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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第五章 青い月の夜に
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8 嘘でつないだこの手を、もう少しだけ #ケント

 女性向けの緻密な細工を施された首飾りを、ケントは手に取ってながめた。

 宝石屋に加工依頼したものが出来上がり、宿まで届けてもらったのだ。

 ペンダントトップは、魔法石だった。この魔法石でマリーとイライザを離れられなくして、マリーと別れるつもりだった。

 だから、実は注文時に納期で争っていた。一日も早く納品して欲しいケントと、加工に時間がかかると主張する宝石屋とで。


『いやあ、お連れさん、あからさまにお客さんが魔法石に夢中になってることに嫉妬されてましたから。プロポーズに贈る装飾品まで魔法石じゃ、こりゃケンカになるなと思いましてね』


 納品時、宝石屋は、得意げにそう言った。


(彼女に似合うように加工してと言っただけなのに、プロポーズ用と思われてたとは…)


 宝石屋が、一週間はかかると、頑として譲らなかった理由が、まさかのいらぬ気配り。


『これだけ凝った細工ならお連れさんも、喜んで受け取ってくれますよ! うちは幸せを売る宝石屋なんでね、ぜひこれで、末永くお幸せに!』


 あまりに満足顔で言うので、プロポーズ用じゃない、さっさと納品して欲しかったと、クレームをつけることも忘れ、呆れてしまった。


(でも…この見当違いな善意に救われたのかもしれないな)


 宝石屋が帰り、一人になった後、ケントは思った。

 マリーが魔法を媒介してその痛みを受けると知らなかったら、きっと、魔力のオーラを消して青白い色が残っても、深く考えなかった。クリスの介入を避ける方に重きを置いて、彼女をもっとも危険な状態で解放していただろう。

 一週間待たされたおかげで、マリーの真実にたどりつけた。


「…幸せを売る宝石屋か」


  *


「そこの旅人さん、いい干し肉あるよ~!」


 所せましと露店が並び、威勢のいい声があがり、たくさんの人々が行き交う中。ケントとマリーは旅の食料の買い出しに来ていた。


「おいくらですか?」


 マリーは品物を見て、露天商と値段交渉をした。人と話すのが面倒なケントなら、相手の言い値で買ってしまうところである。


(拘束の魔法が一度解けて、かけ直されたなんて、微塵も疑ってなさそうだな)





 マリーの様子を見ながら、ケントは拘束の魔法をかけ直したときのことを思い出した。


『クリス。これ、魔法の名残りが視えてないか?』


 ケントが確認すると、クリスは首を横にふった。


『いえ。もともと、魔法石を保護する魔法など、魔法石自体に魔法をかけた場合は、名残は視えないんです。…もし視えていたら、マリーさんも、もっと早くに拘束の魔法が通常のかけられ方をしていないと気付いたでしょうね』

『…ああ、たしかに』


 ケントはホッとしつつ、クリスにしろ、マリーにしろ、視えすぎる相手に魔法をごまかすのは、もう極力したくないな、と思った。


  *


 慣れない人混みに苦労しながら、ようやく一通りの買い出しが終わり、繁華街から脱出したときには、二人ともぐったりしていた。


「一体どこからあんなに人が集まってくるんだ」


 ケントはぜいぜいしながら愚痴をこぼした。

 ところが、同じように疲れを見せていたマリーは、そこで、「でも」と言った。


「おかしいかもしれないけど、こういうのも嬉しい。普通になれたってことだもん」


 魔女ではなくなったと信じているマリーに、ケントは胸を痛めた。

 本当はマリーは魔女のままで。ケントといることがダグラスにバレている、とても危うい状況。


(…なんて、怖がらせたって、いいことは何もない。本当にそうだな、クリス)


 ダグラスから感じていたプレッシャーをケントには見せなかったクリス。


(クリスが俺にしてくれたみたいに、今度は俺が…って、俺にどこまでできるのか分からないけど…)


「ケント。あんたのおかげかな? あたしは普通の女の子になれて、姐さんにも会えた。あんたと会ってから、それまでの、悪い方にしか転がっていかなかった流れが変わった気がするんだ」

「そう…かな」


 マリーから向けられた感謝の気持ちに、ケントはぽり…と頬をかいた。心がくすぐったかった。


「行こう、マリー」


 ケントは、荷物のない、空いた方の手をマリーに向かって差し出した。


「うんっ」


 マリーは花が咲きこぼれるような笑顔を浮かべ、ケントの手に、そのやわらかな手を重ねた。

 自分より小さなぬくもりを受け止め、ケントは、ああ、と思った。


 さっきマリーが目を覚ましてケントに笑顔を見せてくれたとき。目覚めない方がいいと思った昨日の自分を殴りたくなるくらい、嬉しかった。

 起きて、動いて、しゃべってこそマリーだと思った。

 彼女を守りたい、そう思った。


 自分が彼女を守る適任者かと問われたら、自信はまったくない。

 けれど、この役割を他の誰かに譲りたいとは思わなかったし、マリーに人として、笑って生きて欲しいと思う気持ちも、ケントの中で譲れないものだった。


(だから、マリー)


──嘘でつないだこの手を、もう少しだけ。


折り返し地点です。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます。

ちょっと2話ほど蛇足話を置いて、その後、後半戦に行く予定です。

後半戦もお付き合いいただければ幸いです。

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