2 魔女っ娘は人の話を聞かない #マリー
「ああ、もう、ここの野苺、邪魔っ」
山中の茂みをかき分け突き進みながら、マリーはぼやいた。
蔓を縦横無尽に伸ばした野苺が歩みを著しく阻むのだ。
急いでいなければ、すべてありがたく大切に食べるのにという思いから、余計にイライラしてしまう。
魔法使いによる魔法の行使と山崩れの轟音を聞いたマリーは、その現場へ急行していた。
助けられるかもしれない命があるのなら、助けなければならない。それがマリーの思考だ。
野苺の茂みを気にしながら進んでいたら、突然、視界が開けた。
「えっ? 空?」
そして、何もない眼前を見ながら踏み出した足が…。
(地面がないっ…!)
「うそっ」
「マリー!!」
突然地面が途切れ、落ちると思った瞬間、ケントに後ろから抱きとめられた。
二人して茂みに尻もちをつく。
「大丈夫か?」
「ダメ…心臓ばくばく」
マリーは素直に答えた。
目の前には、気前よく開けた空間。
足元では、カラカラ…と土の崩れる音がする。
ふとマリーは、自分をすっぽり包みこむケントの体を意識した。
自分より大きく、骨張った硬い体。すぐ疲れる軟弱者のくせに、こうして密着すると、いやでも認識してしまう。自分が女で、彼が男だと。
同時に、ケントとマリーの進展を応援し、彼を体で落とせとささやいた姐イライザの言葉が頭に戻ってきて。
(身体……ぅわあああぁっ!)
「助けてくれてありがと! もう大丈夫っ」
焦ったマリーは、早口で言うと、慌てて立ち上がった。
そのとき。
「ごっめーん!」
空から元気な声が降ってきた。
十四、五歳の少女が、マリーたちから少し離れた空中に浮かんでいた。
黒髪をふたつに振り分けてくくり、赤色の上半身だけの丈の短いフード付き外套を着た、見た目には可愛らしい雰囲気の魔女っ娘だった。
紫系のマーブル模様の宝石をイヤリングにして、つけている。魔法を媒介する力を持った魔法石だった。
(あの宝石はチャロアイトだね。右耳のチャロアイトを使って、空を飛んでいるのか…)
マリーはいつものクセで、魔法石をチェックした。
空を飛ぶ魔法の呪文が、光る魔法文字の輪となって、魔女っ娘の周りを回っている。
魔力のオーラは、普通に見かける魔法使いの中では、やや強い方。
轟音をとどろかせ、マリーが足を踏み外した場所まで山を削ったのは彼女だ。
特別よく視える目を持つマリーは、空間に残った魔法の残滓から、目の前の魔女っ娘の魔法だと判別できた。
ちなみに、魔力のオーラは通常、無色透明で、魔法使いの体を包む陽炎のように視える。誰にでも視えるわけではなく、魔法使いか、魔法を視る目を持った者だけが魔力のオーラを視ることができた。魔力量は、オーラの持つ密度の濃さ…視たときに受ける圧迫感で感覚的に判断した。
「人がいるなんて思わなくて、巻きこんじゃって悪か…」
そこまで言ったところで、魔女っ娘は言葉を切った。
そのまま空中で、ブツブツつぶやいたり、思案を始める。どうやら、マリーにかかる魔法に気付き、読み始めたらしい。術式の隠された魔法だったが、魔法使いなら、魔法の終端から術式を解放して読むということができる。
もっとも、マリーの場合は、凄腕の魔女と噂されながら、術式の解放魔法すら知らないのだが。
「ちょっと、あんた!」
魔女っ娘が魔法の解析に没頭し、戻ってこないので、マリーは声をかけた。
「話しかけておいて、放置は失礼じゃないかい?」
「あ、わ…待って、もうちょっと待って!」
魔女っ娘は、悪びれる様子もなく答え、思案を続けようとする。
マリーは憤然とした。
「ケント、行こ」
マリーはいまだ尻もちをついたままのケントに言った。
踵を返して、歩き出す。
こんな無礼者の相手をする義理はない。
「あ、もうちょっと魔法を読……って、お姉さん、足っ!」
「え? …ぅわっ!」
魔女っ娘が「足」と言った次の瞬間、マリーの身体は宙に浮いていた。
物を空中に浮かせる魔法だ。
マリーの胴回りに、魔法文字の輪っかが回る。
魔女っ娘のさじ加減で空中を運ばれる感覚に戸惑いながら、マリーはなんとかバランスを取り、体勢を保った。
「いったい、なんの真似だい?」
魔女っ娘の目の前まで運ばれたマリーは、抗議した。
しかし、魔女っ娘はやはり悪びれず、
「その足じゃ歩けないでしょ」
と、マリーの足を指して言った。
なるほど。
言われて気付いたが、マリーの膝下は赤い汁でびっしょり濡れていた。
「あたしのせいだし、医者まで連れてくから。あ、そっちのも一緒に連れてかないとね」
魔女っ娘が追加で呪文を唱えると、ケントの胴回りにも魔法文字の輪っかが出現した。
「う…わああああぁっ!」
途端、ケントが絶叫した。
お読みいただき、ありがとうございます。
ケントの絶叫の理由はアレです。
車を良く運転する人が、私の運転する車に乗ると青ざめるのと同じ理由です。




