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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第五章 青い月の夜に
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2 炎の魔法使い襲来 #ケント

「厳重警備のせいでセシリアには近寄れんが…これぞ天のお導き。来い! おまえをエサにセシリアを呼び出してやる!」


 シェイド市郊外の草原。ケントがマリーから離れたタイミングで。

 三十代半ばの魔法使いがマリーの前に現れた。


(サジッタ一座を襲った炎の魔法使い…!)


 舞姫セシリア・レインこと、マリーの姐、イライザに執着するストーカー。たしか、名をヘイデンと言ったか。


「あたしをエサに誰をおびき出すって?」


 マリーは果敢なのか無謀なのか、ヘイデンにかみついていった。ケントに背中を向け、ケントの存在なんて忘れたみたいに。

 いや…違う。彼女はケントをヘイデンに気付かせまいと、あえてケンカを売っているのだ。


「悪いけど、あたしは、あんたみたいな下級魔法使いにどうこうできる女じゃないよ」

「なんだと!? 貴様、誰に物を言ってる!?」


 あっさりとマリーの挑発に引っ掛かり、ヘイデンは激昂した。


「ぐぬぬ…小娘と思って甘い顔をしてやれば、つけあがりおって。もういい、セシリアには焼死体で会え!」


 そう叫び、ヘイデンは魔法の呪文を唱え始めた。

 ヘイデンの手元に炎が生まれ、マリーに向かって襲いかかっていく。あと少しで炎が届くというところで、マリーのまわりに水の壁が出現した。


 マリーとヘイデン、ふたりの視線がケントに向いた。

 呪文を書いた魔法の札を地面に置き、手で押さえているケントに。炎での攻撃と予想がついたおかげで、筆記呪文が間に合った。


(ひとまず札でしのいだけど…)


「ケント!」

「なっ、おまえ、なぜ魔法が……そうか、その札か! 最近は魔法使いでもないくせに魔法道具を持つ邪道な輩が増えて……いや、その札、手で触れていないと魔法を維持できんのか」


 眼中になかった男の横槍に慌てかけたヘイデンだったが、すぐに魔法の札の弱点に気付き、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「所詮はまがいものだな。女を守りたければ、大事に札を押さえてろ!」


(…やっぱり札だけで切り抜けるのは無理だったな)


 ケントは、札を押さえたままの姿勢でヘイデンを睨んだ。魔法を使うため、服の袖口に仕込んである魔法石に意識を向ける。

 ここで魔法を使わないという選択肢はなかった。

 マリーに憎まれようとも。


「ケント、逃げて!」


 水の壁の中でマリーが叫んだ。ケントの身を案じて。


──ずっとだましててごめん、マリー。


 ケントは、目線を上に残したまま、少しうつむき、ヘイデンに口元を見られないようにして、呪文の詠唱に入った。


「まずはおまえから焼いてやる!」


 無駄口をたたいてから、ヘイデンも呪文を唱えはじめた。そのとき。


「逃げて──!」


 絶叫と同時に、マリーの青白い魔力のオーラが戻り、ケントは思わず詠唱を止めた。


(拘束の魔法が…解けた!?)


 もしかしたら術式にミスがあって、本当は嫌がっているのに解けていないんじゃないかと思うほど、解ける気配のなかった魔法。

 それが。


(なんで今………?!)


 マリーと目が合った瞬間、『拘束の魔法があるせいであなたが逃げられないのなら、こんな魔法はいらない』という彼女の心の叫びが聞こえた気がした。

 ケントは居ても立っても居られず、札から手を離して立ち上がった。同時に、ヘイデンの呪文が終わり、炎がケントに向かう。


(あ、しまっ…)


 もう防御の呪文を唱える時間はない。

 とっさに呪文の短い魔法返しを選択し。

 しかし、ケントが呪文を口にするより早く、ヘイデンの魔法が破壊され、炎が消滅した。


(マリー……!?)


「うわああああああっ」


 ヘイデンが絶叫し、地面に落ち、のたうちまわった。

 魔法返しは炎をそのまま返す技だが、魔法破壊は魔法そのものを破壊する技だった。炎は消滅し、魔法使いには痛みが返る。

 そして。


「ああああああっ」


 マリーも悲鳴をあげた。

 ヘイデンと同じように、のたうちまわる。

 ケントはヘイデンに捕獲用の魔法の網をかけると、マリーに駆け寄り、抱きしめた。


「マリー!」


 ひとりしきりケントの腕の中で暴れたあと、マリーはまるで糸の切れたあやつり人形のようにフツリと意識を失った。


「マリー!!」


 ケントは叫んだ。


(破壊した方に痛みは返らないはずなのに、なんでマリーまで痛がるんだよ?)


 なぜ、と考えながら、ケントはとんでもない天変地異の前触れでも目の当たりにしているかのような恐怖に呑まれていた。

 魔法で近くに誰もいないことを確認し、瞬間移動の呪文を唱えた。

 魔女マリーに戻った彼女を誰かに見られてはいけない、そう思った。


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