1 女詐欺師の誘惑 #マリー
西から赤く染まり始めた空を、トンビが悠々と旋回している。
マリーとケントは、木造の簡素な建物が並ぶ町の入り口に立っていた。
金鉱山の町らしく、往来を歩く人々は、がっしりした体つきの男性が多かった。
「ミルトの町だ。ここまで来たら、ビジル市まであと二、三日ってとこだな」
ケントが言った。
あと少しで二人旅も終わる。
マリーは、寂しさと同時に、これで無事ケントを解放できるという安堵を覚えた。
「うん。ここまで大事なく旅して来られて良かった」
「え?」
マリーが述べた旅の感想に、ケントが心外そうな顔をした。
「魔女っ子に絡まれたり、盗賊退治したり、村を支配する魔法使いにきみが気に入られて、村を封鎖されたりしたのは、『大事なく』とは言わないと思うけど」
もっともな指摘をされ、マリーは視線を泳がせた。
魔女っ子の後も、二人は立ち寄った村々でトラブルに巻き込まれたのだ。
普通の人なら荒事に巻き込まれるだけで大事だったと、自分の中のズレた認識を再確認する。
「……えと、ごめん。いっぱい助けてもらって……」
マリーは力ない声で、ケントに謝罪した。
それから、弁明した方がいいと思いあたり、閉じかけた口を開く。
「でも、あのね、忘れてたわけじゃなくて、大惨事になる前に解決できたから、大事なくって言ったの。…全部、あんたのおかげだと思ってる。感謝してる。ありがとう」
まっすぐにケントを見つめてそう言うと、ケントは戸惑ったように、少し顔を赤くして、目をそらした。
「べつに大したことはしてない」
「ううん。あたし一人だったら、どれも大惨事になってた。今まで、ずっとそうだったから」
自分がトラブルメーカーだったことを、恥を忍んで打ち明けると、途端、ケントは納得顔でうなずいた。
「ああ…うん。だろうな」
(って、実感込めてうなずかれると、それはそれでムカつくんだけど!?)
「マリー、行こう」
そこでケントに手を差し出され、マリーは胸中の複雑な気持ちを、ため息とともに吐き出した。
自分を戒めるために、現状を再認識する。
偶然マリーと出会い、通りすがりの魔法使いに拘束の魔法をかけてもらった、解く方法がないと言うのは、嘘だ。
ケントは、誰かの命令か頼みで、マリーを拘束した。けれど、本来、独りを好む彼は、マリーと一緒にいることも、マリーのトバッチリを受けて魔法トラブルに巻き込まれることも望んでいない。
それなのに、マリーの不幸を回避したいと思ってくれている。…トラブルが起これば、マリーを守ってくれる。
そして、おそらくは、黒幕の思惑を裏切って、マリーを解放したいと思ってくれている。
(優し過ぎる人…)
*
「やっぱり宿は食堂のあるところに限るな」
夜。
別の場所で食事を取って宿にもどる途中、ケントがぼやいた。
「仕方ないよ。この町では、宿と食堂が別々だっていうんだもの。それに、あたしは腹ごなしの運動になって、ちょうどいいよ」
「きみは元気が有り余ってるから」
「あんたが軟弱過ぎるだけ!!」
ケントの評価に、マリーは思わず叫び返した。
そのとき。
「きゃっ」
間近で、媚びるような女の声が上がった。
見ると、金髪女がケントにぶつかって尻もちをついたところだった。
膝上スカートからすらりと伸びる足。
豊満な胸がのぞけるかのぞけないか、きわどい露出。
上目遣いの青い瞳。
キツイ化粧と、過剰に宝石がついた首飾り、指には複数の指輪。
(この女…詐欺師サンドラ!)
女を認識したマリーは、息を呑んで硬直した。
あれはまだ、ケントと出会って間もない頃だった。
サンドラはマリーにかけられた魔法の終端に気付き、親切顔で、魔法相談に乗ってやると近付いて来た。マリーの中の醜い思いを暴きたて、それを余興に茶を飲み休憩し、満足したらさっさと退散していった。お茶代をたかられたのだと気付いたのは、彼女が姿を消した後だった。
人をいたぶることを最上の娯楽とする、真性の詐欺師サンドラ。
(今、ぶつかって来たのだって、絶対わざと。一体、何をするつもり…!)
マリーは警戒心を最大値にしたが、サンドラと初対面のケントは彼女に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわ。足をくじいたみたい」
熱っぽい視線をケントに定め、サンドラが言う。
(コレ絶対、詐欺師がカモを見る目!)
この仕掛けに乗ってはいけない。
「ケント、行こっ」
マリーは後ろからケントの服を引っ張った。
しかし。
ケントが下がるより早く、サンドラはケントの差し出した手をつかんだ。
「ねえ、宿まで送ってくださらない? もちろん、お礼はするわ。絶対に満足させてあげられるわよ。保証するわ」
「きみは宝石商なのか?」
たくさんの宝石を身につけていたからか、ケントはそんな問いを口にした。
「え? …ええ、そうよ」
サンドラがうなずく。絶対ウソだ。カモるために話を合わせただけだ。
こんな分かりやすいの、気付いてよ!
一生懸命マリーはケントにそう念を送ったのだが。
「マリー。先に宿に戻っててくれ」
信じられないことに、ケントはマリーよりサンドラを選んだ。
「えっ? うそでしょ?」
「嬉しいっ!」
サンドラはすかさず立ち上がると、メリハリのある体を押し付けるようにケントに抱きついた。
「…歩けるなら、歩いてもらえるかな?」
「そうねえ…こうすれば歩けるわよ」
サンドラはケントの腕を取ると、胸の谷間にはさみこむように、すがりつく。
ケントは少し嫌そうな顔はしたものの、「分かった」とそれ以上文句を言わなかった。
歩き出してすぐ、サンドラがちらりとマリーをふりかえった。
勝ち誇ったように上から見下した目が、マリーに突き刺さった。
「災難だったねえ、カノジョ」
あまりのショックに頭も心も真っ白に燃え尽き、灰と化し、放心状態で立ち尽くしていたマリーは、男性の声にハッとした。
声の主は二十代の青年だった。
線が細く、親しみやすい雰囲気。顔はハンサムな部類かもしれない。
「あの女はサンドラと言って…」
「知ってます。詐欺師でしょ」
「あ、知ってるんだ。サンドラって、仲良しカップルにちょっかい出して、破局させるのが好きらしいよ」
「そうですか。あたしたちは別に仲良しでもカップルでも何でもないので、どうでもいいです」
(そうだよ…あたしは、ただの旅の連れ合い。ケントを怒れる立場ですらない…)
青年の説明を聞いたら、マリーはよりみじめな気分になった。
「あれ、そうなの? でもさ、きみ…今から宿に戻って眠る気分?」
おだやかな青年の声は、不思議とマリーの心にスッと入ってきた。
「いいえ…」
素直な気持ちがこぼれた。
「俺、レナードっていうの。酒、おごるよ。飲んで忘れよう?」




