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嘘でつないだこの手を、もう少しだけ  作者: 野々花
第五章 青い月の夜に
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1 甘酸っぱい時間 #ケント

(ええと……どうしてこうなった)


 今、自分は華奢でやわらかで、いい匂いのする少女を思い切り抱きしめていると、冷静になってきた頭で理解したケントは、少し前の自分の行動を思い返した。


 ………。


 そうだ。サミーの死にショックを受け、悲鳴を上げ、動揺収まらないマリーを抱きしめたのだ。

 たしかなぬくもりが嬉しくて、全身で彼女を感じることを欲してしまって、そのまま離せなくなった。

 無我夢中で抱きしめ続けた。


(うわ、やらかした…!)


 抱きしめるなんてマリーに嫌な思いをさせたと、ケントは焦った。


 人嫌いで、スキンシップとは無縁に生きてきたように思われるケントだが、実は意外と経験している。

 原因は魔法使いの王太子ギルだ。

 監督者クリスの元で、ギルとケントは、同い年、同じAランクの魔法使いとして、長い時間を共に過ごしてきた。

 表向きは真面目な王太子の仮面をかぶるギルだが、ケントやクリスにだけ見せる素顔は、かなりチャラい。そしてスキンシップが大好きだ。

 ギルからべたべたされるたびに、心がざわざわして、落ち着かなくなった。やめろ、構うな、放っておいてくれと思った。


(いや、今の場合はセーフ、なのか…?)


 背中に回ったマリーの腕にも力がこもっている。


 …ああ、そうだった、とケントは思い出す。

 マリーも震えるケントに気付いて、抱きしめ返してくれたのだ。

 ケントもそうだったように、マリーもなぐさめの気持ちで抱きしめてくれたのなら、おあいこだ。一方的な嫌がらせじゃない。


(もう少し抱きしめていてもいいかな…)


 ケントがそんな欲を出したとき。

 すっと、背中に回されていたマリーの腕が離れていった。

 ケントが落ち着いたのを感じ取って、スペシャルサービスタイムが終了してしまったらしい。…と、思ったのだが。


 マリーはケントと距離を取ろうとせず、抱きしめた腕の中、ケントを見上げてきた。


 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


 反則級の可憐さだった。

 間近で見る潤んだ目。うっすらと紅潮した頬。ぷるんとした赤い唇。


(な…なんだ? 何か期待されてる…?)


 ケントは焦った。

 すがるような表情から、何かを求められていることは分かるのだが。

 これまで魔法研究しかしてこなかったせいで、今、何を求められているのか分からない。

 自分がとてつもなくバカになった気がする。



──ああ、その赤い唇に吸い付きたい。



(!? …俺、今、何考えた!?)


「あ、そうだ、魔法石! サミーが落とした魔法石、拾ってくるよ」


 その場の雰囲気に耐えられなくなって、ケントは言った。マリーの肩をぐいと押し、距離を取る。

 マリーはなぜかカアァッと赤面すると、うつむいた。

 そんなマリーを残し、ケントは草原を走った。サミーの倒れていた辺りへと。


(壊れた魔法石なんてどうでもいいけど…)


 顔が熱くて、無性に恥ずかしく、マリーの方を向けなかった。いや顔だけじゃない。全身が、これまで感じたことのない熱を持っていた。


(とにかく頭も体も冷やさないと、戻れないな)


 ケントは大きく息を吐いた。

 そのとき。


「大きな魔法のぶつかり合いが気になって来て見れば…おい、女! おまえ、セシリアと懇意な様子で抱き合ってたな!」


 ぶしつけな男性の声が響き、ケントは振り返った。

 シェイド市の巨大な建物群を背景に、三十代半ばの魔法使いが空中に浮かんでいた。

 ケントと男の中間点にマリーがいて、男の視線を一身に受けていた。


「厳重警備のせいでセシリアには近寄れんが…これぞ天のお導き。来い! おまえをエサにセシリアを呼び出してやる!」


 発言から、男の正体が分かった。


(サジッタ一座を襲った炎の魔法使い…!)


 舞姫セシリア・レインこと、マリーの姐、イライザに執着するストーカー。


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