15 魔法使いダグラスの後継者 #ケント
「甘い考えのまま生きてこられたお前が目障りだ!」
サミーが攻撃呪文の詠唱を始め、ケントも対抗するため、呪文の詠唱に入った。
Bランク魔法使いならば、魔力を直接撃ち込むことで人命を奪える。
また、その呪文はシンプルで短い。
とっさに、ケントは最低限の防御と、残り最大出力の攻撃魔法を撃ち出した。
だが、同じ魔法を撃ち合うなら、当然、先に唱え始めた方が…サミーの方が早い。魔法を撃ち出せただけでも御の字だと、ケントは顔をかばうように眼前で腕をクロスさせ、重症を負う衝撃を覚悟した。
………。
数秒後。覚悟した衝撃が来ず、ケントは腕を下ろし、前を見た。
ケントの目の前で、サミーの身体がゆっくりと崩れていった。魔法使いが生きている間まとい続ける魔力のオーラが急速に消えていく。
「あ………」
一体何が起こったのか。
ケントはすぐに現状を理解した。
サミーの魔法石が壊れたのだ。だから、彼の魔法が不発に終わり、ケントの魔法だけが成功した。
「……うそ、だろ……」
「ふむ。つまらんな」
ふいに後ろ上方からふってきた声に、ケントはぎくりとして身構えた。
「ダグラス!?」
振り返って見ると、魔法使いダグラスが十数メートル上空に浮かんでいた。
眼光鋭い青い目、五十過ぎというにはハリのある浅黒い肌。魔法使いでよくイメージされる黒いフード付きの外套がこれ以上ないほど似合っている。
「そう警戒するな。わしは勝者にこう言うつもりで来たのだ。わしの後継者はお前に決まりだ、とな」
まるで舞台上の役者のように、意味深な含みを持たせてダグラスが言った。
「サミーを後継者にしたいんじゃなかったのか」
「ふん。目をかけて期待しとったが、あれは駄目だ。防御を捨て使える力を攻撃に全振りするなど…自らを犠牲に成功を望むなど愚か者の極み」
ダグラスはあからさまにサミーを貶した。
「攻撃に…全振り…!?」
ケントは、ダグラスの発言内容に衝撃を受けた。
サミーが防御を捨てて攻撃に全振りしたのなら。
たとえ魔法石が壊れていなくても、防御魔法があれば致死レベルではなかったケントの攻撃で彼は死んでいたということだ。
そして、さっきのケントの薄い防御では、全力の魔法攻撃を防ぎ切れていなかった。
つまり、両者相撃ちになっていた。
「お前は防御も考えとったな」
死を間近に感じて肝を冷やすケントに、ダグラスが言った。
褒め言葉だ。…ケントを評価し、勧誘をかけているのだ。
ケントは、凍るような衝撃から何とか自分を引き戻し、体にグッと力を込めて、ダグラスを睨め付けた。
「くそじじい。俺は敵だぞ」
「くく、身に覚えはあるはずだぞ。ちょくちょく誘ってきたではないか。なあ?」
馴れ馴れしくダグラスは言った。
そう。王都の外でも活動することのあったケントは、そのタイミングで、しばしばダグラスにからまれ、自分の元へ来いと誘われていた。けれど、今と同じような、冗談めかした軽い口調だったし、本気だとは思わなかった。
「あんたの配下には、たくさん魔法使いがいるだろう。敵方の俺を引き抜いて後継者とか、血迷ってるにもほどがある」
「わしもそう言いたいのはやまやまなんだが、お前を見ているとどうしても他が霞むのだ。独学で魔法を極め、このわしに挑み、いい勝負に持ち込み、食らいついてくる。わしはな、血以上に濃いものを受け継いでくれる者が欲しい。わしの研究を引き継ぎ、超えてゆく者が」
ダグラスの研究を引き継ぐ。
天才魔法使いの半世紀におよぶ叡智にふれられる。
一瞬、ダグラスの誘いに魅力を感じてしまい、ケントは唇をかんだ。ここで負けてはいけない、と自分を奮い起こす。
「あんたのいう後継者は、王国の後継者も兼ねるんだろう。悪いが、俺はギルやクリスを近くで見てきて、王様業のアホらしいまでの忙しさをよく知ってる。自分のしたい研究をする時間なんか、一分一秒だってありゃしない。骨身を削って国のために働くとか、俺は絶対にゴメンだ!」
とにかく嫌な点を挙げようと言うと、ダグラスは呆れたような顔をした。
「たしかに王国の後継者も兼ねるが、わしもお前に政治能力なんぞ期待しとらんぞ。なんなら、お前の保護者を連れて来い。やりたくない仕事は部下に押し付けられるのも王の特権。現王だって、お飾りで仕事しとらんしな」
お前の保護者──暗にクリスも引き抜いて連れて来いと言われ、ケントはギョッとした。ダグラスが本気だと分かったからだ。
「お前はわしの有望な後継者候補を殺した。その責任を取ってもらいたい」
「ク…クリスが俺の言うことを聞くかよ。あいつの世界の中心はギルなんだよ。あいつはギルと一蓮托生の覚悟決めてんの。絶対無理」
「…わしが言うのもなんだが、今の、自分で言ってて悲しくならんか?」
「ならない。最初から、分かってて、あいつらと付き合ってるから」
「そうか。…ああ、そうだ。サミーの依頼でお前の魔法を読んだぞ」
「!」
ケントはハッとした。
「魔女マリー。わしならお前の望む待遇で迎えてやるぞ?」
ダグラスは、ゆっくりと、もったいをつけるように言った。
その言葉は、ケントの中にじわりと染み込んだ。まるで少しずつ体を痺れさせる、緩慢な毒のように。
クリスは、ケント個人の感情より、王家の利益を優先する。彼女をただの女の子だと、そっとしておいてはくれない。
「ちょ…調子のいいことを言うなよ。あんた、王家より魔女マリーが憎いんだろう?」
大きな誘惑に呑まれそうになりながら、ケントはなんとかそう言った。
ダグラスは、ふん、と鼻で笑った。
「たしかに世間的にはそういうふうにしたな。だが、お前にまでそう言われるのは心外だぞ」
「は…?」
「魔女マリーを追いかけるふりをして、お前の心変わりを待っておったと言っておるのだよ。正直、王家の連中よりわしの方がお前を見込んでおると思うぞ?」
「な…にを言ってんだよ…」
この一年、マリーはボロボロになってダグラスから逃げ続けたのに。
彼女のあの逃避行が無意味だった上に、それを強いたのはケントだった…?
「そうそう、マリーにわしの話はするなよ。した瞬間に、お前といるのは嫌だと思って拘束の魔法が解け、行き先を指定しない瞬間移動で逃げるぞ」
ダグラスが言った。
拘束の魔法の内容を間違いなく読み切った発言だった。
ケントは、怖い、と思った。目の前にいる魔法使いを。背筋がぞわぞわとして、彼と対峙していることを耐え難く感じた。
魔法を読み切られたからでも、彼が凄い魔法使いだからでもない。
彼が、どす黒い、不穏な空気の中にいるように見えたからだ。
それは、本能的な回避だったとしか言いようがない。
──この人に近づいたら駄目だ。
「俺はあんたには付かない!」
ケントは叫んだ。
「…残念だ。だがまあ、気が変わったら、マリーを連れてわしの元へ来い。わしはいつでもお前を迎え入れてやる」
意外にもダグラスは聞き分けよくそう言い残し、空を飛び去っていった。
残されたケントは、ダグラスと対峙する緊張から解放され、大きく息を吐いた。
それから。
「そうだ、クリス…」
ケントはもうひとつの問題を思い出し、街の方を振り返った。
クリスがマリーと接触すれば、マリーはケントの正体に気付く。
街外れの草原から走り出そうとして、けれど、すぐにケントは固まった。地面に倒れるサミーが目に入り、自分のしたことに直面してしまった。
(俺の魔法がサミーの命を………)
体が震えて立っていられず、その場にガクッと膝をついた。
「おい、ケント、大丈夫か!? 今、飛び去っていったのって、ダグラスだよな? 何されたんだ!?」
心配した声に肩をつかまれ、ケントはハッとした。
「ギル…」
ダグラスと入れ違いに、ギルが来たらしかった。
「いや、何も…何もされてない。話をしただけだ」
「そうなのか? ならいいが」
「それより、ギル。その姿は…」
いつものお忍びスタイルではなく、金髪碧眼Aランク魔法使いのギルに、ケントは思わず苦言を呈した。
ダグラスもまだ近くを飛んでいるだろう状況で、王太子の姿そのままは、マズイなんてものではない。
「今はこれでいいんだ。僕よりおまえが魔力を消せ! その外套を僕によこせ! マリーちゃんがここに向かってるんだよ!」
マリーが来る。
その言葉に、ケントは反射的にうなずいた。




