4 魔女っ娘が守る村 #ケント
「おまえが立ってんのは、魔法使いの魔力を無効化してくれる餅の上だァ!」
高らかに勝利宣言する魔法使いゲーリー。
足元の透明な餅に、魔法と身動きを封じられてしまったアリス。
そして、アリスをかばい、彼女の前に立ったマリー。
魔法使いとして魔法を使うわけにいかない状況下で、ケントは舌打ちした。
それから。
胸元から魔法道具を取り出して、投げた。
「な、なんだ、これはっ!」
意気揚々と攻撃魔法を詠唱していたゲーリーが叫んだ。
ケントが投げた魔法道具の縄は、あっという間にゲーリーをぐるぐる巻きに縛りあげると、彼の魔力を封じた。
「ケント!?」
マリーが驚いて、ケントをふりかえる。
ケントは、バテバテの体をなんとか動かし、マリーの横に並んだ。
「お…おまえか!? この訳わからん縄はっ」
ケントを見て、ゲーリーが怒りの声を上げた。
「わからんはずがないだろう。おまえの用意したものが魔法を無効化する餅なら、これは魔法を無効化する縄だ」
「はあっ?」
「それからマリー。体を張って人をかばうのは、やめてくれないか」
ケントはゲーリーの質問に答え、それからマリーを見て言った。
魔法を使えない制約を抱える中、マリーみずからトラブルに首をつっこむ流れは、本気で勘弁して欲しかった。
「悪かったねっ! あたしはあんたと違って、姑息な小道具なんか準備してないんだよっ」
心外そうにマリーが叫んだ。
*
その日は、ウッズ村で泊まった。
アリスを救ったケントとマリーは、村人の大歓迎を受けた。
夜中、ケントはアリスに呼び出された。
「これ、ありがとう。おかげでラクに運べた」
アリスは、やや不本意そうに言って、ゲーリーを捕縛した魔法の縄をケントに差し出した。
そのままパクるかと思っていたのだが、律儀なところもあるようだ。
「ああ、うん」
「ねえ。マリーさんの魔法って、ブラウン・イーグルでしょ」
ケントが縄を受け取ったところで、唐突にアリスは言った。
ブラウン・イーグルとは、王家方を支える魔法使いの通り名で、魔法使いダグラスによる支配を望まない人々には、ダグラスと戦ってくれる希望の存在で──ケントの別名だった。引きこもりの魔法オタクを、よくもまあ、祀り上げてくれたものだと思うが、今は置いておこう。
「な、なにを…」
自分の正体を隠さなければと、ケントは焦った。
「マリーさんの魔法、読もうと思っても暗号化されてて、拘束系ってことしか分からないじゃない。あんなクソ難しい魔法、一体誰が…って思ったけど、あんたが監査局の縄を持ってたから、分かったの。ねえ、これってつまり、あんたとブラウン・イーグルが共謀して、マリーさんを魔法で無理やり縛り付けてるってこと?」
ストレートに、アリスは自分の見解を語った。
ケントのことを監査員だろう、と。
(ああ、そうだ。俺、魔力のオーラを消してたんだった)
ケントは安堵の息をついた。
監査局のブラウン・イーグルは、国内に七人しかいないAランク魔法使いだった。
魔力のオーラをそのまま視せていたら、それだけで正体がバレる。
反対に、ケントが偶然発見した魔法で魔力のオーラを消せば、魔法使いと疑われることはなくなる。世間の人たちは、魔力のオーラがコントロールできるものだとは知らないから。
マリーの魔力のオーラも、拘束の魔法ついでにケントが消した。…マリーは、魔女であることを呪い続けていたら魔力が消え、ただの少女になれたと喜んでいるが。
(とりあえず、縄を使うのは要注意だな)
ケントが開発した魔法の縄は、王家側の監査局で広く使われている。
つまり、そのことを知る人間には、ケントが監査局関係者だと推察されてしまうのだ。
ひとまず身バレの心配はないと判断したケントは、言い訳することにした。
「俺が監査員だったら、なんだよ。『先生』に報告でもするか?」
『先生』──監査局の敵で、当代一の魔法使いダグラス。
ダグラスと配下たちは、厳密には師匠と弟子の関係だった。
「なんだ、気付いてたの」
けろりとアリスはケントの指摘を肯定した。自分はダグラスの弟子だと。
ダグラス陣営は今、都から離れた地方で、勝手に魔法使いを村の統治者に任命し、実効支配する試みを行なっていた。
つまりアリスは、王家の庇護をアテにできないウッズ村で、村人を守るためにダグラス配下に入り、村の統治者になることをダグラス陣営に認めさせた魔女なのだ。
捕縛したゲーリーの連行先も、ダグラスの関係機関。ダグラスの認めた統治者にケンカを売った者として。
もっとも、アリスがゲーリーに負けていれば、ダグラス陣営は新たにゲーリーを支配者と認め、アリスを処分している。村人と結託した名ばかり統治者も許容するダグラスだが、一点。より強い魔法使いによる下克上は推奨しているのだ。
「でも、どうして分かったの? あたしが先生の弟子だって」
「山で増幅器、使っただろ。ダグラスが弟子に配ってるやつ。でもなければ、おまえの魔力であそこまで山が削れるかよ」
ケントは言った。
見抜かれたアリスは、うげ、と唸った。
「ゲーリーが村を襲いに来るのは分かってたから、手下を瞬殺したかったのよ。あ、死なないように加減したわよ。…で? あんたは、あたしが監査員のあんたを先生に突き出すと思ってるわけ?」
「いいや。そもそも俺はもう監査員じゃない。分かるだろ? 俺たちの魔法は、ブラウン・イーグルの餞別だよ」
「つまり…あんたを先生じゃなく、監査局に引き渡したら、恋に溺れて魔法犯罪に走ったあんたは捕まって、マリーさんは解放されて…あんたに加担したブラウン・イーグルも咎め立てを受けるってことかしら?」
「そして、ダグラス配下の魔女も捕まるな。増幅器やダグラスの魔法書を所持してたら、ありがたく没収されるな」
「うっ……」
「ゲーリーの件でチャラってのが、お互いに一番いいと思うが?」
「…いいわよ。でもね、言っとくけど、マリーさんが本気で嫌がってないから、引き下がってあげるのよ。あんまり調子に乗らないことね」
最後に釘を刺し、アリスは夜空に飛び去っていった。




