16 今はまだ…優しい噓の中で #マリー
宿に戻ったマリーは、服についた血を軽く落としてから、落ち込んだ気分で、独り朝食のテーブルについた。
(サミーさん………)
マリーには、彼の罪をかばうことはできない。それでも、魔法使いとして生まれたために恵まれなかった彼を気の毒に思った。
ハア、とため息をついたとき。
胸を切り裂くような痛々しい魔法の波動を感知し、マリーは思わずテーブルに手をついて立ち上がった。
(攻撃魔法……なんて苛烈な──魔法石が途中で壊れた!? もうひとつの攻撃魔法が……ああ───)
伝わってくる魔法の波動に、胸がドキドキして、手は汗びっしょりで、身体がふるえて止まらなかった。
そして。
「え………ケント?」
まさにその位置にケントがいることに気付いたマリーは、何かを考えるより先に、走り出していた。
*
(ケントのバカ! バカバカバカ!)
マリーは、心中でケントを罵倒しながら、大きな魔法のぶつかり合いがあった現場に走っていた。
魔女マリーの魔法が視たいと無邪気に言うくらいだから、ケントの魔法バカは相当だ。その点は疑いようがない。
しかし、明らかに高ランク魔法使い同士の魔法戦に近付く行為は、本気でやめて欲しかった。
街を抜け、草原に出たところで、マリーは足を止めた。
数十メートル先に、茶色いフード付きの外套を着た魔法使いが背を向けて立っていた。サミーよりも強い魔力を持っている。
(あれが…監査局のブラウン・イーグル……!)
そして。
ブラウン・イーグルの向こうに人が倒れていた。
(サミーさん……!)
倒れていたのはサミーだった。
生きているときには消えることのない魔力のオーラはもう消えて、代わりに彼の命を奪った強い魔法の残滓が視えた。
それを目にした途端、ダグラスに一座のみんなを殺された三年前の地獄絵図が蘇り、マリーは絶叫した。
「い……やあああああああっ!」
突然の女性の悲鳴に、茶色い外套の魔法使いは、びくりとしたあと、サミーをかつぎあげ、空を飛んでどこかへ行ってしまった。
「マリー!」
すぐそばでケントの声がした。
マリーは振り返ると、ケントに走り寄った。
「ケント! サミーさんが……っ」
涙ながらにマリーは言った。
「ああ。魔法石が壊れたんだ。そうでなければ…」
ケントは、震える声で答えた。
血の気の引いた顔、動揺しきった目…。
(そうだよね。ケントは間近で見てたんだから、もっと怖かったよね…)
「ううん。サミーさんは魔法石が壊れかけだって知ってた。あたしが教えたから。傷付ける魔法が石を壊すってことも…!」
「え…?」
「止められなかった……もう引き返せないって言った彼を……」
サミーの立場に立っていたのがケントだったなら、きっとすがりついて、泣いて引き止めたのに。
「あたし……みごろしにしちゃっ………」
「マリー! それは違う! きみには何の責任もない! 知り合って、ほんの少し話しただけの奴の死を自分のせいとか、そんなのおかしいだろう!?」
「でも……」
「二十年近く生きてきて、ひとつも拠り所がなかった……それだけのことだ!」
ケントは、強い言葉で言い切った。
それから。
ガバッと覆い被さるように、強引に抱きすくめられて。
(ケントだって…やりきれないんじゃない。目の前で人の死を見て、なんとかできなかったのかと、悔しく思ってるじゃない…)
マリーは、震えるケントの体を、抱きしめ返した。
(今、分かった。ケントが魔法の現場に行くのは、争いを止めたいからなんだね)




