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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第七章 女詐欺師の誘惑
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4 詐欺師達のプランB #マリー

「ごきげんいかが?」


 翌日。朝食を摂るために宿を出たマリーとケントの前に、サンドラとレナードが現れた。


「昨夜、当方の販売員がバーに商品を忘れたの。後でバーに行ってみたら、そちらのお嬢さんが持ち帰ったというじゃない」


 高圧的な態度をかくすこともせず、サンドラが言った。詐欺師から強請り屋にシフトしている。──男装の監査員ヘレンから聞いた通りだった。


 ヘレンの話によると。

 最初の押し売りに失敗しても、次の作戦・プランBがあるのだという。

 昨夜、サンドラがバーにやって来たのは、レナードにプランB移行を告げるためだった。レナードはわざと置物を忘れていったのだ。次の接触機会を作るために。


「ちょうど良かったわ。レナードさんにお返ししようと思って持ってたんです」


 マリーは、彼らの悪事など勘づいていない、善良な人間に見えるように言った。

 すっと光るクマの置物をレナードに差し出す。


「そう、それ!」


 喜ぶ演技をして、レナードが置物を受け取った。


 ああ、と苦い思いをマリーは噛み締める。

 本当に、昨夜はどうしてこのあからさまな詐欺師に気付けなかったのか。冷静さを取り戻してみれば、自分の馬鹿さ加減が身に沁みた。


「んんっ?」


 レナードがすっとんきょうな声を上げた。

 彼の手のひらの上で、クマの置物は光を失った。ただの透明なクリスタル細工になる。


「まあ、なんてこと! あんた、このクマに愛着を持ったでしょう!?」


 すかさずサンドラがわめきたてた。


「この置物は持ち主を選ぶの! あんたがコレに愛着を持ったせいで、コレがあんたを持ち主に選んでしまったのよ!!」


 もう他の客には売れない品物になってしまったから買い取れ。

 なんとも強引な三段活用だ。


「じゃ、そういうことで。はい、マリーちゃん」


 レナードは再度マリーにクマの置物を渡した。

 マリーの手に戻った置物は、また光り始めた。こうなると、魔法に疎い人はサンドラたちの言い分に流されてしまうことだろう。

 悪質だ。


 バーで『ちょっと商品を見せてあげる』とマリーに置物を渡したときにはすでに『持ち主設定』とやらをして、マリーが持ったときだけ光るようにしていたくせに。そう分かっているだけに、腸が煮え返る。


「あ、あたしは…」

「いくらだ」


 詐欺師たちの言い分をすぐに受け入れるのではなく、反論の演技を入れようとしたマリーを遮って、ケントが吐き捨てるように言った。心底面倒くさそうな声だった。


 昨夜、例によって自分から詐欺師達の逮捕協力を申し出ていたマリーはびくりと身を縮めた。

 黙ってこの茶番劇に付き合ってくれたケントだが、本当は嫌だったのかもしれない。

 まどろっこしい会話の押収をカットし、さっさと終わらせようとしている。


 不本意そうなケントに、彼の顔色をうかがってオロオロするマリーを見て、サンドラは「分かればいいのよ」と高笑いをした。

 そして、なかなかの大金を要求する。


 どうやらケントの態度は、サンドラたちが詐欺師だろうと面倒だから金を払って終らせたい態度に、マリーの様子は自分の失敗で彼に大金を払わせて立つ瀬がない様子に見えたらしい。


「じゃあ、はい」


 まさか自分たちの方が罠にかけられてるとは露ほども疑っていないのだろう。レナードが無防備にケントに向かって手を突き出した。

 この手に金を乗せろと。


 カチャリ。


 ケントは懐から金を出すと思わせて手錠を取り出すと、レナードの手首に嵌めた。


「え?」


 レナードがキョトンとした。


「こんにちは、サンドラ」


 サンドラの方も、彼女の後方からこっそり近付いていた男装の監査員ヘレンが手錠をかけていた。


 こちらは事情を理解したようで、

「ああら、ヘレンじゃない。まさかあなたが来てくれるなんて思わなかったわ」

 と、ふてぶてしく開き直った。


「もしかして、あたしと彼がキスしたせいで別れちゃって、それで執念深く追いかけて来たの? 執念深い女はモテないわよ?」

「何のことかしら。あなたは男はみんなあなたに誘惑されて、今みたいに言えば相手が勝手に動揺すると思っているのかもしれないけど、わたしを動揺させたいなら、わたしの目の前で彼とキスするくらいでないと、効かないわよ」

「ふぅん、そんなこと言っちゃうわけ。相変わらず面白くない女ねえ、ヘレン(注釈)」


 サンドラとヘレンは、互いに鋭い視線を向けながら、因縁の深そうな会話を交わした。

 殺伐とした空気が流れ、一触即発のヘレンとサンドラにどうなるのだろうと、マリーはヒヤヒヤする。

 けれども、そこでヘレンがマリーに視線を向け、にっこりと微笑んだ。


「マリー、ご協力いただいて、本当にありがとう。やっとサンドラを逮捕できたわ。マリーは先に戻って、置物の持ち主から解除してもらってね」


 マリーはコクコクとうなずいた。


──オトナの女性同士の火花コワイ。


 ヘレンと一緒にサンドラの残りの仲間逮捕に行くケントには悪いが、自分は早期離脱できて良かったと、マリーは胸をなでおろした。




(注釈)意訳:「あんたの目の前であんたの男にキスしたから、あんた今ここにいるんでしょうが、あぁん!?」

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