14 それぞれの覚悟 #ケント #サミー
ケントがマリーと共にシェイド市に到着し、サミーが起こした連続魔法使い殺害事件の調査に入った時。
当初のケントの予想に反して、クリスはマリーと接触を図らなかった。
まずクリスは、三日かけてシェイド市の現地監査局にまつわる、彼の長としての責務を果たした。サミーの暗躍で亡くなった監査員の墓参りや、家族への弔問などだ。
その後の二日は都に戻ると言って、シェイド市にはいなかった。
そして、一昨日。
『都に戻っていたというのは嘘です。マリーさんが所属していたという、イリス一座の巡業地に行ってたんです』
再びシェイドに来たクリスは、ケントにそう言った。
『イリス一座』をキーにして、調べた情報も教えてくれた。
戸籍記録によると、一座は三年前に集団食中毒死で廃業していた。しかし、一座の記録に、マリーの名前はなかったという。
高ランク魔女として生まれたマリーを一座が隠したのか、捨て子を拾ったのか。
国は流民一座も管理していたが、一般家庭より、存在しない子を隠し育てやすいことは間違いない。
『ここまでくぐり抜けて来た修羅場を思ったら、マリーさんを年端もいかない十六歳の女の子扱いはできません。先に、こちらで取れるだけの情報、裏付けを取っておくべきだと判断しました』
暗にマリーの正体を察したと、クリスは言った。
イリス一座の巡業地を訪れて得た情報は、また今度改めてと、はぐらかされた。
その後、クリスは、シェイド市の事件解決を優先するとケントに告げた。
マリーの気持ち次第という拘束の魔法の不安定な解除条件と、ダグラスの追跡すらかわす魔女マリーの瞬間移動による逃亡を考え、慎重に動くことを選択したのだ。
けれど。
サミーの逮捕は失敗。ダグラスが魔女マリーの居場所を知り、シェイド市まで出張って来てしまった。
魔法学の第一人者、魔法使いダグラス。
彼の魔法知識、技術は圧倒的だ。ケントも頑張ってはいるが、正面から戦って勝てる相手ではない。
だからクリスが、まずサミーの確保をケントに求めることは分かる。…分かるのだが。
「ああ、そうだ。魔法の札を一枚いただけませんか」
クリスの言葉に、ケントはハッとした。
ダグラスに狙われるマリーの保護に向かおうとしているクリスが、何を思ってそんなことを言うのか。
「魔法の札? わざわざ血で術式を書くなんて緊急時に使えないって、さんざん文句言って却下したじゃねえか」
「ダグラスを相手にするんです。想定されたパターンに対応する魔法道具だけではなく、臨機応変に対応できるものも欲しくなります」
クリスは過去に自分が否定した価値をあっさりとひっくり返してみせた。
しかし、ケントはそこに腹立ちを覚えるより、彼がダグラスと直接やりあう覚悟を決めているところに戦慄を覚えた。
「おまえは魔法使いじゃないんだぞ!?」
ケントは叫んだ。
「いや、魔法使いだって…俺だって、奴とやりあうのは……」
「そうですね。ですが、今はこれが最善の布陣だと思いますので」
ケントだって、魔法使いダグラスとやりあうのは怖い。そう言ったのに、クリスは一歩も引かなかった。
「私には最終手段もありますし」
最終手段。
メープル酒を飲んで、手首を切り、みずからの血でもって、魔法使いの魔法を無効にすること。
三百年前、視る者を魔法使いの上に立たせた技。
すべての魔法を無効化するそれは、ケントが作った魔法道具より、下手な魔法使いより強力な武器だ。
けれど、国が安定し、視る者の命が大事に考えられるようになった近年では形骸化してしまい、きちんと教育を受けた視る能力者なら『最終手段』と言わなくなった技。
それを。
(…だから昔からこいつには頭が上がらねえんだよ)
ただ権威をかさに着て、視る者だから魔法使いは従えと言う輩には、王家側についているケントでも反吐が出る。けれど、クリスは。
クリスは視る者として、いつだって命懸けで魔法使いの上に立っている。
実際に一度、自傷で敵魔法使いを止めたことがあるし、その件があって、ケントは魔法道具を作り始めた。クリスの無茶なスタンドプレーを防ぐために。
監査局を立ち上げるとき。ギルとクリスになんと言われようともやりたくなかった仕事を引き受けたのも、クリスを心配する気持ちに負けてしまったからだ。
こんなふうに彼は、いともあっさりと覚悟を決め、魔法使いダグラスにさえ立ち向かっていくから。
「ケント。ぐずぐずしている時間はありません」
今にもダグラスの魔手がマリーに迫っているかもしれない。
そうせかされて。
ケントは「くそっ」と毒づきながら、魔法の札をクリスに投げつけた。
* * *
「サミー・マクドナルド。大人しく投降すれば、危害は加えない」
魔法使いダグラスと同等の魔力を持ち、茶色いフード付の外套を着た男が言った。
場所は街外れの草原で、ほかに人影はない。
サミーは、覚悟を決めて、目の前の男、ブラウン・イーグルの呼び出しに応じた。
こっそり呪文を唱えると、隠された魔法の線が視えた。マリーにつながる魔法の線──彼がマリーを縛る元凶だという証。
「昨夜の魔法返し、返る力を減らしていたでしょう」
サミーは言った。
「ん? そりゃ、致死レベルの攻撃魔法を全部返せないだろ」
ブラウン・イーグルはさも当然のように答えた。
「あなたの甘さ…噂には聞いていましたが、非常に不愉快です」
「なんだよ、それ」
「私がおとなしく降伏するなんて、思って来たわけじゃないでしょう?」
サミーは、ダグラスから受け取った最高クラスの魔法石をにぎりしめた。
──命を奪う痛みなんて、とうの昔に失くした。
「甘い考えのまま生きてこられたお前が目障りだ!」
──マリーさんは、僕が解放する!




