顔でマリーに手をふってくれた。


  *


「待ってよ、ケント! どうして怒ってるの? あたし、何かした?」


 少し歩いたところで、マリーはケントに言った。

 仲良くなった人と失礼な別れ方をさせられたことは、うやむやにできなかった。


「きみじゃない!」


 そこでケントは足を止めると、たまりかねたように叫んだ。


「もともと俺は人と一緒にメシを食うとか無理なんだよ。女性は特に苦手だ。今日一日、他人に囲まれて俺がどれだけ…」


 息巻いて不満を並べ立てるケントだったが、そのあんまりな内容に、「ちょ、ちよっと待って!」と、マリーは割って入った。


「他人とご飯が無理って、あたしとは一緒に食べてるよね?」

「そりゃ、マリーは………」


 ケントはそこまで答えて、ハッと口を閉ざした。

 つかんでいたマリーの手を離して、背を向け、先に行ってしまう。

 ほんの一瞬見えた横顔が、赤くなっていたような気がした。


──とくん。


 胸の鼓動が強く鳴った。


(……あたしは特別ってこと……?)


 マリーは両手を胸に当てた。


 ここまでにも、ケントに想われているのでは、と思うことはあった。

 ケントの友人・ギルにも指摘された。

 手を差し伸べてくれたり、抱きしめてくれたりした。

 そのたびに舞い上がり──ケントが見せる拒絶にへこみ、思い上がってはいけないと自分を抑えてきた。


 けれど。


(あんたも同じ気持ちだって……信じて……いいの……?)


 ドキドキと、高鳴る胸の鼓動を感じながら、マリーはしばらくケントの背中を見つめた。


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