6 マリーを守る方法、それは #ケント
「なあ…マリーは、目を覚ますのかな?」
ケントは弱々しくクリスに言った。
呼吸はかろうじて細くしているものの、身動きひとつしないマリーを見ていると、どうしても目を覚ますとは思えなかったのだ。
「痛みを受けたショックで意識を失った状態と考えれば…覚ますと思いますが」
クリスも、断言するのは避けた。
魔法石の能力を持つマリーを、普通の人の身体と同じようには測れないと、彼も考えているのだ。
「だよな…」
「そうですね……一日待って、それでも目覚めなければ、一旦都に移しましょうか。私の個人的な知り合いに、医者がいます。柔軟性に富んでいて、大事に動揺しない、秘密をちゃんと守れる人です」
「けど、そうしたら、ダグラスと戦争になる…!」
クリスがマリーの保護に絡んだ時点で、ケント個人の思惑ではなくなってしまうから。
「そのときはそのときです。マリーさんをダグラスに渡さないことは、今、私たちが為すべき最大の戦いですからね。許可証のない魔法使いを阻む王都の護り──ダグラスがマリーさんの能力を使ってやろうとしているのは、王都の護り破壊でしょうから」
クリスの指摘に、ケントは「あ」と声を上げた。
魔女マリーが初めてダグラスに挑み、彼の前から逃げたとき。彼は製作途中だった王都の護りを破る魔法装置を彼女に壊されたと発表したのだ。
その後も、王家と正面切って戦うことはせず、都度理由をつけては魔女マリーの追跡を優先させ続けた。
「そういう、ことか…!」
ダグラスは、ただ闇雲に大きな力を欲したわけじゃない。
マリーの持つ魔法媒介能力こそが、ダグラスの切り札だったのだ。
「さて。そろそろ結論を出しましょうか。現時点で一番、マリーさんにとって安全な場所はどこか」
なんの困難も感じていないような声でクリスにそう言われ、ケントは憮然とした。
ここまでの、あっちもこっちもダメだと言った話し合いはどこへ行ったんだと思った。
「そんな場所はない」
「私には心当たりがありますけど? マリーさんが反発せず、魔法媒介能力も封印できる」
「ほ…本当か!?」
ケントは身を乗り出して言った。
八方塞がりにしか見えない中でも道を見つける。やっぱりクリスはすごい、そう思った。
けれど。
「あなたがもう一度、拘束の魔法をかけるんです。ああ、マリーさんの感情で魔法が解ける機能だけはもうやめてくださいね」
答えを聞いた瞬間、ケントはがっかりした。
「何言ってんだよ。ダグラスにバレてんだぞ?」
「ダグラスがあなたを殺しにくると思いますか? 私の答えはノーです。ダグラスはあなたを後継者に誘い、マリーさんを一緒に連れて来いと言ったんですよね?」
「…そうだけど」
クリスから報告していないことを指摘され、ケントは肝を冷やした。
いくら監督者とはいえ、こうも看破されていると本当に怖い。
「つまり、ダグラスは、マリーさんの気持ちの変化を読み切れていないんです。今でも、マリーさんは自分を見たら逃げると思っている」
「まあ…そうだな。マリーが逃げるからダグラスの話はするなと釘をさされたし」
「ダグラスにとって、拘束の魔法でマリーさんの逃亡が阻まれている状態は、悪い状態ではないんですよ。少なくとも居場所を見失わずにすみますから。それに、あなたを後継者にしたいというのも、本気でしょう」
「俺? 俺なんて別に…あれは俺を油断させて、マリーを手に入れたいだけ…」
「そんなわけはありませんね。これまでにも、何度も誘われてきたでしょう」
「おまえ、全部知って…!」
過去に何度か受けたダグラスからの勧誘も、クリスに報告したことはなかった。波風を立てないために、むしろ隠していたつもりだった。
「すみません。察してしまうものですから」
クリスは悪びれもせずに言った。
「いいよ、もう。でも本当に、俺に執着する理由がないだろう。俺なんか、奴の足元にもおよばないんだから」
「…足元にもおよばない、なんてことはないと思いますよ。そもそもダグラスは五十二歳。あなたは十八歳。魔法を研究してきた時間が違います。むしろ向こうは、その時間の差を充分に認識して、あなたに期待するところがあるんでしょう」
「そうか?」
「そうなんですよ。ダグラスは、あなたがマリーさんを拘束したことで、鴨が葱を背負って来た──マリーさんとあなたの両方を手にいれる好機を得たと思っているんです!」
「いや、それ、買いかぶりすぎ…」
身内びいきもいいところだとケントは恥ずかしくなった。
ところがクリスは「いいえ!」と強く言った。
「ずっと私は…プレッシャーを感じてきたんです。ダグラスが王家に宣戦布告し、多くの魔法使いを配下におさめ、圧倒的優位に立ちながら、王都を攻めず、膠着状態に甘んじる中、態度の端々に、あなたを育てて満足している節が見られることに」
「は? プレッシャー? …おまえが? そんな態度、微塵も…」
「見せるわけないでしょう。私が弱気になったら、あなたを不安にさせるだけ…いいことはひとつもありません」
『王家の連中よりわしの方がお前を見込んでおると思うぞ?』
ダグラスの言葉を、ケントは思い出した。熱の入った言葉で、本気だと感じたからこそ、ケントの心変わりを待つ時間稼ぎにマリーを追ったと言われて、悔しかった。マリーの苦労が報われないと思って辛かった。
「えと…ごめん、クリス。ちょっとだけ待って………おまえは、俺がダグラスに寝返るんじゃないかと心配してた…ってこと?」
「そんな心配をしていたら、あなた一人であちこちに行かせたりしません。ただ、相手が相手ですから。プレッシャーには感じましたよ」
(あ…れ………)
ケントは、ここにきて、これまで自分の見てきた世界が、本当に何も見えていなかったのだと気付いた。
クリスの言うことをきいていれば間違わないと思い、だから、クリスにとって都合のいい駒になろうとした。いずれクリスに必要とされなくなったら、自分のような出来損ないは世間と関わってはいけないから、閉じこもろうと思った。
だけど。
クリスにとってのケントは、『ただの駒』ではなくて。ケントも、自分で思っていたよりは出来損ないではなくて。
(ああ、そうだ。本当は、ずっと感じ取ってた)
ケントを友人だと言って絡んでくるギルから。
ただ──魔法使いの王子として生まれたギルが、彼を支えるクリスが、『国を背負って立つ』ために、どれほど真剣に生きてきたか。ケントは間近で見てきた。
二人がまぶしすぎて、ケントのような人間が近くにいていいとは思えなかった。
だから、頑なに線を引き続け、『いつか捨てられる日』に備えた。
(俺が、傷付きたくなかっただけ)
二人は、そんな弱虫ケントすら、受け入れてくれていたのに。
(マリーのことなんて、二人の立場なら、面倒起こすなって、頭から否定するべきところを…うまく行くように一生懸命考えてくれた)
「さあ、これからの話をしましょう。ケント。マリーさんをダグラスに渡さないよう、そばにいて、守って下さい。もう一度マリーさんに、拘束の魔法をかけて、あなたの魔力も消して──あなたが最初についた嘘を続けるんです」




