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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第六章 魔女っ娘が守る村
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5 追憶~出発前夜(1/2) #ケント

 大都市シェイド市を出立し、一日目の夜。

 魔女アリスの件にカタをつけたケントは、村の宿のベッドに横になった。

 マリーに、今夜はしっかり寝ろと言われたから。

 けれど、目が冴えて、とても寝付けなかった。身体は疲れきっていて、睡眠不足もあるはずなのに。

 気持ちが焦っていた。とにかく、焦っていた。

 出発前夜のやりとりが、ケントの心に重くのしかかっていた。


  *


「マリーが目を覚ました」


 ケントが報告すると、栗色の髪をした長身の青年は、いつもどおりの穏やかな微笑みを浮かべ、「良かったです」と言ってくれた。


 クリストファー・アンダーソン。通称クリス。魔法と、魔法使いの魔力のオーラを『視る者』。

 視る者が上に立って魔法使いを管理する国において、彼は特別に優れた視る目を持ち、おそろしく頭が切れ、二十代の若さで王家の重責を担う。

 魔力の大きなAランク魔法使いのケントも恐れず、監督者として、十年以上、面倒をみてきてくれた人。


 もっとも、魔法使いダグラスが王家に反旗を翻して、クリスが監査局を設立したとき、ケントに手伝う意思はなかった。

 人嫌いでコミュ障のケントは、クリス以外の誰とも関わりたくなかったし、独り、好きな魔法研究をしていたかった。


 ただ、クリスが、命懸けで魔法使いダグラスと対峙しているから──クリスを死なせたくないから、裏方として、魔法道具を作った。

 稀代の魔法使いダグラスに挑むことは、独学で魔法を究めてきたケントにとって、力試しの意味もあった。


 その後、クリスの余計な思いやりで、引きこもりのケントを外に出そうと、人と関わる仕事もふられ出したときは、手伝うのではなかったと、後悔した。文句も散々言った。

 それが、今では。

 クリスの目の届かないところで女の子(マリー)を拾い、クリスに図られた自立のステップが役立ったと思っているのだから、人生というやつは分からない。


「それで、ええと…見舞いに来てたイライザの提案で、ビジル市に行くことになったんだ。彼女の一座の次の公演場所で、魔法の問題も解決しやすいって」


 ケントは緊張気味に、クリスに言った。

 マリーが倒れた日にすべて白状し、現状維持でマリーを守れと指示を受けていたものの、場所を移動していいかは聞いていなかった。どのくらいの期間、ケント本来の仕事を離れ、マリーについていていいのかも。


「…ごめん。相談もなしに決めて」

「かまいませんよ。徒歩旅で、二週間くらいですかね?」


 許可してもらえるか心配するケントに対し、クリスはあっさりとうなずいた。


「…本当にいいのか? 二週間も監査局の仕事から離れて」


 思わずケントは聞き返した。

 以前、監査局とは別件の仕事が入り、二週間の作業計画をあげたら、期間短縮のため、大量の増員を送りつけられたことは忘れられない。


「問題ありません。表向き、サミーの事件で、あなたは負傷したことにしてあります。それを理由に、普段ほかの仕事に就いている戦闘員を召集しましたから」


 クリスの答えはそれだった。

 ケントを戦力外にして、代わりを補充したと。

 しかし、そこに含まれる、それ以上の意味にケントは気付いた。


「まさか、お前…決戦が近いって言ってる?」

「そりゃあ、ダグラスが魔女マリーを見つけましたからね」

「ちょっと待てよ!」


 肯定の返事に、ケントは叫んだ。

 この一年、ダグラスは、彼の魔法石コールライトを盗んだ魔女マリーの追跡を優先し、王家のことはほぼ無視してきた。

 それが、ケントがマリーを拘束したことで、一気に決戦モードへ突入するとクリスは言ったのだ。


(バカか、俺は! マリーの所在がはっきりした以上、ダグラスは動くに決まってんじゃねえか! 俺さえ殺れば、マリーを手に入れられるんだから)


 うまくクリスに誘導され、もうしばらくは大丈夫だと思わされてしまった。


「決戦が近いのに俺を外すとか、何考えてんだよ! 魔法攻撃を防ぐ大規模魔法装置の構築とか、俺がやることは山ほど…」

「では、マリーさんにすべての真実を話して、都行きを説得しますか?」


 クリスが言った。


「それは………」


 そこでケントは、言い淀んだ。


──マリーに真実は話せない。


 彼女は──マリーは、人でありながら、強大な魔法媒介能力──魔法石の能力を持ち、それをダグラスに狙われている。


 世界でたった一人、魔女マリーだけが持つ、青白い魔力のオーラ。

 通常、魔力のオーラは無色透明なのに、マリーだけ色付いていたのは、彼女が魔法石の輝きを身にまとっていたからだったのだ。


 そして、そのことを知れば、マリーはみずから命を絶ってしまう。

 また、真実を話しでもしない限り、一人でダグラスに立ち向かおうと固く思いつめている彼女は、都行きには同意しない。


「…マリーの真実は話さない。俺がマリーを都に連れて行けばいいだけだ」


 凄腕の魔女の噂は嘘だった。『魔法使いケント』が彼女を無理やり連れて行くことは、とてもカンタンなことだ。

 途端、クリスの表情が険しくなった。出来の悪い弟分に頭痛を覚えた、そんな類の反応だった。


「マリーさんはさぞ悲嘆に暮れ、あなたを恨むでしょうね。そして、あなたはさぞかし、いい仕事ができるんでしょうね」


 グサッ! グサグサッ!

 痛烈な皮肉がケントに突き刺さった。

 マリーを泣かせておいて、仕事に集中するなんて鉄の心臓を、ケントは持っていない。


(って、俺、肝心なときに役立たずかよ!?)


「いいですか、ケント。マリーさんを大事に思うなら、マリーさんを泣かせるような選択はしないことです」


 真剣な声で、クリスが言った。

 けれど、ケントはその言葉を受け止められなかった。


(駄目だろう、クリス、それは)


 今のは、監査局の長であり、王家を護る彼の立場を離れた発言だと思った。


「どこか、ダグラスの分からない場所に、マリーを逃がす」


 苦しい気持ちの中で、ケントは言った。

 ダグラスと王家の戦争で、クリスを死なせたくなかった。彼は最後の最後まで、指揮官として戦い、逃げるということをしないから。

 勝ち目のない戦いだとしても、彼の命だけは守りたかった。

 しかし。


「マリーさんに何も教えず、独りにするんですか?」

「っ」


 クリスの言葉に、ケントは頭を抱えた。

 マリーは、人を助けるために、無意識に、自身の魔法媒介能力を使って魔法を発動させる。

 けれど、魔法の媒介には、ひどい副作用がついてくる。魔法で生じた痛みが彼女に返るという…。


「マリーを一人に……したくない。でも」


 王家方の戦力から自分が外れるのも嫌だ。

 両立しない、ふたつの気持ち。


「ケント。顔をあげて。私を信用することはできますか?」


 ふっと、クリスが声をやわらかくした。


「あ…当たり前だろ!」


 ケントは即答し、クリスを見た。

 クリスは微笑んでいた。覚悟を決めた人間の、何事にも動じない微笑みだ。


「これから、私も忙しくなりますし、連絡が取り辛くなると思います。こうして顔を合わせて話す機会も」

「クリス…」

「ですから、今、言っておきますね。ケント。あなたは、マリーさんを守ることを最優先にしてください。ダグラスとの戦争は、あなた抜きでやりますから」


 キッパリと戦力外通告をされ。


「お…おい!」

「大丈夫です。私を信用してくれるんでしょう?」


 本当に、一縷の不安も感じさせない、力強い笑みを浮かべて殺し文句を言う。


「そ…れは、ずるいだろう……っ!」


 ケントは泣きそうになりながら、苦情を言った。

 けれど、そこまでだった。


──マリーとつないだ手を、離せない。


 今は、まだ。


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