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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第五章 青い月の夜に
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3 青い月の光の中で #ケント

 しんと静まり返った部屋に、控えめなノックの音が響いた。

 それから。


「開けてもらえますか?」


 耳に馴染んだその声を聞いた瞬間、ケントは不覚にも安堵を覚えた。


 マリーを宿に連れ帰り、ベッドに寝かせ、クリスと連絡を取った後、ケントは放心状態でただただマリーを見つめていた。

 まるで世界にたった二人だけしか存在しないような静寂の空間に呑み込まれていた。

 本当に世界にたった二人だけなら良かったのにと、そう思った。


 クリスが、宿の部屋に来たのは日没後だった。ヘイデンの後始末を頼んだからだ。

 二人だけの世界の終了を告げるクリスの訪れに、ケントはのそのそと扉の前まで行き、魔法で施錠した部屋のドアを開けた。

 頭は重たく、この行動の是非を考える力もなかった。


「ケント…マリーさんが倒れたそうですが、あなたも相当ひどい顔していますよ? マリーさんの具合、そんなに悪いんですか?」


 クリスはまず最初にマリーの容体を気にかけてくれた。

 その声も、とても優しくて。


「もう…どうしたらいいのか分からないんだ」


 ケントは泣き出したい気持ちになって、そう言った。


 クリスは、仕方ない子だな、とでも言うような表情を浮かべると、

「入りますよ」

 と、律義に断ってから、部屋に入った。


 昇ったばかりの満月の光が部屋に射し込み、明かりをつけていない部屋を仄青く照らしていた。

 ベッドで眠るマリーにも月の光は注がれ、彼女の青白い魔力のオーラがひときわ輝いていた。


 クリスは、無言のまま、しばらくマリーをじっと見つめた。

 やがて、小さく、「椅子、借りますね」と言って、座った。そのまま頭をかかえる。


「クリス…?」


 ケントが呼びかけると、クリスはすぐに顔をあげた。その表情は、辛そうだ。


「すみません。覚悟はしてきたのですが、マリーさんのオーラが強すぎて……あなたは平気なんですか?」

「うん。俺やダグラスを上回ってるのは分かるけど、その程度」

「ではおそらく、普通に視える範囲の上限をふりきっているんでしょうね」


 クリスの目が特別よく視えることは知っていたが、そう言われると、ゾクッとした。

 なにもかも、規格外すぎる彼女。


「ケント。前に少し言いましたね。イリス一座を調べたと」

「ああ。三年前になくなってて、マリーの名前もなかったと」

「いまさらでしょうが、調査内容をお話しします」


 クリスが言った。

 先にケントから情報を引き出そうとするのではなく、まず自分が得た情報を話すと。


 ああ、敵わないな、と思う。クリスのこういう、相手本位な姿勢。


「イリス一座は、存在感の薄い一座だったそうです。好評だったのは占いだけで、ピエロの曲芸と暗い楽曲の演目はほとんど観客もいなかったとか。話を聞かせてくれた方は、彼女たちの暗い楽曲が好みだったと言っていましたが」


 クリスが言った。

 イリス一座は、収入も極端に低く、食事は山野にあるものを調達していたらしい。


(そういえば、初めて野宿した夜、マリーも、そこらへんのもので食事を間に合わせていたな)


 ケントのほどこしは受けない、これで充分だと言い張って。


(…ああ、そうだ。ちょっと無理な旅をして食事をさぼったから痩せたが、山野の恵みをきちんと摂れば大丈夫、だから解放してくれと言ったんだ)


 クリスの話を聞きながら、ここまで見てきたマリーの言動を、ケントは思い出した。


「記録では、一座はキノコによる集団食中毒死で廃業となっていましたが、死亡診断書を書いた医師をたずねたところ、そんな診断はしていないとの回答でした」

「あ、ああ…」

「ケント。シェイド市に着く前に、サジッタ一座に立ち寄りましたよね?」


 報告していないことを、クリスは確信を持って言った。


「イリス一座でひとり生き残った方が、サジッタ一座に移籍しています」

「…うん。会ったよ。マリーの姐さんだった。一座を滅ぼしたのがダグラスで、イライザは奴の強い魔力を視たショックで気を失って、助かったと言ってた。イリス一座の生き残りがいるとダグラスにバレないよう、姿形も変えたらしい」


 ケントは正直に話した。

 もうクリスに隠そうという気持ちは消えていた。


「そう…ですか。姿を変える変装は、一座の伝統だったようですね。異性トラブルを減らすために器量を落としていたとか」

「変装…」

「まあ、ほとんどは顔の一部に手を加える程度だったそうですが。ただ、これを見せたところ、みな、イリス一座の座員たちだと、証言が得られました」


 そう言って、クリスが鞄から出してきて見せてくれたのは、魔女マリーの手配書だった。

 手配書を作成、貼り出しているのは地方警察だ。少々ややこしいが、ダグラスが王家に宣戦布告した二年前に乗っ取って以来、地方警察はダグラスの意向で動いている。ダグラスは、いくつかある魔女マリーの変装のうちの何パターンかを手配書に起こしていた。


「マリーの変装は、亡くなった座員たちだったのか……!」


 その点に気付いていなかったケントは、驚きの声を上げた。


「…いや、まてよ。おまえはどうして『そう』だと思ったんだ?」

「イリス一座の年齢構成が中年に偏っていたので。十六歳のマリーさんが中年の姿にこだわるのは、『そう』いうわけかと」


 クリスは、当然のように答えた。


(そうだ。中年女性の中で育ったって、俺も聞いてた……)


 自分も同じ情報を得ていたことを思い出し、ケントは悔しく思った。


「ちなみに、私が現地に行って驚いたのは、魔女マリーの手配書がなかったことです。道行く人々に聞いてみても、手配書も、魔女マリーが現地に現れた話も聞いたことがないと言っていました」

「え? それって…どういうことだ?」


 クリスが、スッと表情を引き締めた。


「ダグラスは、彼女がイリス一座の巡業地を避けること、手配書を貼り出した後も同じ変装を続けることをよく理解した上で、彼女の真実につながりかねない巡業地を外して手配書を回したんです。ダグラスは表向き、魔女マリーが立ち向かってくるから応戦する、自分の石を盗んだから追いかけるというスタンスですが、三年前…王家への宣戦布告よりも前にイリス一座を襲ったことといい、巧妙に、慎重に手配書を回したことといい…おそらく、ダグラスにとってマリーさんは重要な位置付けです。彼が、世間的に隠したまま追い求めるマリーさんの価値が何かまでは分かりませんが…」


 そこまで語ったところで、クリスは口を閉じ、ケントを見た。

 ケントは、ごくりとつばを飲み込んだ。

 ダグラスが追い求めるマリーの価値は、ケントが知っていた。…知ってしまった。


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