5 お節介母さんの強力な後押し #マリー
「はい、これでいいわ」
『優しいお母さん』といった雰囲気の、三十代後半の魔女が言った。名をグローリアと言う。ヘレンと一緒に都からやってきた監査員だ。
魔法不正監査局は、視る者と魔法使いがペアで動く組織なのだという。
「ありがとうございます」
マリーは頭を下げ、お礼を言った。
グローリアは、マリーに持ち主設定された置物の魔法を解除してくれたのだ。
凄腕の魔女マリーと騒がれた身でありながら、グローリアの手際の良さに、マリーはただ感嘆するばかりだった。
(監査局のこと…これまで毛嫌いしてきて申し訳なかったな)
魔法武力に対抗する魔法武力だと、その一面しか見て来なかった。
けれど、ヘレンにしろ、グローリアにしろ、弱い人々を守るために一生懸命走っていた。誇りをもって監査局の仕事をしていた。
「後はヘレンとケントくんが戻ってくるのを待つだけね。ほかの仲間の逮捕もしなきゃいけないから、少し時間がかかると思うわ」
「そうですね」
「ところで、マリーさんは、これまで、知らない男性に声をかけられたこと、何回くらいあるの?」
暇つぶしのつもりだろう。グローリアが世間話を始めた。
「え? ええと…ええと…たくさん?」
マリーは、真面目に数えようとして、数え切れないことに気づき、あきらめた。
十日あまり滞在したシェイド市では、アルバイトをして、一人歩きも多かったから、実はよく声をかけられていた。
シェイド市を旅立った後は、基本ケントと一緒にいたが、すれ違いざまに振り返られたり、凝視されたり、ケントを無視して話しかけられたりした。
すべて相手にしなかったが。
「流民の女は…娼婦扱いですから」
自嘲気味にマリーは言った。
流民は、定住して生きる人々の鬱憤のはけ口だ。姐イライザのような売れっ子舞姫にでもならない限り、『何をしてもよい存在』と扱われる。
「それはまあ…そういう側面もあると思うけど、でもそれだけじゃないと思うわよ。だって、マリーさん、とびっきり美人だもの」
「び…美人? あたしが?」
「そうよ。男性から、たくさん言われてきたでしょ?」
たしかに、レナードからも言われた。バーでお酒を飲んでいたときに。『きみみたいな綺麗な子』と。
「リップサービスですよ」
「まあまあまあ、なんてこと。これは彼の責任ね」
グローリアは大げさに嘆いた。
「ケントは別に…」
「ふふ、私は『彼』と言っただけでケントくんとは言ってないわよ」
不用意な発言をすかさず突っ込まれ、マリーは「はぅっ」と唸った。
なんてことだ。
我ながら迂闊が過ぎる。いや、グローリアがすごいのかもしれない。
監査員だけあって相談慣れしているし、恋愛話はめっぽう好きそうだ。百戦錬磨の恋愛マスター…そんな匂いがプンプンする。
「好きなんでしょう?」
ストレートな問いを受け、マリーはうなずいた。
恋愛マスター相手に、誤魔化せる気はしなかった。
「それは……でも、ケントはあたしのことなんて」
「そんなことないわよ。彼、バーであなたが他の男性についていったこと、怒ってたじゃない。身勝手だとは思うけど、彼もあなたのことが好きなのよ」
「と…とても信じられません」
「やっぱり彼の責任ね。彼がふりむいてくれないから、自分には魅力がない。マリーさん、そんなふうに思ってない?」
「え…」
グローリアの指摘に、マリーはドキリとした。
言われてみれば、最近、ケントの評価ばかり気にしていた。
いくら美人だと他の人から言われても、右から左へ流れていくだけ。
「いいわ、ケントくんに言ってあげる。ちゃんと想いを伝えて、恋人になった上で、彼女の行動に口出ししなさいってね」
「わああああっ! やめて下さい! 絶対にやめて下さい!!」
マリーは叫んだ。
そして、グローリアの印象を訂正した。
『優しいお母さん』ではない。
『お節介母さん』だ。
そのあとも、グローリアから、あなたは愛されてる、勇気を出してと猛プッシュされ続けた。
*
サンドラを逮捕し、事件の後片付けに行っていたケントとヘレンが戻ってきたのは、昼過ぎだった。
「ごめんなさいね、マリー。少し手間取ってしまって。でもおかげさまで、全部解決したわ。ありがとう! ね、一緒にご飯でもどう?」
「はいっ」
マリーはふたつ返事でうなずいた。
ところが。
「マリー、行こう」
ケントは不機嫌に言った。
有無を言わさずマリーの手を取って引っぱる。
「ちょっと、ケント、失礼だよ? ケントってば!」
マリーは抗議したが、ケントは聞く耳を持ってはくれなかった。
どんどん歩いていく。
「ヘレンさん、グローリアさん、ごめんなさい!」
仕方なくマリーは、ヘレンたちに頭を下げた。
二人は嫌な顔ひとつせず、笑顔でマリーに手をふってくれた。
*
「待ってよ、ケント! どうして怒ってるの? あたし、何かした?」
少し歩いたところで、マリーはケントに言った。
仲良くなった人と失礼な別れ方をさせられたことは、うやむやにできなかった。
「きみじゃない!」
そこでケントは足を止めると、たまりかねたように叫んだ。
「もともと俺は人と一緒にメシを食うとか無理なんだよ。女性は特に苦手だ。今日一日、他人に囲まれて俺がどれだけ…」
息巻いて不満を並べ立てるケントだったが、そのあんまりな内容に、「ちょ、ちよっと待って!」と、マリーは割って入った。
「他人とご飯が無理って、あたしとは一緒に食べてるよね?」
「そりゃ、マリーは………」
ケントはそこまで答えて、ハッと口を閉ざした。
つかんでいたマリーの手を離して、背を向け、先に行ってしまう。
ほんの一瞬見えた横顔が、赤くなっていたような気がした。
──とくん。
胸の鼓動が強く鳴った。
(……あたしは特別ってこと……?)
マリーは両手を胸に当てた。
ここまでにも、ケントに想われているのでは、と思うことはあった。
ケントの友人・ギルにも指摘された。
手を差し伸べてくれたり、抱きしめてくれたりした。
そのたびに舞い上がり──ケントが見せる拒絶にへこみ、思い上がってはいけないと自分を抑えてきた。
けれど。
(あんたも同じ気持ちだって……信じて……いいの……?)
ドキドキと、高鳴る胸の鼓動を感じながら、マリーはしばらくケントの背中を見つめた。




