13 錯綜 #ケント
「……さい、起きなさい、ケント!」
「ん~? マリーには朝食は一人で食べるよう伝えてくれって、宿に連絡いれてる……もう少し……」
「そのマリーさんがサミーの薬屋から出てきたんですよ!」
「へっ?」
クリスの言葉に、ケントは仮眠していたソファから飛び起きた。
場所は、クリスがシェイド市での活動拠点として確保した貸し部屋だ。
監査局は、連続魔法使い殺害犯・サミーの次のターゲットを割り出し、ケントが作成した最上位の魔法返しの札を持たせて泳がせていた。
果たして、昨夜、サミーがそのターゲットに魔法攻撃を仕掛けた。
魔法返しの札が作動し、ケントもすぐに現場に駆けつけたが、さすがと言おうか。攻撃魔法を返されて重傷を負ったはずなのに、サミーは逃げおおせた。
ケントはクリスと合流し、一晩中サミーを探し、ついさっき仮眠に入ったところだった。
「どういうことだよ!?」
マリーがサミーの薬屋から出てきたとの情報に、ケントはクリスに食ってかかった。
しかし、「聞きたいのは私の方です」と返された。
「昨夜、あなたはマリーさんは宿で寝ているから大丈夫、事件に首をつっこんでくることはないと言いましたよね? …ですが、まずはマリーさんの質問に答える方が先です。もうすぐ来ますよ、ここに。どうします? 私が出て行って答えましょうか?」
意地悪くチクチクとやり返され、ケントは撃沈した。
「悪かった。…俺に行かせてくれ」
*
ドアをノックする音に、扉を開けると、マリーが立っていた。
スカートに血や汚れが付いている。昨夜、彼女がサミーを助けたときに付いたのだろう。
同時に、ケントが場所移動した結果、マリーがサミーの薬屋に行けるようになったのだと気付き、さらにへこむ。
「昨夜、この近くで魔法のぶつかり合いがあったんだけど。知ってる?」
探るようにマリーが言った。
「あ、ああ。思わず現地に向かったらギルに会ってさ。ここ、奴の家なんだけど。そのままここにきて、明け方まで二人で飲んでたんだ」
「そうだったんだ」
下手な嘘だと思ったが、マリーは素直にうなずいた。
彼女の方も寝不足であまり頭が回っていないらしい。
おそらく、一晩中サミーの介抱をしていたのだろう。
重症患者とはいえ、魔法という反則技を使う男と二人きり。チクリと胸が痛むのを感じながら、ケントはマリーを追い払うべく口を開いた。
「ギルはまだ寝てるし…俺ももう少し寝たいから…悪いけど、宿の朝食は一人で食ってくれ」
「うん。じゃあ、そうさせてもらうね」
マリーは少し元気のない顔で、無理に作った笑顔を浮かべた。
気にはなったが、何があったのか上手に聞き出す会話術も、気の利いたなぐさめ文句も持たないケントは、ただ見送ることしかできなかった。
*
部屋に戻ると、クリスは監視映像に見入っていた。
ケントが一晩中見続けた画面だ。
シェイド市現地監査員のカールが街中を動き回ってサミーを探し、ケントはサミーが薬屋に戻ったら分かるよう、薬屋周辺を投影した画面を監視していたのだ。マリーとの距離を気にする必要のあるケントは動き回りにくかったから。
カールに負担の大きい役割を負わせた以上、必死に画面を見続けたのに、マリーとサミーの出入りに気付けなかった自分が情けない。
「クリス。マリーは帰った」
意気消沈したままのケントが声をかけると、クリスはハッとしたように振り返った。
「え……と、そうですか。サミーの話はなにかしましたか?」
「いや、してない。けど…マリーは昨夜、魔法のぶつかり合いに気付いて目を覚まして、俺が現場近くにいるから来ようとして、先にサミーに会ったんだと思う」
「でしょうね。マリーさんにとって、サミーは善良な薬屋で、魔法相談にも乗ってもらっていた相手ですから。…ケント」
ふいに厳しい声で名前を呼ばれ、ケントは背筋を伸ばした。
クリスは、めずらしく、張りつめた表情をしていた。
「サミーの薬屋からダグラスが出てきました」
「それは……間違いないのか?」
クリスは、普通は視えない映像の中の魔力のオーラも視る。
そう分かっていても、信じたくなくて、ケントは思わず聞き返した。
「ええ。間違いなく、Aランク魔法使いのオーラでした。サミーが薬屋に戻っていないよう見せかけたのは、ダグラスでしょうね」
気付けなかったのはケントの落ち度ではないと、クリスは言う。
けれども、後に続いた言葉は。
「そしておそらく、拘束の魔法の術式…サミーはダグラスに相談したでしょうから、全部バレたと考えるべきです」
最悪の事態の宣告だった。
ドクンと心臓が大きく跳ね、全身の血が凍った気がした。
「私はすぐマリーさんを追います。ダグラスに狙われる可能性が高いですから。ケント。あなたは、サミーの確保をお願いします」
「ま、待ってくれ。マリーのところへは俺が…」
「いいえ。今、この瞬間は、拘束の魔法が有効です。拘束の魔法が効いている間は誰も彼女を連れ去ることはできませんし、無駄に複雑怪奇に作りこんだ術式を解くには時間がかかります。私が──マリーさんが拘束の魔法を嫌だと思って魔法が解けるタイミングに合わせて、彼女を都に転送します」
「都に…転送……」
指定した場所に人を転送できる魔法道具を作ったのはケントだ。それをクリスに渡したのも。細かいことをいうと、クリスは彼女の魔法を封じ、魔女である彼女が都に入るための仮の許可証も持たせるつもりだろう。
そして、許可証は、魔法使いの都入り管理につながるため、扱えるのはクリスだけ。
「あなたにも彼女にも不本意でしょうが……悪いようにはしませんから」
口調をやわらかくしたクリスだったが、ケントは何も持たない自分の手を、ギュッと固く握り込んだ。
マリーがもう一度クリスに会えば、ケントの正体に気付く。
つまり、ケントは憎まれ、二度と笑いかけてもらえなくなる。
それはまるで……すべての光を失って、暗闇に落とされるような。




