短話 クリスの愚痴 #クリス
夜半。ケントとの話し合いを終えたクリスは、サミーの事件対策で借りた家具付きの部屋に戻った。
ケントの滞在に合わせて、契約を延長しておいたのだ。
「駄目だ。イライラが収まらない」
ソファに腰を下ろし、クリスはぼやいた。
頭を占めるのは、ケントへの怒り。
(どうして私を呼ぶんです。どうしてここまで来て、マリーさんの一生を背負う覚悟ができないんですか。ヘタレにも程がある)
ケントがマリーを守りたいなら、すべての縁を切って、二人で逃げればいいのだ。
しかし、ケントにはマリーに対する覚悟が足りない。
(マリーさんに魔法使いだとバレたら嫌われると思いこんで、堂々巡りに陥るとか、もう少し……)
そこまで考えて、クリスはハッとした。
(いえ、ちがう…私にも責任がある………)
今、ケントに足りないのは、『自信』。
魔法学の第一人者であるダグラスから特別執着されるだけの実績をあげて、なお、ケントには自信がない。
だから、本当の自分はマリーに嫌われると思いこんでいるし、自分が彼女の一生を背負っていくという道も見えない。
クリスは、これまでケントを少しずつ外に出し、自立を促してきた。
ただ、閉じこもっていたいケント自身の反発が強く、遅々とした歩みだった。
ショック療法に近い手段を取りたいと思ったことは何度もあった。けれど、ダグラスとの深刻な対立の中、ケントの戦力を失う危険を考えたら、実行できなかった。
(私が…ケントの手を離せなかった……)
さっきだって。
ケントにその考えがないのをいいことに、二人で逃げろと言わなかった。
役目として、マリーを守れと指示を与えた。
ケントがマリーと一緒にいる。状況としては同じでも、誰が意思決定を行うかで、この先の結果は変わる。
クリスが彼女のためにしてあげられることは、人として背負うにはあまりにも残酷な能力を隠匿するくらい。
魔法使いダグラスに限らず、悪用されたらその被害も計り知れない彼女を『管理しない』選択は、クリスにはない。
ケントが彼女の自由を願うなら、自分で意思決定して動いていくべきなのだ。
「自信………か」
クリスは小さくつぶやいた。




