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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第五章 青い月の夜に
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5 期待されても、俺は #ケント

 ケントは、マリーが持つ能力をクリスに打ち明けた。


「本当はマリーに全部話した後、オーラ消しの魔法を教えて、別れようと思ってたんだ。でも…」

「オーラだけ消しても、青い色が残るなら、消さない方がマシでしょうね」

「うん」


 魔力のオーラとは違う青い輝きが視えたら、それは何なのかと、視た全員が気になるだろう。


「この青白い色が魔法石の能力を意味してるとか…信じられないよな」


 ケントは言った。

 正直、混乱もしていたし、知った内容が重すぎて自分の手には負えないと感じていた。

 クリスはなにかを思案するようにケントをじっと見つめた。


 それから、おだやかな声で、

「ひとつ、教えてもらえませんか? 私は…あなたが魔女マリーを見つけたら、すぐに教えてもらえるものと思っていたんです」

 と言った。


 ケントの立場上報告義務はあったし、クリスが重要視していることを知りながら隠匿するのは立派な背信行為だ。ただ、それを咎めるのではなく、純粋に理由をたずねているのが分かったので、ケントも素直に答えた。


「独りでいることがマリーの望みなら、それを奪いたくなかった」


 ケントにとって、『独りでいること』は人生で最も価値のあることだから。


「それが彼女の望みなら、拘束の魔法もすぐに解けていたと思いますけど」


 クリスはケントの考えを否定した。

 そして。


「あなたも」


 ふいに語気が強まり、ケントはびくりとした。


「独りを渇望する気持ちが強くあるのは分かりますが、それは別の気持ちが形を変えたものかもしれないと…考えてみることはできませんか?」


 熱い気持ちのこもった言葉が、ケントに届いた。

 それは、長年、クリスが胸にいだき続けながら、言わずに来た想いだ。

 ここまで目をつぶってきてくれたその言葉を、今、ここで口にする気持ち。



『期待』



 それが痛いほど分かって、ケントは暗い気持ちを覚えた。

 自分の中に、マリーと一緒にいたい気持ちがあることも、マリーに対する気持ちが好意だということも分かっている。

 けれど、それでも。


 自分に怯える人を見るのが嫌。

 魔法理論は分かっても、人の心は分からないから、なにげない言動で人を傷つけてしまい、対処にこまるのが嫌。

 どうせ受け入れてもらえないのなら、最初から独りがいい。


 ずっとそう思って生きてきたのだ。

 だから。


「…俺は、人との付き合い方を知らない」


 ケントは言った。

 クリスはケントの問題行動に手をやいてきたから納得するだろう。そう思っていた。

 ところが。


「そんなことはありませんよ。私や殿下と十年以上付き合ってるでしょう」


 クリスは予想外の事実を指摘した。


「私も殿下も、どんな相手だろうと相手に合わせますが、あなたの前では自分を作っていません。殿下なんて、無理して『王太子』を演じていますから、あなたの前で素に戻ることでバランスをとってるんですよ」

「うん…」


 クリスの話を聞きながら、ケントはサジッタ一座での経験を思い返していた。ケントの顔を見て怖いと逃げた者はひとりもいなかったし、マリーがそばにいない間も、サジッタ一座の人々と必要な意思疎通は問題なく図れた。


「世界は、これまであなたが思い込んで見てきた世界と少し違う──そう思いませんか?」

「ああ、違う…と思う」


 マリーと旅を続けるために、自分がなんとかしないと、と無我夢中でやってきた。

 初めて二人で泊まった宿では、穏便に、変な疑問をもたれないよう、宿の主人に多めにお金を渡した。翌日彼女を置いて出るときも、彼女は疲れているからゆっくり休ませてやってくれと根回しをしてから出かけた。

 至って普通の立ち回りで、取り立てて自慢するようなものでもない。

 しかし、ケントは。

 そんな普通の、誰にでもできることも無理だと、自分には絶対にできないと決め付けて、やってみることすら拒否してきたのだ。


「たくさんの可能性が波のように押し寄せてきて、見えたと思えば隠れて、寄ってきたかと思えば引いて──戸惑う気持ち、怖いと思う気持ち、分かりますよ。でもきっと、あなたの心の底にある望みは、その波を超えていった先に──その波に飛び込んでいく勇気をもった者にだけに掴み取れるものではないでしょうか」


 クリスの言葉のひとつひとつが心にささる。

 泣きそうな気持ちになりながら、それでも、とケントは思う。


(俺には無理だよ、クリス)


 目覚めた彼女に、自分が魔法使いだと告げるのが怖い。

 一度決めたはずの覚悟は、機会を逸しただけであっさりと崩れた。

 いや。荒波に飛び込んでいく勇気なんて、最初からケントにはなかったのだ。

 そして。

 自分が傷つく以上に怖いことがある。


「なあ、クリス。マリーは…目を覚ました方がいいのかな?」

「ケント! いけません、私たちがあきらめては…」

「でも、俺にはマリーが目覚めた方がいいなんて思えない! だって、あんまりだろ? ひどすぎるだろ? 魔法を媒介した挙句に痛みを受け止めるとか、そんなの──青い魔力のオーラを背負って、どうやって生きていけばいいんだよ!」

「考えましょう。あきらめず、投げ出さず。マリーさんが目を覚ましたときに、心から『おはよう』と言えるように。そのために、私を呼んだんでしょう?」

「分からない……もう。───怖いんだ。マリーがこの先、ボロボロに傷つく日が来るんじゃないかと思ったら」

「ケント、しっかりしなさい!」


 弱音を吐いたケントを、クリスが叱りつけた。

 それから。


「怖がっていても、良い考えは生まれません。考えて、考えて、考えるんです。そして、一人より、二人の方が、より最善策に近づけます。だから、落ち着いて。ひとつひとつ、課題をクリアしていきましょう」


 そう言ったクリスの声は、普段と変わらない落ち着きを持っていた。

 混乱をきたしていたケントの心を、引きずり込むほどの揺るぎなさ。


「ごめん…」


 ケントは謝った。パニックを起こしてごめん、と。

 まだ恐怖はあったが、なんとか気持ちを落ち着かせる。


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